2016.01.14

柏U-18出身の桐蔭横浜大DF佐々木宏樹、J3藤枝から欧州を目指す

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インタビュー=安田勇斗、写真提供=佐々木宏樹

 柏レイソルU-18の同期にDF山中亮輔、一つ下にはGK中村航輔らがいる。同じ釜の飯を食った選手たちに大きく水をあけられた。しかし地道にプレーを磨き4年越しでプロの舞台にたどり着いた。もちろん、カテゴリーが低いことは十分理解している。それでも志は高く「ヨーロッパでプレーしたい」。佐々木宏樹は一歩一歩、自分のペースでさらに上のステージを目指す。

プロ意識みたいなものは日々感じていました

――柏レイソルのアカデミー出身とのことですが、いつから在籍していたのでしょうか?
佐々木 小学5年生からです。レイソルの試合を見たり、レイソルのサッカー教室に何度か参加させてもらって、小3の時には行きたいなと思っていました。でもその時は、当時所属していた少年団の大事な試合があって行けなかったんです。それで小4の終わりにU-12のセレクションを受けて、小5からレイソルでお世話になっていました。

――元々柏のファンだったんですか?
佐々木 そうですね。北嶋秀朗さん(元日本代表)が好きだったので。それと中山雅史さん(元日本代表)も好きでジュビロ磐田も同じぐらい応援していました。

――U-12での成績はいかがでしたか?
佐々木 一番良かったのはダノンネーションズカップの世界大会に出場して9位になったことだと思います。

――当時はどんなメンバーがいたんですか?
佐々木 山中亮輔(柏レイソル)、鈴木雄斗(モンテディオ山形)、荒木大吾(ジュビロ磐田)、杉田祐希也(元エルクレス)、あと早稲田大学の宮本拓弥などがいました。あと一つ下には秋野央樹(柏レイソル)、中川寛斗(柏レイソル)、小林祐介(柏レイソル)、中村航輔(柏レイソル)、木村裕(V・ファーレン長崎)などがいました。

――すごいメンバーですね。そこからU-15へは順調にステップアップできましたか?
佐々木 順調ではなかったです(苦笑)。最初はセレクションで落ちて、他のいろいろなチームのセレクションも受けたんですけど全部ダメで。もう一度レイソルのセレクションを受けさせてもらって何とか残ることができました。

――ジュニアユースでの成績は?
佐々木 3年生の時に、高円宮杯でベスト8に行ったぐらいです。

――U-18へはスムーズに上がれましたか?
佐々木 はい。

――U-18での成績はいかがでしたか?
佐々木 2年生の時にクラブユース選手権で準優勝、3年生の時は3位でした。プリンスリーグでも優勝して1部昇格を果たしたんですけど、僕自身は全然試合に出ていなかったので(苦笑)。

――そうなんですね。では8年間過ごしたレイソルで学んだことの中で、特に印象に残っていることは?
佐々木 プロの選手ではなかったですけど、プロ意識みたいなものは日々感じていました。エンブレムを身につけて行動するので、練習場でも街でも電車でも、レイソルの一員であることを自覚しなければいけないと。極端に言うと、自分がレイソルを背負っているぐらいの気持ちで過ごすことができました。プレーの面では「止めて蹴る」という基本的な技術を身につけた上で、頭を使ってプレーすることを学ぶことができました。

――現在はセンターバックですが、これまでどういうポジションを経験してきたんですか?
佐々木 レイソルに入るまではトップ下で、小5、6はセンターバック、U-15ではボランチが多かったですけど、FWとか右サイドとかもやりました。U-18ではボランチかトップ下で、大学ではボランチを少しやって、1年の途中から卒業するまでずっとセンターバックでした。

――大学に進学することはいつから考えていたのでしょうか?
佐々木 早い段階からプロに行くのは難しいと感じていて、ユースに入ってすぐに大学に行くことを考えました。トップチームに上がるイメージができなかったので。大学でスポーツのことを学んで、それを自分の体やプレーにフィードバックできたらなと。それでスポーツに特化した学科がある大学を探しました。

――桐蔭横浜大学は第一志望だったんですか?
佐々木 実は法政大学と中央大学を受けたんですけど両方ダメで、レイソルのサポートもあって桐蔭に入ることができました。一度練習に参加させてもらい、10月にようやく決まりました。

――元々勉強が好きなんですか?
佐々木 そうですね。勉強は得意な方で、通っていた県立柏南高校が偏差値60ぐらいの進学校でした。3年生の時はクラスで2位の成績だったので、そこそこ良かったのかなと。

――レイソルの練習を経験した選手として、桐蔭横浜大学の練習はどう感じましたか?
佐々木 雰囲気も内容も全然違って、大学では特に対人の練習が多かったです。ユースとは対照的とは言わないまでも、これまであまり強化してこなかった部分が多かったので、自分にとってはすごく良かったと思います。ユースはプレーの質が高いんですけど、プレーの強度、例えばボディコンタクトやスピードは大学の方が上回っていると感じました。攻撃面は最初から通用していたかなと思いますけど、守備のスピード感にはなかなか付いていけませんでした。

僕はずっとプロになることを目指していました

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――大学で試合に出始めたのはいつですか?
佐々木 トップチームの試合に出たのは4年生になってからです。1、2、3年はIリーグ(インディペンデンスリーグ)でプレーしていました。2年生では全試合フル出場することができて、Iリーグの全国大会も出ました。Jリーガーならぬ、Iリーガーでした(笑)。3年生の時も全試合フル出場して、4年になって関東1部でプレーさせてもらいました。厳密に言うと、2年生の時に1試合だけ出たんですけど、途中出場して途中交代で。苦い思い出ですね(苦笑)。

――その試合でレベルの違いなどは感じましたか?
佐々木 言い訳かもしれないですけど、それまでずっとセンターバックで、その試合だけボランチで出たんです。レベルの違いというより、自分がうまく切り替えられなくて、守備が後手後手になってしまったのが良くなかったかなと。それで僕に代わって出た選手がPKをもらって、それが決勝点になったので、なおさら印象が良くなかったですね(苦笑)。

――4年生になって久々に出場した1部の試合はどうでしたか?
佐々木 やれる自信はありましたし、実際やれていた感覚はあります。

――1年間をとおして見るとどうですか?
佐々木 前期の残り5試合で出られなかったり、調子が安定しない時期もありましたけど、自分が出た試合の勝率は高かったのでまずまずの仕事ができたと思います。

――自分の一番の持ち味は?
佐々木 キック精度です。フィードやサイドチェンジなどには自信を持っています。守備では予測や読みを活かしたインターセプトが得意です。

――プレーを参考にしている選手はいますか?
佐々木 アンドレア・ピルロ(ニューヨーク・シティ)とシャビ・アロンソ(バイエルン)です。特にキックの技術を参考にしています。

――藤枝MYFCへの加入が決まりました。他の選択肢なども考えていたのでしょうか?
佐々木 藤枝の他にもJ3やJFLのいくつかのクラブの練習に参加させてもらい、声をかけてくださったクラブもあったのですが、藤枝に一番魅力を感じたので行くことを決めました。藤枝は11月に練習に参加させてもらい、決まったのは12月中旬です。

――元々進路はプロしか考えていなかったんですか?
佐々木 はい。3年生の時に監督と面談した時も、「サッカーを続けます」と答えました。トップチームの試合にも出ていなかったので、監督からは「厳しい」とはっきり言われましたが、そういう言葉を言ってもらえたことで、1年間奮起できた部分はあると思います。

――なかなか行き先が決まらない中で不安もありましたか?
佐々木 ありました(苦笑)。6月から8月にかけてJ3の他のクラブの練習にも参加させてもらい、こういう場所でやりたいと思っていたんですが、全然決まらなくて。時間が経って、家族からは「一般企業に就職したら?」と言われたりもしましたけど、僕はずっとプロになることを目指していました。

――いよいよ藤枝での最初のシーズンが始まります。1年目の目標は?
佐々木 まずは試合に出ること。その上でチームを上位に導きたいと思っています。もちろん開幕戦から出るつもりで臨みます。攻撃が持ち味ですが、DFなので自分が出ることで失点を大きく減らすことができればと思っています。

――将来的な目標はありますか?
佐々木 ヨーロッパでプレーしたいです。どこの国というのはないんですが、チャンピオンズリーグやヨーロッパリーグに出られるクラブに行ければと思っています。先々のことはまだ自分の中で描けていないですけど、少しずつステップアップして20代のうちに行きたいです。