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長谷部誠が迎えるキャリアの分岐点。「ヴォルフスブルクを去ることが最良の選択」な理由とは

2012.07.16

ワールドサッカーキング 2012.07.19(No.222)掲載]
 2008年からブンデスリーガでプレーする長谷部誠は、ヨーロッパで活躍する日本人選手の代表格と言える。しかし、昨シーズン、ヴォルフスブルクの不振とともに自身のパフォーマンスも低下。苦難の時を過ごした日本代表のキャプテンはこの夏、キャリアの分岐点を迎えている。現地記者が語る、長谷部誠の“今”とは。

文=トーマス・ゼー、翻訳=阿部 浩 アレクサンダー、写真=千葉 格

 日本人プレーヤーとして過去最高のリーグ通算111試合出場を記録した長谷部誠。だが、昨シーズンのパフォーマンスはチーム成績と同様にパッとしないものだった。チームは何度も2部降格の危機を味わい、最終的には8位に落ち着いた。2010−11シーズンの15位よりはマシだが、毒にも薬にもならない。長谷部の評価もそれこそ“降格圏”だと思ってもらっていい。

 ドイツ国内で最大の発行部数を誇るスポーツ紙『ビルト』によると、年間を通じての長谷部の平均評価は3・96である。専門誌『キッカー』の評価はこれよりやや低い4・05。最高が1、最低が6のドイツ式評定でこの点数はかなりひどい。当然、長谷部にとって過去3年で最低のポイントだ。

 では、なぜ長谷部は低迷してしまったのか。その分析をする前に、彼が所属するチーム環境とフェリックス・マガト監督の特異性についての説明が必要になる。いずれもその本質を把握しておかないと、長谷部の評価を大きく見誤る恐れがあるからだ。

■マガトが全権を握るクラブの“特異体質”

 ヴォルフスブルクは母体も経営も地元企業のフォルクスワーゲン(VW)に100パーセント依存していて、一般的なクラブとは体質が異なる。この世界的自動車メーカーなくしてクラブは存在しない。VWは近いうちに世界最大規模の自動車メーカーとなる見込みで、同社の経営陣はグローバルプレーヤーとしての地位をサッカーの世界でも実現させたいと思い描いている。彼らにとってヴォルフスブルクとは、本業拡大のための“販売促進ツール”という位置付けなのだ。だから、その役割を果たすにはチャンピオンズリーグに常時出場することはもちろん、そこで上位に食い込み、欧州ばかりか世界的なサッカークラブとして認知される必要がある。

 長年低迷していたヴォルフスブルクは、08−09シーズンにブンデスリーガ初優勝を達成する。これはまさにセンセーショナルな出来事だった。成功の要因としては、マガト監督の厳しい指導の下、当時の所属選手が次々と大ブレイクしたことが挙げられる。だが、マガトは優勝した途端にチームを去り、翌シーズンにはシャルケへと職場を移した。ヴォルフスブルクなど腰掛け、名誉と地位の向上には田舎チームよりビッグクラブで指揮を執るべきだという計算が働いたのだろう。ところがシャルケでの2年目の低迷により、マガトは責任を取らされる形でシーズン終盤にクビを切られた。

 捨てる神あれば拾う神あり。解任された翌日、マガトはこれまた低迷するヴォルフスブルクの監督に就任した。恥も外聞もないとはこのことだ。経営陣はこの旧態依然とした石器時代の指導者に前回同様「監督兼GM兼社長」という権限を与えた。現場もフロントもマガト一人で仕切ることになる制度上の矛盾など考えずに全権を託すとは、VWは実に太っ腹と言うか無知と言うか……。だが、マガトはそれだけ手厚く優遇されたにもかかわらず、チームを上昇気流に乗せられずにいる。

 マンチェスター・ユナイテッドのアレックス・ファーガソンも監督とGMを兼任しているが、ロイ・キーン、デイヴィッド・ベッカム、クリスチアーノ・ロナウドといったスーパースターを放出してもチームを弱体化させはしなかった。それどころか新たな選手をブレイクさせては、チームを常に進化させている。

 だが、マガトは逆だ。前回優勝の立役者であるFWグラフィッチ、エディン・ジェコ、そして司令塔のズヴェズダン・ミシモヴィッチを売り飛ばしたのは、指揮官が彼らと衝突し、「俺はお前が気に入らない」となったからである。選手、ジャーナリスト、クラブ幹部と常日頃から対立する性格から、マガトは常に選手の入れ替えを強いられるのだが、ここ数年はすべての試みが失敗に終わっている。

 GMとしてのマガトの手腕は疑問視せざるを得ない。次から次へと選手を買い続けた結果、昨シーズンの登録メンバーはGK3人、DF11人、MF17人、FW7人と総勢38人の大所帯となった。それでも飽き足らず、ウインターブレーク中には5選手を獲得している。5人はいずれも名の通った選手だが、ケガに悩まされ、ピークをとっくに過ぎたロートルばかり。ベストコンディションを整えた選手は一人もおらず、チームの助けにはならなかった。

 昨シーズン、マガトが実戦に投入した選手は31人。システムとスタメンの変遷を説明するとなれば、新たに長編原稿を書く必要がある。マガトはそれだけ頻繁に選手を入れ替えてきたということだ。もっとも、その長編原稿を書くつもりにはなれない。意味不明な采配を解説することはできないからだ。システムの優位性で勝利しようが負けようが、マガトがそこから何かのヒントを得て次の試合の戦術や起用法を考えることはなかった。勝っても負けても、試合内容がどんなものであろうと、彼が同じシステムを2試合続けたことは一度もない。

 それ以上に深刻なのは、マガトとチーム間に漂う空気だ。マガトは選手に対して一方的に命令するだけで、必要最小限のその内容は感情的かつ独善的だった。今の若者が必要とする合理的な説明など一切ない。これで人心掌握などできるはずがない。いくら権限があろうと、選手の信頼を得られない監督は“裸の王様”でしかない。

■マガトの下では長谷部の今後の成長は見込めない

 08−09シーズン、長谷部は不動のレギュラーとして重要な役目を担っていた。それが昨シーズン、マガト流の人事によりローテーション要員の一人になってしまった。これではチーム内の序列が保てない。チームの一体感が壊れる、と言ってもいい。

 長谷部にとっての悲劇は、マガトの戦術に一貫性がない点だ。開幕当初の長谷部のポジションは右サイドバックとセントラルMF。役割が異なる2つのポジションで起用された。

 ブンデスリーガ全34節のうち、長谷部の先発出場は20回、途中出場3回。長谷部の本職であるセントラルMFにはクリスティアン・トラッシュ、ジョズエ、ペトル・イラチェク、ヤン・ポラーク、そしてトーマス・ヒツルスペルガーがおり、6人でレギュラーを争った。そして右サイドバックには、パトリック・オクス、ハサン・サリハミジッチの2人の他、後半戦からはトラッシュ、リカルド・ロドリゲスが加わり、ポジション争いは熾し烈れつを極めた。しかし、長谷部はどちらのポジションでもレギュラーに定着できなかった。正確に言うと、マガトから合格点をもらった選手は一人もいなかったのだ。

 ある日はタッチライン沿いを走り続け、次の試合ではセントラルMFで試合をコントロールする。一対一の守備に優れた長谷部ではあるが、右サイドバックとしては運動量やダイナミズムに難がある。セントラルMFとしては度を超したローテーションがマイナスとなった。システムや戦術を熟成させる余裕が全くなく、チームメート間のコンビネーションや意思疎通も向上しない中で攻撃のリズムを作り出すのは至難の業だ。選手の“取っ替え引っ替え”はシーズンを通してずっと続いたわけだから、当然、チームの成績が安定するはずもない。

 明確な戦術の中でこそ本領を発揮する長谷部にとって、決まりごとが全く存在しない中盤で見劣りしてしまうことは明らか。それなりの出場機会を得たが、その立場は交代要員と認識されても仕方のないものだった。第20節のシャルケ戦では守備力を買われてサイドMFで起用されたが、試合開始早々に2失点を喫すると、わずか28分で交代させられる屈辱を味わった。

 あるパーティーで長谷部と会った際、私は彼からこんなセリフを聞かされた。「交代選手として高いパフォーマンスを示すのは難しいものです。調子は良いけど、チーム内にはたくさんのライバルがいます。僕は出場機会にこだわっていません。それより選手としての成長を考えています」

 それを聞いて私がどう思ったかを率直に記そう。長谷部はサッカー選手として絶頂期にある28歳だ。ブンデスリーガでの経験は豊富だし、日本代表のキャプテンとして地位を固めてもいる。そんな彼がヴォルフスブルクで交代要員に甘んじて「選手としての成長」など望めるのだろうか? マガトとケンカ別れしてジエゴが去ってからというもの、このチームには仲間を鼓舞し、モチベーションを上げられるだけの器を持ったリーダーが不在となっている。マンチェスター・Uならロイ・キーンが、バイエルンならミヒャエル・バラックがその器だったが、長谷部はそうではない。彼はあくまで“黒子役”に徹することでチームに貢献するタイプの選手である。チームが好調なら長谷部も調子が良い。だが、敗戦の危機に追い込まれた状況をリーダーの頑張りで逆転させられるだけの力は彼にはないのである。「テクニックと走力に優れており、極めて安定している」とはマガトの長谷部に対する評価だが、この監督の本音は常に別のところにあるという点を忘れてはならない。

■ヴォルフスブルクを去ることが長谷部にとって最良の選択

 ヴォルフスブルク生まれで、このクラブを子供の頃から応援している私の意見をここではっきりと述べよう。長谷部よ、君は今すぐ代理人のトーマス・クロートに電話を入れて、別のチームを探してもらうべきだ。

 08−09シーズンのヴォルフスブルクのような、きちんとした組織が出来上がったチームであれば、君は何の問題もなく溶け込み、活躍できる。マルチプレーヤーの君は様々な戦術的役割をこなせる。セントラルMFとしてピッチ全体を支配することも、左右のMFとしてより戦術的な役割をこなすこともできる。試合の流れを読み、勝負どころを見逃さないインテリジェンスと抜群の安定感は、どのチームからも歓迎されるはずだ。マガトの無軌道な戦術によって発生する相手のカウンターアタックを止めるために無用なファウルを犯す必要もなくなる。局面での競り合いも同様だ。

 今のヴォルフスブルクの状況は悲惨の一言に尽きる。監督だけではない。選手の多くがマガトに嫌われないように彼に指示されたことを守ることに必死なのだ。それができなければ即座に“干されて”しまうからだ。選手は自分のためだけにプレーして、試合が終わったら後は知らん顔。ここにチームスピリットはない。一体感が欠如しているのではなく、存在しないのだ。

 そんな中、長谷部は文句一つ口に出さず、嫌な顔一つせず自分のプレーに集中している。どんなインタビューにも紳士的に対応し、批判的なコメントを発しようとはしない。「優等生」を通り越して「聖職者」のような振る舞いである。その態度には好感が持てる。しかし、チームの悲惨な実態をいつまでもオブラートに包んでいたところで、いったい彼にどんな利益があるというのだろうか?

 マガトが監督に居座る限り、長谷部には未来がないと言っても過言ではない。今夏、マガトは新シーズンに向けて数多くの選手をリストアップしている。私が聞いたところでは、そのリストはセントラルMFと右サイドバックの即戦力候補が大部分を占めているという。セントラルMFではハンザ・ロシュトックから、ケヴィン・パンネヴィッツという若い選手の加入が決まっている。更に昨シーズン、指揮官の構想外となりレンタルという形でチームを離れた9人もの選手が“一時復帰”する。その中にはレンタル先で結果を残した元レギュラー右サイドバックのペテル・ペカリークも含まれているのだ。この状況を見てもマガトの長谷部に対する“信頼度”が分かるだろう。言い方は悪いかもしれないが、マガトにとって長谷部は「先発陣の穴を埋める便利屋」でしかないのだ。

 数カ月前のことになるが、ヒツルスペルガーは私にこう言った。「マコトは日本代表のキャプテンだし、言葉の重みが他とは違う。だけど、残念ながらすごく控えめなんだ」

 長谷部よ、今こそ腹をくくるのだ。私だって“心のチーム”に優勝の実績を与えてくれた監督をこれほど強く批判するのは本位ではない。長谷部の性格を考えれば、あえてチームに残って再び信頼を取り戻そうという思いもよく理解できる。だが、彼のキャリアを考えると、一刻も早くマガトの下を離れ、新たなクラブで自分の能力を存分に発揮すべきだと思うのだ。

 自己犠牲の精神を持ち、先発でも控えでも常に安定したプレーを見せる長谷部を、マガトが簡単に手放すとは思えない。しかし、昨シーズンの低迷によりドイツでは「ピークを過ぎた選手」との評価が定着しつつあることも事実である。日本代表での長谷部は、08│09シーズンに見せたパフォーマンスと何ら変わりがないにもかかわらず、ヴォルフスブルクに居続ければ、その間違った評価はドイツで“一般化”してしまうだろう。

 優勝メンバーの一人である長谷部のサッカー選手としての実力を、そして日本人らしい生真面目さを、私は最大限に評価している。だからこそ、彼が選手として、そして人間として正当に評価され、100パーセントの力を発揮できるチームでプレーする姿を見たいと思うのだ。

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【浅野祐介@asasukeno】1976年生まれ。『STREET JACK』、『Men's JOKER』でファッション誌の編集を5年。その後、『WORLD SOCCER KING』の副編集長を経て、『SOCCER KING @SoccerKingJP』の編集長に就任。

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