写真＝平柳麻衣
スピードと体の強さを活かした豪快なプレーでゴールを奪う明治大学の藤本佳希は、大学サッカー界で“フィジカルモンスター”と称された。しかし、内面は意外にも「一歩一歩進んで行きたいタイプ」と自己分析する。ストイックにサッカーと向き合い、成長を続けるストライカーは、ファジアーノ岡山でプロ生活の幕を開ける。
自分が点を取るしかないと思っていた
――高校時代の話からうかがいたいのですが、愛媛県の済美高校に入学した経緯を教えてください。
藤本 生まれも育ちも愛媛なのですが、中学3年の時に県選抜のメンバーみんなで「済美に行こう」と話して、親も賛成してくれたので決めました。
――クラブチームなど、他の選択肢は考えなかったのですか？
藤本 中学１年生の時に愛媛FCのジュニアユースに入ったんですけど、1年くらいの間に3回骨折して、試合に出られなかったんです。その歳で試合に出られないと成長できないし、練習に行くのにも自転車や親の車で結構時間がかかっていたので、それなら授業が終わってすぐにボールを蹴れる環境でやった方が自分のためにいいなと思って、ポジティブな気持ちで辞めました。
――部活動（久米中学校）の方に移ってからの成績はどうでしたか？
藤本 四国大会の準決勝で負けて全中（全国中学校体育大会）に出られなかったので、「高校では絶対に選手権（全国高校サッカー選手権）に出る」という気持ちを抱きました。
――中学時代のポジションは？
藤本 ずっとFWです。ドリブルが好きだったので、ずっとドリブルばかりしていました。チームメートからも点を取ることを求められていたので、とにかく個人技を磨いていました。
――高校に入学して、試合に出られたのはいつ頃からでしたか？
藤本 1年目からたまにトップチームの試合に出ていたんですけど、中学と高校ではフィジカルもスピード感も全然違って、最初は苦労しました。レギュラーになれたのは2年生になってからです。
――当時の済美高のレベルは？
藤本 愛媛の中では強い方だったし、戦力もそろっていたと思いますが、3年間で選手権に出られたのは僕が3年生の時だけでした。
――最初で最後となった選手権で、思い出に残っていることはありますか？
藤本 2回勝って、3回戦で宮市剛（湘南ベルマーレ／2016シーズンはガイナーレ鳥取に期限付き移籍）がいた中京大中京高校に2－3で負けました。個人としては3試合で3点取れたので、「全国でも普通に通用するな」と思ったんですけど、チームとしては「もっと上に行けたはずなのに」という思いも残っています。
――高校時代のプレースタイルは？
藤本 中学時代と変わらず、周りが「とりあえず、点を取ってくれ」という感じだったので、自分が取るしかないと思ってやっていました。だから、守備はあまりしていなかったです。特に高校3年の時は得点だけにこだわっていて、プリンスリーグ四国で得点王も取りました。
――当時からフィジカルやスピードを活かしたプレーが多かったのですか？
藤本 スピードはあったと思いますし、フィジカルも高校生の中では強い方だったと思います。中学生の時から筋トレをバンバンやって、長い年月をかけてこのフィジカルを作ってきたんです（笑）。
――高校時代に苦労した経験はありましたか？
藤本 中学生の頃から腰痛を抱えていたんですけど、高校2年の時に、分離症とヘルニアって診断されたんです。少し動くだけでも痛くて、自分で靴下も脱げないような状態で、授業中も椅子に座っているだけで痛かったので早退することもありました。病院の先生からは「1年間、サッカーを休め」と言われたんですけど、その病院には二度と行かず（笑）、痛みを押し殺しながら、それまで以上に腹筋や背筋を鍛えまくって、サッカーも痛いながらにやっていました。
――すごい話ですね。今はもう大丈夫なのですか？
藤本 高校3年の頃にはもう、痛くなることはほとんどなくなりました。でも、筋肉が落ちたらまた痛くなるかもしれないので、筋トレを続けるしかないと思っています。
――高校生でそこまで腰が痛くなるのは珍しいことではないですか？
藤本 僕の場合、一気に体が成長したことが原因だと思います。中学2年くらいまでは身長が140センチ台で、プレースタイルもちょこちょこドリブルしている感じだったんです。そこから約2年間、1カ月に身長1センチ、体重1キロくらいずつずっと増え続けて、高校3年の頃には今の身長（178センチ）くらいになりました。
――体が大きくなったことでプレーにも変化が生まれたのですか？
藤本 自分でも「最近、体が重いな」と感じるほどの成長期だったので、最初はやりにくさを感じたりもしました。だから、もっとトレーニングをして早く自分の体に慣れなきゃと思ってやっていましたね。
――大学時代の話もうかがいたいと思います。まず、明治大に入学した経緯を教えてください。
藤本 高卒のタイミングでプロの話はなかったですし、僕自身も大学に行った方が絶対にいいと思っていました。サッカーだけではなく、勉強も程良くできる大学を探していたら、済美の監督から「明治はどうだ？」と言われて、セレクションを受けてみたら受かったので、自分でもビックリしました。
――勉強は高校時代から熱心にやっていたのですか？
藤本 済美はスポーツクラスが4クラスあって、そのうち1つだけ「選抜クラス」という勉強にも力を入れているクラスがあったんです。僕はその「選抜クラス」だったので、授業中も先生に当てられることが多くて、結構キツかったです。でも、友達に助けてもらいながら予習も宿題もうまくやっていて、3年生の時の成績はオール5でした。そう言うと、すごく真面目キャラに聞こえてしまいそうで嫌ですけど（笑）。
――明治大ではいつ頃、レギュラーの座をつかめたのですか？
藤本 周りがすごい選手ばかりだったので、1年の時は「一生試合に出られない」と思っていました。でも、プロになるためには試合にも出なきゃいけないと思って必死に取り組んで、1年の後期リーグで数試合、途中から出させてもらいました。当時のFWには阪野（豊史／現栃木SC）さん、山村（佑樹／現水戸）さん、岩渕（良太／現FC琉球）さんがいたので、学ぶことがたくさんありました。
――明治大だからこそ経験できることですね。
藤本 2年生に上がってからは「レギュラーになるぞ」と意気込んでいたんですけど、トップチームからIリーグのチームに落とされてしまって、前期は一度も関東リーグに出られませんでした。だけど、神川監督（明彦／2015シーズンは明治大総監督）が自分に足りないところをしっかりと言ってくれたので、それを素直に受け止めて、克服しようと取り組みました。アミノバイタルカップでは、チームが全国出場を決めた試合でビデオ係を担当していたんですけど、その後の総理大臣杯で急きょスタメンになれたんです。元々スタメンだった選手が調子を落としてしまったり、いろいろな運が重なったのですが、そこでチャンスをつかめたことは、僕の大学4年間の中で大きな出来事だったと思います。
――それまでしっかり準備をしてきたからこそ、チャンスが巡ってきたのですね。
藤本 自分のやるべきことをちゃんとやってきたので、試合に出ても「普通にやればいい」と思っていました。準決勝の鹿屋体育大学戦で先制点を取れたこともすごくうれしかったですし、準優勝でしたけどチームとして創部初の決勝進出も果たせたので、それに貢献できたことも大きかったです。
ファジアーノは一番自分に合っている
――以前、大学4年生になってからアシストを増やすことを意識するようになったと話していましたが、大学に入ってプレースタイルは大きく変わりましたか？
藤本 大学3年のリーグ戦で、点はそこそこ取れたんですけど、アシストがあまりなかったんです。チームとしても、僕が裏に抜けるのを相手にケアされたら手詰まりになってしまっていて。なので、4年生になってからは、自分だけではなくてチームがどうしたら点を取れるかをより考えるようになりました。それまでは2トップだったら（和泉）竜司からパスを出してもらうのが定番のパターンだったんですけど、4年生になってからは逆も増えましたし、その方が相手にとっては守りにくくなったと思います。
――そういう考え方が生まれたのは、和泉選手の存在があったからこそなのでしょうか？
藤本 竜司は人を使うこともできるし、使われて活きることもできる。本当に何でもできる選手なので、明治が勝つために彼の能力をより出したいと思いましたし、それが僕のやるべきことだと思っていました。
――藤本選手自身は、あまり個人の成績にこだわらないタイプなのですか？
藤本 3年の時にリーグ戦のベストイレブンに選ばれたんですけど、チームが準優勝だったので何にもうれしくなくて、むしろチームのみんなに申し訳ないと感じたんです。その時、優勝することが第一だと思ったし、今まで僕が見てきた4年生は自分のことにこだわらずに、プレーでもその他の場面でも「明治のために何ができるか」を考えてやっていました。だから、自分も4年生になったらそうあるべきだと思ったし、自分が2、3年の時に気持ち良くプレーさせてもらったように、下級生には何も考えずにプレーさせてあげたいという意識でやっていました。
――正直、プレースタイル的に、もっと我が強いタイプなのかと思っていました。
藤本 そう思われがちなんですけど、そんなことはないです（笑）。でも、今まではそれで良かったけど、プロは個人が評価される世界なので、これからは逆に「自分が点を取れればいい」くらいのスタンスでいかないと生き残っていけないと思っています。
――これまでのサッカー人生の中で、一番影響を受けた人は誰ですか？
藤本 神川さんに会った時は、衝撃的でした。本当に正直で、思っていることを全部言うんです。ダメなところはダメって言うし、いいところはいいって褒めるし、自分に必要なことも全部言ってくれる。神川さんが言うことは本当にそのとおりなので、言われたことをまずちゃんとやりました。すぐに直らないことも長い目で見てくれたので、間違いなく4年間ずっと成長できたと思います。
――神川さんから言われたことで、特に印象に残っていることは？
藤本 FWも守備ができないとチームが崩れてしまうから、試合には出られないと言われたことです。明治のFWはすごく走れないといけないので、だいぶ走れるようになったし、「走りどころ」を知りました。また、以前は「守備でリズムを作る」という意味がわからず、いいリズムはシュートを打ったり、仕掛けることで生まれるものだろうと思っていたんです。でも、明治で「守備をしっかりすると自分のリズムが出て、いいプレーができるようになる」という感覚が身についたことは、自分にとってすごくプラスになりました。
――今後のこともお聞きします。ファジアーノ岡山への加入を決めた理由は？
藤本 岡山がFWを補強ポイントにしていて、一番に声をかけてもらってすごくうれしかったことが理由の一つです。正直、決めるまでは結構悩みましたが、実際に岡山に行ってクラブや街の雰囲気、サポーターの熱心さ、スカウトの熱意を感じて、ここでプレーしたいと思うようになりました。
――加入内定が発表されたのは6月でした。J1クラブからのオファーを待つことは考えなかったのですか？
藤本 周りにはJ1のクラブに入る選手も多いですけど、自分は一歩一歩進んで行きたいと思っています。高校に入る時もいきなりレギュラーになれるとは思っていなくて、自分で考えて取り組んで、最後に選手権に行けた。大学ではレギュラーになることを目標にやって達成できた。次はまず、岡山の中心選手になってJ2で活躍したい。ファジアーノは本当に素晴らしいチームですし、一番自分に合っていると思うので、決断に後悔はないですし、今はとにかく「岡山のために」ということだけを考えています。
――岡山のどんなところに魅力を感じているのですか？
藤本 例えば、ファジアーノは「髪の毛を染めてはいけない」という決まりがあるんですけど、いい意味でプロっぽくないですよね。僕も外見を派手にしたいとは全然思わないし、キャンプで無人島に行ったりするのも面白そうですし、クラブのそういう考えが好きです。あと、今年2月に行われたデンソーカップ（第29回デンソーカップチャレンジ広島大会）にファジアーノの木村（正明）社長がゲストとして来て、参加選手全員の前で講演をしたんです。その時はまだファジアーノから声をかけてもらってなかったんですけど、クラブのビジョンを聞いて、「いいクラブだな。俺に声かけてくれないかな」と思って。そうしたら、その後にオファーが来たのでうれしかったです。
――済美高時代にチームメートだった久保飛翔選手（慶應義塾大学）が4月に岡山への加入を決めていましたが、相談はしていたのですか？
藤本 飛翔は3月くらいに声がかかって練習参加もしていたので、いろいろ深い話をしました。その後、練習参加した時に自分の目で見て、「飛翔が言ってたことってこういうことか」と納得できたので、飛翔がいたから決めたというわけではないですけど、決めるにあたってすごく助けになりました。
――久保選手とはいつからの知り合いなのですか？
藤本 小学6年の時に週に1回、愛媛FCのサッカースクールに通っていたんですけど、そこで一緒に練習する機会がありました。中学校も隣で、家も近かったです。中学3年の時は、飛翔が進路を迷っていたので、「俺は済美に行くから、一緒にやろうよ」と誘いました。関東大学リーグで対戦できるだけでもうれしいのに、プロでまた同じチームになるなんて思ってもいなかったので、本当にうれしいです。
――岡山の練習に参加した時、特に話した選手はいますか？
藤本 僕がまだ迷っている時だったので、片山（瑛一）さんや島田（譲）さん、岩政（大樹）さんからいろいろな話を聞きました。済美の大先輩の渡邊一仁さんもアドバイスをくれましたし、自分の考えとすり合わせられたので、最終的には迷いなく加入を決めることができました。
――最後に、今後はどんなプレーヤーになりたいですか？
藤本 大学までは自分に足りないところを身につけてきたので、プレーのベースは作れたと思います。ここからは、チームの中でやらないといけないプレーもありますけど、より得点にこだわりまくって、たくさん点が取れる選手になりたいです。
By 平柳麻衣