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現地記者が語る内田篤人「勝利のために全身全霊を傾ける“シャルカー”」

2012.12.20

ワールドサッカーキング 0103号 掲載]

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この数年、日本の若きサムライたちがヨーロッパで才能を発揮し、

自分の居場所を切り開いている。

チームに日々密着する現地記者は、彼らをどう見ているのだろうか。

TEXT by David NIENHAUS

Translation by Alexander Hiroshi ABE

Photo by Ryota HARADA

土台を築いたマガトへの感謝

 

 ロッカールームからピッチへと続くプレーヤーズトンネル。内田篤人は、並列して出番を待つ相手チームの選手と屈託のない笑顔で接していた。ブンデスリーガ第15節、4位シャルケのこの日の相手は9位ボルシアMG。復活の兆しを見せる古豪のライバルクラブとの決戦前でも、内田は日本人らしい謙虚さとフレンドリーな振る舞いを忘れなかった。

 

 だが、試合開始のホイッスルが鳴り響くと一転、それまでの温厚な青年の表情は瞬時に消え去り、「勝利のために全身全霊を傾けるシャルカー」に変身する。強く、激しく、労を惜しまないシャルカーは(排他的な面を除けば)、“男気溢れるファイター”の代名詞だ。内田がシャルケで右サイドバックのレギュラーをつかんだ理由。それは、フーブ・ステーフェンス前監督が「アツトは本物のシャルカーだ」と認めていたからでもある。

 

 3年目の今シーズン、内田のコンディションはとても安定してきた。リーグ戦もチャンピオンズリーグも先発メンバーから外れることは少なく、ピッチに立てば信頼に足るパフォーマンスを見せる。特に目を引くのが、同サイドのジェフェルソン・ファルファンとの息の合ったプレーだ。シャルケ期待の若手であり、内田の親友でもあるユリアン・ドラクスラーは「アツトとジェフ(ファルファンの愛称)が右サイドを駆け上がるとゾクゾクする。ドイツ最高のコンビだよ」と絶賛する。実際、記者席から見ていても、“ウシー”が欠場するとファルファンは元気がないように映る。

 

 今年8月に2015年までの新契約を結んだ内田には、更なる成長が期待されるところだが、その点に疑いを持たないのが、日本通のギド・ブッフバルトだ。ブッフバルトはこう語る。「内田はロケット小僧だね。直線コースをグングンと走り抜ける。根性があって一対一に強い」

 

 内田のシャルケ入団時の指揮官であるフェリックス・マガトも「内田はテクニックに長けている。戦術をよく理解しているし、走力に優れる」と、内田への賛辞を惜しまなかった。サッカー界屈指の頑固者で知られるマガトは、ちょっとでも気に入らない点があれば、たちまちその選手を移籍リストに載せてしまうことでも有名だが、彼はこの日本人を大事に扱った。

 

 2010年夏、内田の入団と時を同じくして、シャルケにはラウール・ゴンサレスが加わった。メディアもファンもスペインの大スターに釘付けとなり、極東からの“無名の新人”への関心は、おのずと薄れた。しかし、この環境が幸いした。喧騒から逃れた内田は、マガトの厳しいトレーニングで鍛えられ、シャルカーの基礎を培った。内田はマガトへの感謝を忘れない。 「“トレーニングの鬼”と呼ばれてますが、彼のおかげで僕は怖いもの知らずになれた」

 

 5歳年下で、やぱり2010年からトップチーム入りしたドラクスラーの内田に対する第一印象は「ずいぶんと控えめな人」だった。本人いわく「チームメートともっと距離を縮めて、一緒にバカをやれるようにならなきゃ駄目だよ」といった文句の一つもつけたかったそうだが、やがてそれが内田の性格であることをドラクスラーは知る。「僕が知り合った人間の中で、アツトは誰よりも礼儀正しい。ほんのささいなことにも『ごめんなさい』とか『ありがとう』って言うんだ。アツトとは、すぐにマブダチになれたよ」

 

シャルケで愛される“優しいヤツ”

 

 我々ドイツ人の感覚からすると、内田の遠慮がちな振る舞いはナイーブすぎるようにも映る。繊細さは精神的な弱さと表裏の関係にもなり得るものだし、とかく男社会のこの世界には向かない要素だ。だが、私は彼が豪放磊落(ごうほうらいらく)なシャルケの一員になったことで、ドイツ的メンタリティーをうまく吸収し、両国のポジティブなキャラクターの融合に成功したと思っている。

 

よく言われる「日本人の勤勉さ」と「ドイツ人のディスツィプリン(規律)」の合体だ。ギリシャ代表のキリアコス・パパドプロスが年上の内田を「俺の可愛い弟」と呼べば、遠征先で同室のベネディクト・ヘヴェデスも「短期間でとても成長した」と、同じ年のライバルを手放しで称賛する。男臭さが色濃く漂うシャルケで、これほど“優しいヤツ”が好かれるのは珍しいことだ。

 

 ちなみに、シャルケは開幕前、ヘヴェデスと内田の起用を巡って、ずいぶんと頭を悩ませた。当初から右サイドバックを専門職としてきた内田を起用すれば、ユースの各年代で代表に選ばれ、A代表でも中核となっているヘヴェデスの立場がなくなる。裏を返せば、内田は既にこの段階で、ドイツ代表のヘヴェデスと同等の評価を得ていたということだ。

 

 結局、ヘヴェデスを中央で起用し、内田が従来通りの右サイドバック、という形で落ち着いたが、シャルケの右サイドにはファルファンとコンビを組めるという“役得”がある。 「一緒にプレーできるのは光栄。彼はブンデスリーガのベストプレーヤーに数えられる選手だから」

 内田の野心も、この“役得”を享受できる点に刺激されているのではないだろうか。そのポーカーフェイスから本心を探ることは難しいが、日本人の奥ゆかしさの裏に、猛烈な努力や情熱、向上心が隠れているのは歴史的にも経済的にも証明されている。

 

隠された闘争心 シャルケへの愛情

 

 この執筆にあたり、内田の1年目、2年目のプレーを取材メモから振り返ってみた。「ボールを失う頻度が高いな」、「ミスパス連発かよ」、「ポジション取りを間違えてるぞ」、「前線に飛び出すタイミングがズレてるじゃないか」、「何だそのセンタリングは、不正確で効果ゼロだぞ」などなど、私のノートにはやたらと批判的な言葉が残っている。

 

 しかし、ここから内田の更なる鍛錬が始まった。トレーニング内容を改善し、徹底的に走り込み、弱点の克服と長所の向上に努めた。そのかいあって、今ではボールを失うこともほぼなくなり、最後列からのサイドアタッカーとしてサポーターの強い支持を集めるようになった。労働倫理の高さ、黙々と任務のために自らを高める内田のスタイルが、彼を大きく成長させたのだ。

 

 もっとも、まだまだ成長しなければならない点も多い。日本のサッカーでは「速攻とトリッキーなプレー」が好まれると聞くが、ドイツでは「戦術とぶつかり合い」が重視される。特にDFは、一対一の競り合いで絶対に負けてはならない。大型選手の多いブンデスリーガにおいて、176センチの内田は“子供サイズ”だ。屈強な猛者を相手にも競り負けない体力をつけ、向上していかない限り、内田の更なる成長は望めない。攻撃力の優位性があっても、ヘディングで負けていては話にならないからだ。

 

 その攻撃面についても課題はある。ブンデスリーガ出場55試合、チャンピオンズリーグ出場11試合で、記録したアシストは6つだけ。端的に言って、不満が残る成績だ。アシストが少ない理由は、センタリングの精度不足に求められる。相手チームにとってみれば、サイドを疾走してくる状態で警報を鳴らしたとしても、センタリングを上げたり、ペナルティーエリア近くに攻め込んできた段階でその“アラーム”を解除することができる。もっとゴールを、更に相手にとってリスキーな攻撃参加を、これが内田の課題であり、私はこのことを彼に伝えたことがある。

 

 「DFだし、ゴールするのって簡単じゃないんですよね」。内田の答えはシンプルだった。

 

 だが、それから間もなくのことだ。11月3日のホッフェンハイム戦で、内田はドイツ移籍後初ゴールをマークした。もっとも、試合後、彼の笑顔は見られなかった。自らのゴールで同点に追いつきながらも、ロスタイムに失点し、チームが敗れてしまったからだ。

 

 もちろん、内田には攻撃面におけるメリットもある。先述した“役得”だ。内田に言わせると、ファルファンとは「言葉なしに分かり合える」そうだ。このペルー代表FWに対し、内田は相当に強い思い入れがあるようで、内田に「目標は?」と聞くと、決まって「ファルファンと同じレベルに到達すること」という答えが返ってくる。「道のりは遠いかもしれない。でも、決して諦めない」。日々のトレーニングに励む内田の姿からは静かな気迫が伝わってくる。

 

 決して流暢ではないドイツ語で、内田はシャルケの魅力をこう表現した。「ファン、サポーターと選手の一体感は本当にすごいと思う。僕はシャルケの“俺たち意識”がとても気に入ってるんです」

 

 チャンピオンズリーグのグループリーグ第6節、モンペリエ戦で見せた内田の必死のブロックはシンボリックなシーンだった。“俺たち”の魂を揺さぶった懸命なこのプレーが失点と敗戦を防ぎ、シャルケのグループ首位通過を後押した。

 

 しっかりとした土台があり、努力を怠らない。ポーカーフェイスの裏側にクラブへの強い愛情と静かな闘争心がある。断言しよう。内田篤人は、もう“立派なシャルカー”だ。

 

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