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試練を経験した2年目。長友佑都が「インテルの“英雄”になる条件」を現地記者が説く

2012.05.08

ワールドサッカーキング 2012.05.17(No.214)掲載]
 ヨーロッパ挑戦2年目のシーズン、長友佑都は様々な困難に見舞われた。だが、彼の本質的な評価は下がっていない。むしろ、困難の中で自身の持ち味である「不屈の精神」を発揮し、より大きく成長しようとしている。現地記者に、長友についての率直な意見を聞いた。

文=ルチアーノ・マルティーニ、翻訳=小川光生、写真=Getty Images

 2011年夏、長友佑都のヨーロッパ2シーズン目は、思わぬアクシデントから始まった。7月30日のプレシーズンマッチ、セルティック戦で右肩を脱臼し、「開幕には間に合わない」との診断を受ける。しかし、驚異的な回復力を見せた長友は、9月11日のセリエA開幕戦に先発出場を果たした。

 一方で、インテルは序盤から大不振に見舞われる。リーグ開幕戦でパレルモに3ー4で競り負け、3日後のチャンピオンズリーグ(以下CL)初戦でも格下のトラブゾンスポル(トルコ)に敗北。9月21日には、新監督のジャン・ピエロ・ガスペリーニが公式戦で1勝もできないまま(1分け5敗)解任される事態となった。混乱の中で、インテル首脳陣はクラウディオ・ラニエリをベンチに招く。“修理屋”の異名を取るラニエリは、チームが抱える問題を見抜き、素早く処置をするという点で定評がある一方、「ツメが甘く、善戦するが勝てない」と揶揄される監督である。それでも、不振のどん底にあった当時のインテルにとっては格好の人材に思えた。事実、60歳の名伯楽は、基本に立ち返って守備を立て直すことでチーム内の混乱を収束させ、年をまたいで公式戦8連勝を果たした。

 ところがその後、チームはまたも勝てないサイクルに入る。問題は、それがCL決勝トーナメントの開始時期だったことだ。スタートのつまずきでスクデット獲得が絶望的になった後、コッパイタリアでもベスト8でナポリに敗れていたインテルにとって、CLは唯一タイトルの可能性が残された大会だった。しかし、ここでもマルセイユに敗戦を喫する。そして3月25日、ユヴェントスとのイタリア・ダービーに敗れた時点で、ラニエリもまた解任された。

■チーム事情に縛られ、長所を発揮できず

 インテリスタ(インテルのファン)にとって苦難のシーズンを、長友はどう過ごしていたのだろうか。第36節を終えた時点での成績は、公式戦42試合出場の2得点。数字だけを見れば、チェゼーナとインテルでプレーした昨シーズンと大差ない。ただ、メディアの評価は昨シーズン、特に冬の移籍市場でインテルに加入した後半戦のそれと比べると、かなり厳しいものとなっている。

 象徴的な例を一つ挙げよう。昨年10月1日、ホームでのナポリ戦。前半終了間際、負傷のクリスティアン・キヴに代わりピッチに入った長友は、突破を図ったクリスティアン・マッジョを止められずゴールを許してしまう。その失点が響き、インテルは0ー3で敗れた。イタリア最大手のスポーツ紙『ガッゼッタ・デッロ・スポルト』が長友に与えた点数は両チーム最低の4点。寸評も「マッジョに焼き払われ、敗北を決定付けた」というシビアなものだった。

 今シーズンの長友は今までより守備への意識を強く持ってプレーしているように見える。その傾向は、いわゆる“守備偏重主義者”のラニエリによる指示からきているのだろう。本人も試合後に「まずは守備をしっかりやって」とか「前に上がるのを自重しながら」というコメントを残していた。

 昨シーズン前半戦、セリエAに参戦したばかりの長友を指導したマッシモ・フィッカデンティ監督は、「攻撃と守備のバランスを意識するよう指導した」と語っている。日本での長友は攻撃的なサイドバックとして評価を得ていた。彼の長所はやはり攻撃面にあり、粘り強い足腰と無尽のスタミナという最大の武器も、攻撃面でこそ効果を発揮するものだ。

 昨シーズン後半戦、インテルに加入した長友が周囲の評価を勝ち取ったのも、攻撃面で目覚ましい働きを見せたからだ。インテリスタは小柄な体格とは裏腹なオーバーラップの豪快さに興奮していた。ところが、今シーズンはその長所が鳴りを潜めている。

 結局のところ、自陣奥深くに最終ラインを設定し、そこに相手を誘い込む「受け身の守備戦術」が長友に向いていなかったのである。いや、厳しい表現になるが、そのチーム戦術を消化できなかったと言うべきか。

 長友の守備は、後方で構えるのではなく、豊富な運動量で敵を圧倒し、攻撃に転じる余裕を相手に与えないもの。そこに繰り返しオーバーラップを仕掛けることで“長友の形”が出来上がる。フィッカデンティもレオナルドも長友の長所を生かすことを考え、「自陣で守れ」という指示は出さなかった。もし指揮官が「守備優先でプレーしろ」と言っていたら、長友がこれだけ早くセリエAで飛躍することもなかったはずだ。

 昨シーズン後半にインテルを率いたレオナルドは、長友を攻撃的にプレーさせる分、中盤の選手(主にエステバン・カンビアッソ)に守備面でのサポートをさせた。あるいは、トップ下のウェスレイ・スネイデルにボールキープ中心のプレーをさせることで、オーバーラップした長友が背後を突かれるリスクを軽減し、バランスを取った。

 ラニエリも本当はそうしたかったのかもしれない。しかし、シーズン途中から指揮を執った彼に求められたのは「目先の勝利」であり、攻守のメカニズムを一から構築する余裕はなかった。更に、DF陣を中心に故障者が続出し、その上、1月には中盤のフィルター役だったチアーゴ・モッタが退団するなど、「引いて守る」という単純な守備戦術を採用する以外に選択肢がないという状況だった。

 長友は日本人らしい生真面目さと責任感で「攻撃参加を自重して守備的にプレーしろ」という指示を順守した。これがチームプレーを優先した行動であるのは確かだが、メディアは厳しいものだ。攻撃面での良さを出せず、守備でミスをする長友への反応は、次第に批判の色が濃くなっていった。

 客観的に見れば、サイドバックは自分一人で試合を決められるポジションではない。インテル不振の根本的な原因は、やはりセンターラインが安定しなかったことだろう。攻守双方における“ボールの預かり役”だったモッタの退団は大きな痛手で、経験の浅いアンドレア・ポーリやジョエル・チュクマ・オビではその代役にならない。結果、長友は本来ボランチがケアすべき部分のスペースまで意識しなければならず、攻撃参加どころではなくなった。また、スネイデルも今シーズンは故障を繰り返し、満足にプレーできない期間が長かった。

 スネイデルを使う側の選手と呼ぶなら、長友は“使われる側の選手”だ。特に攻撃時においては、そうした配給役のパスを合図にして、オーバーラップを発動させるのが彼の仕事。現在は、デヤン・スタンコヴィッチの奮起、スネイデルの復調で問題が解消されつつあるが、今シーズンこれまで、長友という素材をチームとして有効活用できた期間はほとんどなかった。

 私は今も長友の能力を高く評価している。それは、「長友を有効活用したわずかな時期」がインテルの好調時とピタリと重なるからだ。長友がマークした2つのゴールは、昨年12月のフィオレンティーナ戦、ジェノア戦での2試合連続得点で、今シーズン唯一の「インテルの好調時」である8連勝の最初の2ゲームである。長友は攻撃的にプレーすることが許されると、短期間のうちに結果を出し、低迷していたチームに勢いを与えた。これは相当に貴重な働きと見るべきだろう。

■苦戦続きでも変わらぬ総合力の高さへの信頼

 もっとも、「親日派」の意見だけではフェアではない。ナポリ戦で彼に4点を付けた『ガッゼッタ』のアンドレア・エレファンテ記者に、現在の長友の評価を聞いた。「ユウトのパフォーマンスは昨シーズン後半よりもやや落ちている印象だ」と彼は言う。「だが、選手としての評価は依然として高い。前線へと切り込む力はウディネーゼのパブロ・アルメロと並び、セリエAトップクラスだ。ただ、攻守のバランスという点でユウトより上の選手はたくさんいる」

 では、総合的な評価ではセリエAのどのあたりにいるのだろうか? 「守備のミスに批判が集まったのは、それが目立つものだったからだ。単発のミスで彼の本質的な評価が落ちるわけではない。彼本来の姿ではないことは我々にも分かっている。守備面でも決して“落第”ではないよ。運動量を生かしてベッタリ張り付くマークは相手にとって厄介なものだろうし、走りながらの競り合いになら空中戦でも負けない。シエナ戦でのPK奪取など見えない部分での貢献も多い。現状ではミランのイニャーツィオ・アバーテと同レベルか、あるいはユウトがやや上か。この年代のサイドバックとしてはトップレベルだよ。2人は同じ86年生まれで、ミランとインテルのサイドバックということもある。これからも比較対象にしながら成長を追い掛けていくつもりだ」

 首脳陣からの信頼も厚い。特にラニエリは、長友を「非常に賢く、ユーティリティー性の高い選手」と評価していた。途中、守備的に戦うのであればキヴを起用すべきだという声があった時も、ラニエリは長友をスタメンから外そうとしなかった。

 印象に残っているのは、3月13日、結果的にCL敗退が決まったマルセイユとのゲームだ。試合開始前、ほぼすべてのメディアが予想スタメンを「右サイドバックはマイコン、左サイドバックはハビエル・サネッティ」としていた。ところが、ラニエリはこの重要な一戦でも長友を先発フル出場させている。ラニエリは長友の長所を生かす采配こそしなかったが、彼に全幅の信頼を置き、期待を寄せていたのだ。

 長友のもう一つの魅力は、現在のアンドレア・ストラマッチョーニ監督も認める戦術的柔軟性だ。今シーズンの長友は、本職である左サイドバックを始め、右サイドバック、ガスペリーニ時代の3ー4ー3での両サイドMF、そしてラニエリ時代の4ー4ー2の左サイドMFと様々なポジションをこなしている。

 マルチロールの資質が最も発揮されたのは、昨年12月3日のウディネーゼ戦である。後半開始からの出場となったこの試合、長友はリカルド・アルバレスに代わりまずは左サイドMFの位置に入った。その後、システムが4ー4ー2から4ー3ー1ー2に切り替わると右サイドバックを務め、最後は下がったキヴに代わり左サイドバックに移った。サイドのポジションならどこでもこなす柔軟性は、チームの大先輩であり「インテル魂の継承者」のサネッティに通じる。

 ちなみに、サネッティとは夏のキャンプからルームメートになった。かつて長友は目標の選手にマイコンの名前を挙げていたが、一緒に過ごす時期が長くなった昨夏からは「選手としても人間としても、ハビエルのような存在になりたい」との言葉を口にしている。もしかすると今、長友は偉大なキャプテンから“インテル魂”を伝授されているところなのかもしれない。

■雑草魂を発揮して低迷脱出を図る

「魂」という言葉で思い出したが、監督がストラマッチョーニに代わってから2試合連続で出番がなかったことについて質問された長友は、「僕は雑草なんで。これからも“雑草魂”で頑張っていくだけです」と答えている。

 その雑草魂を垣間見た場面がある。まずは、3月13日のマルセイユ戦。長友の守る左サイドは、明らかに敵のターゲットになっていた。モルガン・アマルフィターノとセサル・アスピリクエタから交互に自分のサイドが攻め込まれる中、彼は必死のディフェンスで対応した。時にカードぎりぎりのファウルで敵を止めながら、である。その姿は決して美しいものではなく、メディアからは「ファウルが多すぎる」などと批判された。ただ、長友自身は相手の勢いに圧倒されながらも猛攻をしのぎ切った。チームは終了間際の不運な失点で敗退したが、あの日の「なりふり構わず」のパフォーマンスに、私は彼の成長を感じ取った。

 もう一つは、ストラマッチョーニ監督就任後初めての出場となった4月11日のシエナ戦。ボールを奪われながらも必死で食らい付き、最後は決勝点となるPKをもぎ取ったプレーだ。主審がPKを宣告した瞬間、長友はバックスタンドにいるインテリスタに向かってガッツポーズを見せた。あの勝利への強い執念こそが、彼の最大のストロングポイントなのだろう。

 最後に、日本のサッカーファンが気にしているであろう来シーズンの去就について。長友がインテルに残る可能性は非常に高い。もちろん、インテルのようなビッグクラブでは、地位が保証されることなどない。今シーズンの不振により、インテル首脳陣が大刷新の大ナタを振るう可能性も高い。DF陣ではマイコン、ルシオ、キヴ、アンドレア・ラノッキアに移籍の可能性が少なからずあるが、長友は昨夏に完全移籍を果たしたばかりで、契約を4年残している。まだ若く伸びしろがある上、ユーティリティー性が高いため、来シーズンにどんなシステムが採用されてもポジションはある。チームの体制が大幅に変わるとしても、長友を放出するとは思えない。

 肩のケガ、チームの不振、3人の指揮官の下でのプレー……。長友にとっては様々な試練に見舞われた1年となった。だが、背中に大きく「55」とプリントされたネラッズーロのユニフォームはますます似合ってきたように見える。第37節のミラノ・ダービーでインテルの勝利に貢献した長友を、現地紙『ガッゼッタ』は「疾風のごとく走り、ボールを前線で受けて果敢に仕掛け、ミランを混乱させていた。ピッチ上ではとても役に立つ存在。最高の状態、相手へのしつこさを取り戻し、敵を悩ませ続けた」と高く評価している。

 今シーズンの苦しみを良い経験に変えることができれば、彼はもっと高く飛躍するはず。雑草魂にインテル魂が合わさった時、長友はチームの「真の英雄」になるのだ。

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【浅野祐介@asasukeno】1976年生まれ。『STREET JACK』、『Men's JOKER』でファッション誌の編集を5年。その後、『WORLD SOCCER KING』の副編集長を経て、『SOCCER KING @SoccerKingJP』の編集長に就任。

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