2012.09.27

セルジオ越後の告白 日本サッカーに贈る『愛』

サムライサッカーキング Oct.2012 掲載]

日本サッカーのご意見番・セルジオ越後氏。今年で来日して40年。まだ日本サッカーがマイナースポーツだった時代、普及に携わり、全国を走り回る中で感じた日本人選手の可能性。彼らがサムライとして世界を相手に戦うようになった今、改めて思うこと。
セルジオ越後の告白 日本サッカーに贈る愛”
Interview and text by Ryohei TANAKA Photo by Kenichi ARAI

 日本に来て、40年が経った。来日当初を振り返れば、これほど長く居続けることになるとは想像していなかったけれど、僕よりももっと長く、日本からブラジルに渡って住んでいる人もいるわけだから、決して珍しいことではない。

 長く住むようになった一番の要因は、日本サッカーの普及に携わったからだ。僕は日本という土壌に可能性を感じ、ここでサッカー文化を築く、その一端を担うことに喜びを感じるようになった。コカ・コーラ社のスポンサードのもと、「さわやかサッカー教室」として全国各地を回った。その場所に20年立っていると、かつて教えた子供たちが立派な選手やサポーターに育っていく。そして、新しい子供は毎日生まれてくる。こうなると、日本に住んでしまうのは自然の流れだよね。

 日本人選手に可能性を感じたのは、僕の出自も大きく関係しているかもしれない。僕の他にも、ネルソン吉村、ジョージ与那城、僕らはみんな純粋な日本移民の子、つまり日系二世だ。僕たちには、やればできる、という共通の想いがあった。サッカーが盛んな国で生まれ育って、そこで身についた環境、考え方は、すべて日本にはないもの。逆に言えば、それをやればブラジルに近づける、絶対に成功できると思っていた。

 実際に来日してみると、日本人の国民性なのか、やる前からあきらめるというシーンにもよく出くわした。北海道に行けば、半年間雪の降る地域だから、サッカーなんてできないと言われた。南米から来たあなたには分からないことだと、シャットアウトだ。ところがどうだろう。今や豪雪地域であってもサッカーが盛んに行われ、そこから有能な選手も生まれてきているね。

 日本人はやればできるはず、少し背中を押してあげるだけで劇的な変化を遂げる、という思いは確信に変わり、僕はこの国のサッカー文化を開拓することにとても興味を持った。「さわやかサッカー教室」で子供たちを指導する際も、そこが一番のポイントだった。やらないで決めつけるのはもったいない。やればできる。そうして背中を押すと、子供たちは驚くほど力を伸ばした。これは一つ日本人選手の長所であり、短所でもあるところだね。

 普及という仕事があって、日本サッカーに貢献できているという実感があったからこそ、「さわやかサッカー教室」を20年も続けられたのだと思う。もっとも、僕が20年かけて形にした普及を、『キャプテン翼』という漫画はたった2年でやってのけたけどね(笑)。

『キャプテン翼』の例もそうだが、社会現象になったり、一つのことに一致団結して集中した時にはとてつもないエネルギーを持つというのも、日本人の特性かもしれない。それはJリーグが発足した時もそうだった。

 僕が来日した当初の日本サッカーは、完全なる企業スポーツだった。各企業のサッカー部が日本サッカーリーグを戦うが、その目的は興行ではなく、新聞をにぎわすこともなかった。そうした時代から、やがて衛星放送が発達し、ワールドカップがそれまでよりも身近なものとなり、お隣の韓国がプロリーグを発足させるなど外的な要因もあって、日本の中でも徐々にプロ化への波が起きてきた。プロリーグを作らないと、世界には追いつけないし、それどころかW杯に出場することすらできないと。サッカー界の中でもいろいろな考えがあり、プロ化は無理だという声もあったがフタを開けてみれば大成功だった。

 Jリーグがスタートしたことで、子供たちに夢ができた。それまでは、国内にプロリーグがないからと、奥寺康彦を筆頭に海外に飛び出していく選手もいたが、これからはJリーグがある。ピエール・リトバルスキーやゲーリー・リネカー、ラモン・ディアス、ジーコなど、世界に名だたる選手たちと一緒にプレーできる、夢のプロリーグである。これはサッカー人にとって革命的な夢だよね。

 Jリーグは社会現象となり、そこから日本サッカーはとてつもないスピードで成長していった。ただし、一致団結の突貫工事で一気に駆け抜けたものも、そろそろ点検しなくてはいけない時期に来ている。今、子供たちにとってJリーグは果たして魅力的なリーグだろうか。かつては「Jリーグでプレーしたい」と言っていた子供たちが、今は「海外に行きたい」と言う。ロンドン・オリンピックで優勝したメキシコ代表は、国内リーグ所属の選手だけで素晴らしいサッカーを見せた。大切なのは、海外とか国内とかいう括りではなくて、どうすればサッカーが強くなるかということだ。そう考えた時に、子供たちの目がすぐに海外クラブへ注がれる現状は、決して両手を上げて喜ぶべきことではないんじゃないかな。急速に発展してきたこれまでの成功と、これからのビジョンを、改めて考えるべきだと思う。

 控えめで、結束力があり、秩序を保つことができる。これは日本人の特性であり、そのまま日本人選手の特徴にも当てはまる。単一民族国家で島国というバックボーン、または根底に根づく部活動文化など、様々な要因によって培われたものだと思うけど、良い面もある一方、世界と戦う上では、それが短所になってしまうこともある。言われたことを忠実にこなすだけでは超えられない壁にいつかぶち当たる。

 最近は、日本人選手たちがヨーロッパに進出することが多くなった。礼儀正しさや我慢強さは、どの国に行っても好かれているけれど、好かれることが「成功」ではない。自我を出しても「嫌われてもいい」という強さも必要だ。もっと上に立つためには競争しなくちゃいけない。プロなのだから、常に相手に勝たなくてはならない。自分の殻を破り、主張して、自立すること。幅の広い国際人になること。海を渡る「サムライ」たちにはそういう選手になってもらいたいし、そうして培った精神を日本に持ち帰り、日本サッカーの殻を破ってくれることを期待しているよ。

 殻を破るのは、ファン・サポーターも同じだ。大事なチームの戦力が海外チームに移籍することは「敵」になるということ。繰り返すけど、プロとは競争だ。とにかく「海外に行ったら価値がある」という感覚では、日本人が自分たちのサッカーが遅れていることを無意識に認めているだけだ。ニュース番組のドメスティックに編集されたハイライトに一喜一憂している場合ではない。自分たちのリーグに誇りを持って、海外リーグと肩を並べなければならない。

 20年前、Jリーグを作った当時のエネルギーや意気込みを、もう一度持つべき時が来ている。これから世界に羽ばたく子供たちや、今、海外にいる若い選手たちのためにも、日本サッカーをもっと魅力的なものにしなければならない。日本サッカーはまだまだ強くなる。僕は日本人選手の可能性を知っている。サッカーを愛する僕たちで、日本サッカーをもう一度考えようじゃないか。

 キミたち一人ひとりが、日本サッカーのサムライだ。