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エヴァートンに浸透するモイーズ・イズム、侮れぬ“働き者たち”

2013.01.09

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上位を争う強豪クラブにとって、エヴァートンは最も厄介な存在である。 ビッグクラブの半分にも満たない予算で成し遂げる例年の好成績―。 敏腕指揮官の下で躍進するスモールクラブの真実を解き明かす。

 

文=サイモン・ハート Text by Simon HART

翻訳=田島 大 Translation by Dai TAJIMA

写真=ゲッティ イメージズ Photo by Getty Images

タフなチームを作る育成とスカウティング

 昨年12月9日、エヴァートンは上位争いのライバルであるトッテナムをホームに迎え、1点ビハインドのまま90分を迎えようとしていた。しかし、そこから立て続けに2ゴールを決めて、デイヴィッド・モイーズの不屈の精神を体現してみせた。劇的な逆転勝利を飾った試合後、DFのシルヴァン・ディスタンは興奮気味にこう話した。「信じることも、戦うことも決してやめない。これこそが、エヴァートンのメンタリティーだ。別に意識する必要はない。このクラブに2週間もいれば、誰だってそうなるよ」

 お金で成功を買うこの時代にあって、モイーズの古臭い仕事ぶりは異彩を放っている。賢い補強と個の力を伸ばすコーチング、そして結束の固いチームの構築。選手層は薄いかもしれないが、選手たちは熱烈なサッカー狂のスコットランド人指揮官と同様、全員が確固たる決意を持っている。

 近年のエヴァートンはサー・アレックス・ファーガソンと同じグラズゴーで生まれた指揮官の下、常に安定した成績を残してきた。モイーズが率いた10シーズンのうち、実に8シーズンが8位以内。2004ー05シーズンには4位に躍進している。更に言うと、エヴァートンは限られた予算でこの好成績を維持してきた。03年以降、彼らが補強に費やした金額はおよそ1億2900万ポンド(約161億円)。だが、ウェイン・ルーニーやジャック・ロドウェルといった自前のタレントを売却して資金を工面しているため、純粋な支出は3分の1程度でしかない。これはプレミアリーグで10番目以下の予算である。

 そんなクラブの屋台骨となっているのが、リーグ屈指のアカデミーと移籍市場におけるモイーズの抜け目のなさだ。現在、ニューヨーク・レッドブルズに在籍するティム・ケーヒルは、ルーニーが約54億円でマンチェスター・ユナイテッドに引き抜かれた04年夏、わずか3億円でミルウォールから加入し、グディソン・パークの英雄になった。

 フィル・ジャギエルカやジョレオン・レスコット(現マンチェスター・シティー)も2部のクラブから加入し、エヴァートンでイングランド代表にまで成長した。07年にウィガンから加入したレイトン・ベインズは、今では国内屈指の左サイドバックとしてビッグクラブの関心を集めている。

 とりわけ、レスコットの補強はモイーズの注意深い仕事の代表例と言える。モイーズはスカウト陣にレポートを16度も提出させただけでなく、自らも8度にわたって同選手のスカウティングに出向いたという。

 80年代にエヴァートンで活躍したグレイム・シャープは、本誌の取材にこう話してくれた。「モイーズは信頼の置ける選手、そしてピッチ内外での素行がしっかりした選手を集めてチームを作り上げる。このチームには腐ったリンゴがいない。勤勉な選手たちが、労を惜しまず働くのだ」

 エヴァートンは選手が成長する《コーチングクラブ》としても知られている。その顕著な例がMFレオン・オズマンの存在だ。ユース出身の彼は、特別目立つ選手ではないが、長年エヴァートンの主力として活躍。地道に成長を続け、31歳にして初めてイングランド代表に選出された。

 08年までチームの主軸を担ったリー・カーズリーも賛同する。「監督は選手たちと素晴らしい関係を築く。一か八かの選手は獲得しない。必ずエヴァートンになじむ選手しか連れてこないんだ」

 そうやって集められた選手に最初にたたき込まれるのは、走り続けること。カーズリーは「今の選手に聞いても同じだと思うが、みんなエヴァートンに来てからキャリアで最も体力がついたと言うはずさ」と笑う。

低予算を苦にしない巧みなやり繰り

 モイーズは38歳の時にプレストン・ノース・エンドからやって来て、悩める古豪を立て直した。エヴァートンは本来、イングランドサッカー界のエリートクラブの一つである。リーグ優勝9回は、マンチェスター・U、リヴァプール、アーセナルに次ぐ4番目の成績。トップリーグ在籍年数は最多を誇る。しかし、クラブは1995年のFAカップ優勝を最後にタイトルから遠ざかっている。オーナーのビル・ケンライトは、クラブへの投資を呼び込めず、2度もスタジアム移転に失敗。1966年のワールドカップで準決勝の舞台となったグディソン・パークは、雰囲気のある古き良きスタジアムだが、他のクラブの近代的なスタジアムのような収入は見込めない。10ー11シーズンのチケット代を含めた試合収入は1840万ポンド(約23億円)。ちなみに、オールド・トラッフォードは1億860万ポンド(約136億円)も稼ぎ出している。

 エヴァートンが例年、スロースタートを切るのも、財政面の影響によるところが大きい。夏の移籍市場で主力を引き抜かれ、その穴を埋め切れないままシーズンが開幕する。昨シーズンは、開幕直前にミケル・アルテタを引き抜かれて低調なスタートを切った。チームが復調したのは、冬の移籍市場でニキツァ・イェラヴィッチを獲得し、出戻りでトッテナムから加入したスティーヴン・ピーナールが起爆剤となってからだ。

 それでも、昨夏はマルアーヌ・フェライーニとベインズの引き留めに成功し、昨シーズン終盤の勢いを維持したまま新シーズンをスタートさせることに成功した。エヴァートンはこれまで堅守で勝ち点を稼ぐことが多かったが、夏に獲得したケヴィン・ミララスが右サイドで躍動し、ベインズ&ピーナールというリーグ最高の左サイドコンビ以外にも攻撃の軸ができた。更に、ケーヒルの退団に伴ってセカンドストライカーに固定されたフェライーニが完全開花、開幕からゴールを量産している。

 チャンピオンズリーグ出場権の争いにおいて、エヴァートンの最大の障害となるのは選手層の問題だ。前出のシャープは「主力の多くを失わなければ可能性はある」と力強く話すが、実質16、17人で回している現状は、チーム崩壊のリスクと常に隣り合わせだ。

 もっとも、たとえ主力を欠いたとしても、彼らが大きく失速することはないだろう。上位を争う強豪クラブは、モイーズの下に集まった《働き者たち》を、決して侮ることはできない。

 

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