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不況が思わぬ恩恵をもたらした? “育成大国”スペインの秘密

2013.02.24

[ワールドサッカーキング 0307号 掲載]

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文=アルバロ・ヒメネス
翻訳=工藤拓

 

 ワールドサッカーキング最新号では、若手スターが次々と誕生するスペインの育成事情に迫っている。2000年代にユースの国際大会で数多くのタイトルを獲得し、一躍、育成大国となったスペイン。フランスやオランダのように優れた育成機関を持たない彼らはなぜ育成大国となり得たのか? その背景には深刻な経済危機という意外な要因があった。

 

国内不況が育成に思わぬ恩恵を与える

 

 深刻な経済危機が続いているスペインでは、昨年末に全国民の失業率が26.02パーセント、16~24歳に限れば55パーセント超という同国史上最悪の数字をたたき出すに至った。そして、その影響は当然ながらフットボール界にも及んでいる。今シーズン、リーガ・エスパニョーラの全20クラブが選手獲得に費やした総額は昨シーズンの61.9パーセントにあたる1億4000万ユーロ(夏:1億2770万/冬:1230万)にとどまり、初めてヨーロッパ5大リーグの中で最下位となった。

 

 実際、今シーズン、他国からスペインへやってきたビッグネームと言えばルカ・モドリッチとアレクサンドル・ソングくらいで、いずれもこの不況下に収益を伸ばし続けているメガクラブ、レアル・マドリーとバルセロナに加入した数少ない新戦力。この2強を除く他クラブは軒並み負債の返済に追われているのが現状で、昨夏にはサンティ・カソルラ(マラガ→アーセナル)、ハビ・マルティネス(アスレティック・ビルバオ→バイエルン)、ボルハ・バレーロ(ビジャレアル→フィオレンティーナ)、ミチュ(ラージョ・バジェカーノ→スウォンジー)、今年1月にはナチョ・モンレアル(マラガ→アーセナル)ら代表クラスの選手が他国のリーグへと引き抜かれていった。

 

 しかし、こうした過酷な状況は一方で、スペインサッカー界に思わぬ恩恵をもたらした。各クラブが次々とカンテラ重視へと方針を転換していった結果、スペインは世界有数の育成大国としての地位を築いてしまったのである。

 

「築いてしまった」と表現したのは、それがA・ビルバオの純血主義のように長年貫いてきた崇高なクラブ哲学ではなく、ただ金がなくなったから仕方なく“自家製”の選手を使わざるを得なくなったクラブがほとんどだからだ。だが、理由はどうであれ、トップリーグでプレーするチャンスが増えたことで若いタレントが続々と頭角を現し、それが各カテゴリーのユース代表の強化につながっていることは事実である。何しろ2000年以降に優勝した欧州選手権だけでも、U-17が2回(07、08年)、U-19が6回(02、04、06、07、11、12年)、U-21が1回(11年)と、計9回を数えるのだから大したものだ。

 

 中でも昨年のロンドン・オリンピック代表チームは、結果こそ「まさかのグループリーグ敗退」に終わったものの、メンバー的にはスペイン史上最強と呼ばれるほど素晴らしい人材がそろっていた。イタリアの『トゥット・スポルト』紙が21歳以下の年間最優秀選手に贈る「ゴールデンボーイ」を受賞したイスコを筆頭に、マンチェスター・ユナイテッドの守護神ダビド・デ・ヘア、A・ビルバオの司令塔アンデル・エレーラ、昨年12月にようやく20歳の誕生日を迎えた突貫小僧イケル・ムニアイン、今シーズン、バルセロナのトップチームで急成長を遂げている快足ドリブラーのクリスティアン・テージョ、そしてフアン・マタ、ハビ・マルティネス、ジョルディ・アルバら、もはや若手という認識すらされていないA代表組の選手もいたのだから、なぜ勝てなかったのか今でも不思議である。更に言えば、この世代にはケガで大会欠場を強いられたチアーゴ・アルカンタラやセルヒオ・カナーレスもいる。

 

 

各クラブから台頭する“ダイヤの原石”たち

 

 とはいえ、既に日本でも有名な存在となっている彼らについては、改めて紹介する必要はないだろう。ゆえにここからは、更に下の世代からスペインの地で台頭している“ダイヤの原石”を、“他国産”を含めて紹介していきたい。

 

『キャプテン翼』の主人公、大空翼のヨーロッパ名オリベル・アトムの名を授かった“アトレティコ・マドリーの至宝”オリベル・トーレスは、数いるチャビの後継者候補に今後名乗りを上げるだろう天才MFだ。昨シーズンの第36節ベティス戦にて17歳でトップチーム初招集を果たすと、飛び級で出場した7月のU-19欧州選手権でも中心選手としてスペインを優勝に導いた。今シーズンはプレシーズンを通してトップチームに帯同し、チームを去ったジエゴの後釜としてトップ下でプレー。パス、ドリブル、シュートのすべてにおいて非凡なセンスを披露し、瞬く間にファンの心をつかんだ。

 

 見た目はまだ中学生のように線が細く、2月の親善試合でU-21代表にデビューしたばかりだ。そのためディエゴ・シメオネ監督はこれまでBチームでのプレーを優先させてきたが、ここに来て再びトップチームに呼び始めている。チームが求める司令塔の要素を兼ね備えた選手なだけに、ファンの期待は非常に大きい。そのプレッシャーに耐えられる精神力さえ身につけることができれば、フェルナンド・トーレス以上のアイドルになれる逸材である。

 

「スーペル・デポル」の監督として知られるハビエル・イルレタが統括するA・ビルバオのカンテラからは、先述したアンデルやムニアイン、アンデル・イトゥラスペ、オスカル・デ・マルコス、ミケル・サン・ホセら五輪世代に続く新たな才能が今シーズンも台頭している。不調のフェルナンド・アモレビエタからあっさりと定位置を奪い、1月にトップチームと正式契約を交わしたU-19フランス代表のアイメリック・ラポルテはその1人だ。

 

 189センチの長身を生かした堅固な守備と足元の技術を兼ね備える現代型センターバック、と言うと最近よく聞くタイプのようだが、守備、ボール扱いの双方で彼ほど非凡なセンスを感じさせるエレガントなDFはそう多くはない。数少ない左利きという利点もあるため、このまま順調に試合経験を重ねていけば、A代表に飛び入りする可能性を秘めた18歳である。

 

 

16歳でデビューしたマラガの超新星

 

 昨年8月18日のリーガ・エスパニョーラ第1節にて、今シーズンの第1号のゴールを決めたカメルーン人FWファブリス・オリンガは更に若い。これまでリーガの最年少得点記録はムニアインの16歳289日だったが、この日彼はその記録を大きく上回る16歳と98日でプロ初ゴールを決めてしまったのだ。

 

 ファブリスはほとんど偶然、発掘された才能だった。08年夏、あるカメルーン人選手のプレーに感銘を受けた代理人のハビエル・コルドンは、その選手を連れてきたサミュエル・エトオ財団に問い合わせした際に「もう1人すごい選手がいる。期待は裏切らないから一緒に連れて行ってくれ」とファブリスを紹介された。そんなきっかけでマジョルカの練習に参加するチャンスを得た当時13歳の少年は、30分足らずのプレーで「この子は素晴らしい」と責任者をうならせたという。

 

 その後2年半マジョルカで活躍した後、2011年夏に育成のスペシャリスト、ジョセップ・マネル・カサノバが責任者に就任したマラガの下部組織へ移籍。すると2年目の今シーズンは、Bチームでのプレー経験もないままトップチームデビューを実現してしまった。その後ハビエル・サビオラ、ロケ・サンタ・クルスらが加入したことでトップチームでのプレー機会はほとんどなくなったものの、まだ16歳。既に完成されたフィジカルと足元の技術は大人と何ら変わらないだけに、今後どこまで伸びるのかがカギとなるだろう。

 

 育成世代でもトップレベルの選手が集まるバルサとR・マドリーにも、もちろん興味深い人材は多数いる。並外れたスピードに加えて非凡な得点力も併せ持つジェラール・デウロフェウ、“モリエンテスの再来”と期待されるアルバロ・モラタ、セグンダでデウロフェウと得点王を争う19歳のヘセ・ロドリゲスら、将来性豊かなアタッカーがトップチームの狭き門に挑んでいる。

 

 他にも今シーズン突如としてラージョ・バジェカーノのエースとなったブラジル人FWレオ・バティスタン(20歳)、約1年の負傷離脱を経て復活したベティスの快足ウイング、アルバロ・バディージョ(18歳)、シャビ・アロンソの後継者として期待されているレアル・ソシエダの司令塔ルベン・パルド(20歳)、バレンシアで徐々に出番を増やしつつある小柄なドリブラー、フアン・ベルナト(19歳)、レバンテで定位置を確保した得点力の高いアタッカー、ルベン・ガルシア(19歳)など、各チームで続々と若い才能が出てきている。彼らのプレーを見ていると、今後も10年以上はスペインの黄金時代が続くような気がしてならない。

 

 

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