［サムライサッカーキング4月号］
現地時間の2013年3月2日、日本のエースがマンチェスターに渡って一番輝いた日になった。昨年夏にマンチェスター・ユナイテッドの一員になってから8カ月。環境の変化、サッカーの変化、そしてケガと戦いながらも勝ち取ったアジア人初のプレミアリーグでのハットトリック達成という記録。3度のゴールが決まるたびにチームメートの輪の中心で、香川真司は最高の笑顔を見せた。
文＝森 昌利／写真＝高須 力
2012年5月12日、英高級紙『デイリー・テレグラフ』のマンチェスター・ユナイテッド番、マーク・オグデン記者が慌てて携帯メールを送ってきた。内容は、「ファーギー（サー・アレックス・ファーガソン監督の愛称）がドイツに飛んだ」というものだった。
当初、英記者団は香川真司のユナイテッド移籍に懐疑的だった。マークとは、元日本代表FW西澤明訓がボルトンに加入してから12年の付き合いになるが、彼も香川のユナイテッド移籍は「実現しない」という見方をしていた。 『デイリー・テレグラフ』の辛口記事で知られるマークが、香川がマンチェスターに来ないとした理由は2つ。一つはユナイテッド（すなわちファーガソン監督）がブンデスリーガをあまり評価していないということ。そしてもう一つは、やはりこれまでがプレミアでインパクトを残していないということだった。
ところが、近年は特定の選手の視察で海外に飛ぶことなどしなかったファーガソン監督が、香川のために急遽ドイツ入りしたのである。 翌13日はプレミアリーグの最終日だった。確かに得失点差『8』は大きかったが、この時点でユナイテッドは首位マンチェスター・シティーと勝ち点86で並び、優勝の可能性は残されていた。この状況でファーガソン監督は香川視察のため、バイエルンとのドイツカップ（DFBカップ）決勝へ赴いた。マークが慌てたのも無理はない。移籍が急に現実味を帯びたからだ。
スコットランド人の闘将は、ドルトムントが5－2で大勝した試合をつぶさに観察し、お目当ての小柄な日本人MFが1ゴール1アシストの活躍をして、勝利の原動力となったところを目撃した。 ここから香川のユナイテッド移籍は一気に加速した。通常、ユナイテッドは移籍交渉に時間を掛ける。なぜなら選手はビッグクラブからの誘いに文字どおり舞い上がり、猛烈に移籍を希望するケースが多いからだ。選手本人の気持ちを揺らせば交渉はユナイテッドに有利に運ぶ。最終的には相手クラブが移籍に夢中になった選手に見切りをつけ、ユナイテッドの希望額で売却するというシナリオだ。
ところが香川の場合、15億円というドルトムントの希望額で移籍が即決した。これもファーガソン監督直々の指令があったからと見ていいだろう。23歳と若い香川をプレシーズンからチームに参加させ、移籍で生じる様々な環境の違いに一日でも早く慣れさせようとする御大の意向が働いたのだ。
この移籍時の経緯からも、香川がファーガソン監督肝入りの獲得だったことが分かる。そして日本代表戦でとんぼ返りした直後、大方の予想を裏切り、プレミアリーグ開幕戦で先発デビューを果たした。それ以来、もちろん、10月23日のチャンピオンズリーグ（以下CL）で左膝を故障し、2カ月余りも欠場したことは想定外だが、香川は世界的な名将の緻密な青写真どおりに起用され、新たなユナイテッドの攻撃の中核選手となるべく切磋琢磨している。
ユナイテッドというクラブ 香川がのし上がる場所
それでは、香川はイングランドの名門で、どのような変貌を遂げようとしているのか。そのためにはまず、ユナイテッドというクラブを知る必要がある。
ユナイテッドの伝統は「全力を尽くすサッカー」である。文字どおり選手が全力を振り絞る。特に１点ビハインド、もしくは同点で試合終盤を迎えて《スイッチが切り替わる》ようなユナイテッドの猛攻は有名だが、それもこの全力を尽くすというスタイルが基本になっている。
そして、これは特にファーガソン監督が就任してからの話ではあるが、ユナイテッドにとって最も重要なのが勝利である。スタイルや展開にこだわらず、勝ち点３をもぎ取るという意識が徹底して選手に吹き込まれている。そこには「全力を尽くせば負けてもいい」なんて甘さは微塵もない。相手以上に全力を尽くし、そしてその報償として当然のごとく勝利をつかむ。まさにそういった究極の勝利のメンタリティーがチームに浸透している。（つづきは下記リンクへ）
【関連リンク】 【有料】香川真司ストーリー マンチェスターでの９カ月を追う（1/4） 【有料】香川真司ストーリー マンチェスターでの９カ月を追う（2/4） 【有料】香川真司ストーリー マンチェスターでの９カ月を追う（3/4） 【有料】香川真司ストーリー マンチェスターでの９カ月を追う（4/4）