アイスランド代表
「おとぎ話は 終わらない」

ユーロ2016での快進撃はフロックではない。
難敵と同居した欧州予選をグループ首位で突破し、初のワールドカップ出場という夢をかなえた。
ヴァイキングはロシアで夢物語の続きに挑む。

文=サイモン・ハート
翻訳=田島 大
写真=ゲッティ イメージズ

初の国際舞台で快進撃 瞬く間に国民的英雄へ

 現代社会にロマンスは存在しない――。果たして、そう言い切れるのだろうか。少なくともアイスランドのフットボールファンは、決してそんな言葉を口にしないだろう。

 ヨーロッパ各国リーグの上位がチャンピオンズリーグ常連の金満クラブに独占され、マンネリ化が進む今のフットボール界において、一つの代表チームが我々の愛するスポーツに夢物語を提供している。

 6月16日、ロシア・ワールドカップのグループD初戦でアルゼンチンと並んで入場する時、アイスランドはW杯本大会における歴代最小国として歴史にその名を刻む。人口は約33万人。クリスティアーノ・ロナウドのツイッターのフォロワー数の130分の1にすぎない。そんな小国が世界の晴れ舞台に立つのだ。

 彼らはアルゼンチンとクロアチア、ナイジェリアが同居するグループDで完全なるアンダードッグだ。それでもW杯のチケット二次抽選販売を終えた時点で、アイスランドからは5万5232人もの応募があったという。実に国民の6人に1人がロシアへ行く計算だ。

 北極圏のすぐ南にある小さな島国(面積は北海道より少し大きい程度)は、いつになく熱く盛り上がっている。むしろ、小さいからこそ活気に満ちあふれているのかもしれない。

「これほど小さい国だと、活躍する人がいれば全国民がその人をサポートするんだ」。初の国際舞台となったユーロ2016でアイスランドをベスト8に導いたラーシュ・ラーゲルベック前監督はそう語る。

 あの2年前の大会を思い返した時、真っ先に頭に浮かぶ光景はアイスランドの試合だ。「フー!」と叫びながら頭の上で手をたたくヴァイキング・クラップや、懐かしい気持ちにさせてくれるバラード曲『Ferdalok』の大合唱など、彼らのサポーターは一躍有名になった。そして、“主役”の選手たちも大暴れした。ポルトガル、オーストリア、ハンガリーと同居したグループリーグを1勝2分けの無敗で勝ち上がると、ラウンド16では163倍の人口を有するイングランドを2-1で撃破。彼らの冒険が準々決勝のフランス戦で幕を下ろすと、何万という国民が首都レイキャヴィクに集まって英雄の帰還を出迎えた。当時の首相シーグルズル・インギ・ヨーハンソンも「おとぎ話は確かに存在する!これほど国民を一つにした人は、みなさんが初めてかもしれない」と選手たちに惜しみない賛辞を送った。

 チームの躍進とともに取り巻く環境も飛躍的に変化した。2011年からアイスランド代表を率いてきたラーゲルベックはこう説明する。

「私が監督に就任した頃、代表チームは人気がなかった。代表戦のチケットを事前に購入するなんて聞いたことがなかった。それが今回のW杯予選の初戦では、発売開始から30~40分ほどで完売したよ。それから就任当初、我々のアウェーゲームを取材に来るアイスランドの記者は1人もいなかったよ。でも我々が勝ち始めると、国内の主要雑誌やTV局が記者を送るようになったんだ」

 その当時は選手たちも比較的無名だったため、強豪国では考えられないような和やかなムードが代表チームを包んでいたという。「我々は一日おきに会見を開いて、半数の選手を出席させた」とラーゲルベックは笑って続ける。

「徐々に注目を浴び始めると取材の数も一気に増えた。そして取材に来た外国人記者も多いに喜んでくれたよ。プレミアリーグでプレーするギルフィ・シグルズソンなど、普段はなかなか取材できない選手たちから気軽に話を聞けたんだからね」

アイスランドの躍進はフットボール小国の“夢”

 ロシアW杯の切符を手にして、続編に突入したアイスランドの物語。そのエンディングを大きく左右することになるのがシグルズソンのケガの状態だ。得点源でありチャンスメーカーでもある彼は、本大会出場を決めたコソボ戦で2ゴールに絡むなど、予選では4得点4アシストの活躍を見せた。クロアチアやウクライナ、トルコを抑えてのグループ首位通過は、彼抜きでは考えられなかった。

 現在はノルウェー代表を率いているスウェーデン人指揮官ラーゲルベックは、シグルズソンを「セットプレー職人」と評し、長い指導歴の中でもスウェーデン代表時代のヘンリク・ラーションに次ぐチームプレーヤーだと絶賛する。しかしシグルズソンは昨夏4500万ポンド(約58億5000万円)でスウォンジーからエヴァートンに加入したものの、期待に応えるほどの活躍はできていない。今年3月のブライトン戦でヒザのじん帯を損傷し、本大会までに調子を取り戻せるかどうか微妙な状況だ。

 その間にアイスランドは3月の代表戦でアメリカに出向いて親善試合を行ったが、シグルズソン不在のチームはメキシコに0-3、ペルーに1-3で敗れ、夢見心地から完全に目覚めさせられた。ラーゲルベックからたすきを引き継いだヘイミル・ハルグリムソン代表監督は「現実的に考えるべきだ」と原点回帰を誓っている。「我々は決してポゼッションが得意なチームではない。ディフェンスラインからボールをつないだり、ドリブルをしてボールを失っていては、無防備な状態になる。アルゼンチン戦に向けて良い教訓になった。我々は自分たち以外の者にはなれないんだ。自分たちの姿、自分たちのアイデンティティは分かっている。それに従ってプレーすべきなんだ」

 そのアイデンティティの定着に一役買った人物こそがラーゲルベックであり、6月にはノルウェー代表を率いてアイスランドのW杯壮行試合で古巣と一戦を交えた。古巣を夢の舞台へと送り出すラーゲルベックは、アイスランドの成功がノルウェーを含めた世界中の“フットボール小国”にとって手本であり、目標になっていると話す。

「ノルウェー国民も口をそろえてこう言っている。『アイスランドにできて自分たちにできないわけがない』とね。他の国でも同じような意見が出ているそうだ」

 そして小国をヨーロッパ最高峰の舞台で8強に導いた男は、W杯でもサプライズを期待している。

「クロアチア、ナイジェリアと2位の座を争うことになる。グループリーグ突破は決して簡単ではないが不可能でもない。特にベストな布陣を組めればね。私が就任した頃は若手だった選手たちも、経験を積んで大きく成長した。アイスランドは規律を重んじるし、個性もある。肉体的にも、精神的にも強い。他国と比べると最高峰のレベルでプレーしている選手も少ないし、テクニック面では劣るかもしれない。それでも彼らは非常に優れた選手たちだ。私はそう確信している」

 2年前の夏から始まった夢物語は、ロシアで最終章を迎える。