2013.02.16

グアルディオラがバイエルンを選んだ理由、“意外な監督就任劇”の舞台裏に迫る

ワールドサッカーキング 0221号 掲載]
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文=トーマス・ゼー 翻訳=阿部 浩 アレクサンダー

「グアルディオラと契約を結ぶことができて本当にうれしい」

 カール・ハインツ・ルンメニゲ社長が発表したニュースが、世界中を駆け巡ったのは今年1月のことだった。ジョゼップ・グアルディオラはなぜバイエルンを選んだのか。バイエルンはなぜ、この指揮官を射止めることができたのか。そして、来シーズンからバイエルンはどう変わるのか。気鋭のドイツ人記者が、今回の監督就任劇を分析する。

 1月16日、午後4時48分。ドイツ・ミュンヘン発の情報は瞬く間に世界中へ配信された。サッカー界で最も有名な指導者の一人、ペップ(ジョゼップ)・グアルディオラの新たな仕事場が決まったのだ。それは、金さえあればすべてが解決すると信じるロシアの石油王や、投資目的でクラブを買い取った中東の王族が支配するクラブではなかった。

 グアルディオラはバルセロナを指揮した4シーズンで3度リーガを制し、2度の欧州王者に輝いたカリスマ指揮官だ。その彼が選んだのは、スペインやイングランドに比べて格下とされるブンデスリーガのクラブだった――。「ペップ、来シーズンからバイエルンの新監督に」という衝撃のニュースは、世界中のサッカーファンに驚きをもって迎えられた。

1 ファーストコンタクト

「契約更新は考えていない。今シーズンが終わったら引退する」

 今年6月にバイエルンとの契約が切れる現指揮官、ユップ・ハインケスは、昨年のクリスマス前に首脳陣へそう伝えたとされる。だが実際のところ、クラブ側は1年以上も前から次期監督人事を進めていた。つまり、今年9月で68歳になるハインケスとの契約満了は規定路線だったのだ。当初、後任候補はハノーファーのミルコ・スロムカ、マインツのトーマス・トゥヘルだったという。両者とも若く、ブンデスリーガでの確かな実績があり、鋭い戦術論で知られる知性派だ。

 だが昨年4月、グアルディオラがバルセロナ退団を発表するや否や、一夜にして状況は変わった。スロムカとトゥヘルの名前はリストから消え、バイエルンはこのスペイン人監督の獲得に全力を注ぐことになった。以来、監督人事プロジェクトに関わるすべての交渉は秘密裏に行われた。


 時を同じくして、バイエルンほど慎重に事を進める習慣のない複数のクラブが、グアルディオラを新監督に迎え入れようと動き出した。チェルシー、マンチェスター・シティー、パリ・サンジェルマン、ミラン……。新天地として報じられた数々のビッグクラブの中には、実は「バイエルン」という名前も幾度となく登場していたのだが、「チェルシーが2200万ユーロ(約24億2000万円)をオファー」、「マンチェスター・Cがペップと合意か」といった派手なニュースに隠れ、実現の可能性が問われることすらなかった。

 彼らのファーストコンタクトは2年前、ミュンヘンで開催されたプレシーズンマッチ(アウディカップ)だ。バルサの監督としてミュンヘンに招かれたグアルディオラは、流暢な英語とスマートな物腰でウリ・へーネス会長を魅了した。「今でもよく覚えている。彼は『バイエルンで働く自分を想像できますよ』と言ったんだ」。へーネスを喜ばせたその言葉は、グアルディオラ流のリップサービスだったのかもしれない。だが、この出会いが結果として、今回の契約につながる伏線となったことは見過ごすべきではない。

2 秘密裏の交渉

 グアルディオラがバルセロナを去った2012年の5月、バイエルンは即座にGM(当時)のクリスティアン・ネルリンガーを派遣して接触を試みた。やがてネルリンガーが解雇されると、ヘーネス会長は自ら交渉役を引き継ぎ、グアルディオラ本人と代理人(グアルディオラの弟・ペレ)への連絡を絶やさないように細心の注意を払った。この時点で、事情を知っていたのはヘーネス会長、カール・ハインツ・ルンメニゲ社長、役員のカール・ホプフナー、新たにGMとなったマティアス・ザマーの4人のみ。ヘーネスはグアルディオラが滞在するニューヨークに向かう時でさえ、シカゴを経由してから現地入りするほどの念の入れようだった。

 一方、グアルディオラの元には、メディアが騒いだとおり、各国のクラブから次々とオファーが舞い込んでいた。しかし、水面下ではバイエルンとの交渉が極めてスムースに進んでいた。「彼はバイエルンの選手一人ひとりの問題点を指摘してくれた。8月から我々の試合はすべてテレビで観戦していたそうだ」。就任会見に臨んだルンメニゲ社長の言葉が真実ならば、グアルディオラはかなり早い段階で、次の居場所をミュンヘンに定めていたことになる。

 12月中旬、グアルディオラと会談したヘーネスは「準備ができました」という言葉を聞き、交渉が決着したことを確信する。両者はクリスマス前に正式な契約を結び、そのまま静かにシーズン後半戦を迎えるはずだった。だが、イタリアのメディアが「ペップがインテル行きを拒否。新天地はミュンヘン」とスクープしたことで、バイエルンはようやく、事実を公表するに至ったのである。

3 ブンデスリーガの価値

 ほっぺたの赤い田舎娘のところに突然、白馬に乗った王子が現れて恋に落ちる──。今回の監督就任は、そんなストーリーに例えられている。つまり、サッカーファンにとって世界最高のリーグはプレミアリーグ、あるいはリーガ・エスパニョーラであり、ブンデスリーガは欧州の頂点に立った指揮官が行くべき場所ではないと思われている。

 となれば、グアルディオラは間違った選択をして自身の価値を下げたのだろうか?

 物事を正しく捉えるには客観的な視点が必要だ。先日、世界的な監査法人のデロイト社が発表した「フットボール・マネーリーグ」(2011- 12シーズンにおけるサッカークラブの収入ランキング)によれば、世界で最も収入が多いクラブは8年連続でレアル・マドリー、2位は4年連続でバルセロナだった。しかし、このデータはリーガ・エスパニョーラの繁栄を裏付けるものではない。ランキングは20位まで発表されているのに、その中にあるスペインのクラブはR・マドリーとバルサの2つだけ。これは、2強の繁栄がその他のクラブの犠牲の上に成り立っていることの証拠だ。

 ランキング20位以内に7クラブを送り込んでいるプレミアリーグは、確かに商業的には大成功している。だが、その中のどれがイングランドのクラブかと問われれば答えに窮するだろう。マンチェスター・ユナイテッド、リヴァプール、アーセナルを経営しているのはいずれもアメリカの投資家グループで、チェルシーはロシア人、マンチェスター・CはUAEの王族が支配している。彼らの真の目的はサッカークラブを投資に利用することであり、だからこそ、ブランドバリューを高めるためにカリスマ指揮官を欲したのである。

 これらと比較すると、ブンデスリーガは全く別の世界に見える。赤字を認めない厳格な経営制度(赤字を垂れ流すクラブはプロリーグから除名される)、テレビ放映権のフェアな分配、整備されたユース育成システム、最新鋭のスタジアムと良質なファンサービス……。そう、ある視点から見れば、ここは理想的なサッカーリーグだ。賢明なグアルディオラが、そういったポジティブな要素に気づかなかったはずはない。

4 バイエルンの魅力

「他のチームに行けば、彼はもっと稼げただろう」。

 グアルディオラの就任発表会見に臨んだルンメニゲ社長は、資金面ではチェルシーやマンチェスター・Cに対抗できない、という事実を素直に認めた。グアルディオラの心を動かしたのが金銭的な魅力でなかったとすると、バイエルンには何があったのだろうか。

 ここで、両者のファーストコンタクトに戻ろう。バルセロナの監督としてミュンヘンを訪れた2年前の夏、彼はバイエルンが誇る最新のトレーニング施設をしっかりと見学した。更に、無駄な出費を許さない経営方針(昨年の株主総会では、20年連続で黒字を計上したことが報告された)や、頑固に伝統を重んじるクラブ哲学も理解した(現代サッカー界で、クラブ幹部をOBで固めているようなクラブが他にあるだろうか?)。

 グアルディオラがバイエルンとの契約を決めた理由を簡単に表すなら、「クラブの価値観に共感したから」ということになるだろう。バイエルン流の哲学は、彼が慣れ親しんだバルサの哲学と根底で通じているところがある。地域との結びつきの強さ、アカデミーを重視するチーム方針、運営組織の一貫性。結果が出ないからと言って、簡単に監督を交代して解決を図るようなクラブではない。勝利を追求すると同時に、独特の美学を持つとされるグアルディオラにとって、じっくりと腰を据え、長期的な計画に着手できるバイエルンは理想の仕事場に見えたのかもしれない。

 資金力でチェルシーやマンチェスター・Cに勝てないことを認めたルンメニゲ社長は、バイエルンの魅力を次のように説明した。「我々は信頼され、リスペクトされ、しっかりと組織されたクラブだ。そして、何よりもサッカーが重要だと考えている」

 念のため、誤解のないように付け加えておくが、バイエルンは決して貧しいクラブではない。「フットボール・マネーリーグ」のランキングは4位。チェルシー(5位)やマンチェスター・C(7位)よりも上に位置している。

5 グアルディオラは成功できるか?

 ここでバイエルン側の視点に立とう。へーネス会長やルンメニゲ社長、ザマーGMは、いずれも現役時代にドイツ代表としてプレーした名選手だ。だから、バイエルンにいきなり「バルサスタイル」を導入しても無理があることは十分に理解しているだろう。グアルディオラが来たからといって、バイエルンの選手が急に流動的に動き始め、とてつもない速さでショートパスを回し始めることを期待してはならない。

 振り返れば08─ 09シーズンのユルゲン・クリンスマンも、翌シーズンのルイ・ファン・ハールも、監督就任と同時に指導スタッフを全員入れ替え、チームのすべてを改革しようと試みて混乱を招いた。だが、グアルディオラはアシスタントコーチを2人連れてくるだけ。バイエルンが期待しているのは、グアルディオラがバルサのエッセンスをクラブに持ち込み、少しずつバイエルンのサッカーを進化させていくことだ。「我々は保有選手を増やしてまでチームを強化する考えはない」とルンメニゲが語っているように、改革は緩やかに、段階的に行われることになるだろう。

 ここで問題となるのは、むしろグアルディオラの手腕のほうかもしれない。バルサでの4シーズンで14個ものタイトルを獲得したにもかかわらず、一部にはいまだに彼の能力を疑問視する声がある。要するに、「リオネル・メッシとチャビとアンドレス・イニエスタがいれば、誰が指揮しても勝てる」という意見だ。

 だが、思い出してほしい。R・マドリーに覇権を奪われて3位に沈んだ07─ 08シーズンのバルサにも、メッシとチャビとイニエスタはいたのだ。08年にバルサの指揮官となったグアルディオラが最初に行った改革は、魔法のような戦術を授けることではなく、厳しい規律を徹底することだった。1秒の遅刻も、どんな小さなルール違反も、コンディショニングの調整ミスもグアルディオラは許さなかった。そして、スターを気取り、練習にも満足に出ないロナウジーニョやデコを容赦なく切り捨てた。当時は2人の主力を失ったバルサがR・マドリーと本当に渡り合えるのか、グアルディオラの決断を疑問視するジャーナリストが大半だった。そして、今も当時と同じようなことを主張している者がいるというわけだ。

 「ペップはドイツに合わない」と考える者は、彼が規律や団結力、闘争心をバルサに注入することで、チームを再生させた事実を忘れている。更に言えば、彼が現役時代の晩年、自身の見識を深めるためにセリエAへ移籍したことも、師と仰ぐ戦術家フアン・マヌエル・リージョに教えを乞うためだけに、はるかメキシコでプレーしたことも忘れているのだろう。

 バイエルンとの最初の契約交渉の席で、グアルディオラはドイツ語で挨拶したという。「Wie gehtes Jupp Heynces?」(ハインケス監督はお元気ですか?)と。誠実さ、謙虚さ、道徳心、規律正しさ。ドイツ人が何よりも重んじる精神を、彼はすべて備えている。

 「田舎娘と王子の恋」という見立ては、あながち的外れでないのかもしれない。バイエルンは確かに洗練されたイメージのクラブではないし、グアルディオラはサッカー界のエリートだ。だが、その2人がしっかり者で気立ての良い謙虚な田舎娘と、賢く勤勉で向上心に溢れた王子だったとしたら? そのストーリーは波乱万丈なものにはならないかもしれないが、やがて幸福な結末を迎えることになるのではないだろうか。