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ブラインドサッカー日本代表 ロンドンへの道 第4回 「個の力」を生かすサッカーを

2011.11.07

第4回 「個の力」を生かすサッカーを

文・写真=岡田仁志
ブラインドサッカー
セットプレイの打ち合わせをする魚住と落合啓士

 第4回ブラインドサッカーアジア選手権(12月22日~25日・元気フィールド仙台)の試合日程が発表された。日本は、中国(22日)、韓国(23日)、イラン(24日)の順に対戦。総当たり戦の1位と2位が25日の決勝に進出するが、すでにロンドンパラリンピック出場権を得ている中国が2位以内に入れば、それを待たずに「最後のアジア代表国」が決まる。24日のイラン戦が「ロンドン行き決定戦」となる可能性も高い。

 組み合わせが決定する前は、最大のライバルと目されるイランと「最初にやりたい」という声も関係者のあいだで聞かれていた。相手が仙台の寒さをはじめとする環境に慣れる前に叩きたい、ということだ。ブラインドサッカーの選手は、音響やピッチ状態などに慣れるまでプレイが落ち着かない面がある。試合を重ねるほど、実力を発揮しやすいといえるだろう。

 しかし対戦順が決まってからある代表選手に感想を聞くと、「初戦が中国というのはいいですね」という答えが返ってきた。理由は、パラ出場権を争うイランと韓国の戦いぶりを対戦前にチェックできることがひとつ。もうひとつは、前回チャンピオンの中国相手に「自分たちの新しいやり方がどこまで通用するかを試せる」ことだ。たしかに、やり方を修正する時間的余裕の少ない短期決戦では、初日にそういった情報を収集できたほうが有利だろう。私自身、初戦はイランが望ましいと思っていたが、それを聞いて22日の中国戦が大いに楽しみになってきた。そこで手応えを得ることができれば、続く韓国戦とイラン戦に向けて弾みがつくに違いない。

 それでは、日本は今回、どんな「新しいやり方」で戦おうとしているのか。昨年の世界選手権を無得点で終え、続くアジアパラ競技大会では4位という成績に終わった以上、従来と同じことをしても勝つのは難しい。

「世界選手権とアジアパラでは、とにかく点が取れませんでした。以前から日本がやろうとしてきた攻撃の形はかなりできあがりましたが、その形を作ろうとするあまり、選手の意識がシステムのほうに寄っていた面はあると思います。でも、いくらゴールまでのお膳立てができても、最終的に点を取るには個の力が絶対に必要。そこを反省して、どうすれば個の力をもっと引き出せるかを考えてきました」

魚住稿
魚住稿(うおずみ・こう)1976年10月3日生まれ。選手からは「鬼コーチ」と恐れられる存在だ。

 そう語るのは、コーチ兼コーラーとして風祭監督の参謀役を務める魚住稿だ。大学生時代には陸上400メートルで48秒6という当時の東京都記録を出したという、本格派のアスリート。現在は都立高校の体育教員である。ブラインドサッカーの選手としても、長く国内のクラブチームでGKとしてプレイした。

 その魚住が、JBFA(日本ブラインドサッカー協会)の強化部の一員になったのは、代表チームが北京パラ予選を兼ねた2007年のアジア選手権で惨敗した翌年のこと。それ以来、過激とも思えるフィジカルトレーニングを選手たちに課し、それ以前とは見違えるほど逞しいチームを作り上げてきた。戦術面でもさまざまなアイデアを出し、監督の風祭も「いまの代表は稿が作ったチーム」と言うほど頼りにしている。その成果が出たのが、2年前のアジア選手権だ。最後まで走り抜く力を身につけた日本は、そこで準優勝を果たした。しかしその1年後のアジアパラでは4位。前年に0-0で引き分けたイランには、0-2で敗れている。

「イランは個の力が伸びていましたね。とくにドリブルの技術が向上して、ボールを長く持てるようになっていました。それに加えて体格差があるので、日本はなかなか自分たちのペースで戦えなかった。だから今回は、相手のドリブルをいかに早く潰すかが大事。対中国も同じですが、後ろに引いて守ると好きなようにドリブルで運ばれて、ボールを奪うのが難しい。相手がドリブルを始める前の早い段階でアタックしてボールを奪い、自分たちがゲームを支配する時間を増やしたいですね。そうすることで、選手たちの個々の力も引き出せると思います」

 そのために、代表合宿では「ボールへの寄せ」を早くする練習を徹底して行ってきた。ルーズボールを先に拾うのはもちろん、敵がボールを保持した場合も2~3人ですばやくプレスをかける。ブラインドサッカーでは、ボールに触ってからドリブルを開始するまでふつうのサッカーよりも少し時間がかかるので、その「隙」を突いて相手の自由を奪うわけだ。

「これまでは基本フォーメーションを作ることへの意識が強すぎたので、選手が自分のポジショニングばかり考えてしまう面がありました。もっと各自が積極的にボールに関与することで、その意識を修正したい。まずボールを奪ってから、自分のポジショニングを考える。プレスをかけると自分たちのフォーメーションは崩れるわけですが、その時点で『次』の展開を考えながら動いてほしいんです。そのためには、監督、GK、コーラーの指示を待つのではなく、選手たちが自分の判断で連携しなければいけません。たとえば2人で同じ方向からプレスをかけても、効果は半減してしまう。『自分はこっちから行くから、おまえは逆側から挟み込め』といったコミュニケーションを選手同士で取ることが大事です。指示されてやるよりも、そうやって動くほうが早いに決まってますから」

ブラインドサッカー
1世界選手権アルゼンチン戦。コーラーの魚住がシュートコースに移動して声を出しているのがわかる。 2昨年の世界選手権スペイン戦で、第2PKの際にゴールポストを叩く魚住。 3魚住がゴールポストを叩くのに使用するスキューバダイビング用品。

 ガイドからの指示に頼らず、選手が自分で判断する。これは「個の力」を引き出す上でも大いに意味のあることだろう。ふつうのサッカーにはない役割なので、ブラインドサッカーでは「コーラー」の存在が注目されることが多いが、実は強豪国ほどコーラーからの指示は少ない。「音源」に徹してゴールの位置だけを伝え、「いま何をすべきか」は選手の主体的な判断に任せたほうが、プレイのスピードは上がる。それに、その場の判断力も含めて「サッカー」の能力だ。一球ごとにベンチを振り返って指示を仰ぐ野球とは違う。これは私の個人的な考えだが、目の見えない選手たちがサッカーの「自由」を味わうためには、指示は少ないほうがいい。魚住も、それについてはこんなことを考えている。

「今の代表選手たちは、それぞれの局面で何をしたいのかを自分で考えることができます。だからコーラーとしては、彼らのプレイをこちらがコントロールするのではなく、選手の考えていることを生かすような声出しができればいいですね。彼らが何をしたいのかを読み取って、そのために必要な情報を提供するのが自分の役目だと思っています」

 アジア選手権の対戦相手については、「個人的にはイランより中国のほうが戦いやすいと思う」という。体格差がない相手のほうがやりやすいからだ。

「世界選手権でも、うちの選手はイングランドやアルゼンチンのような大柄な相手よりも、やや小柄なスペインを相手にしたときのほうが、自分のプレイができていました。もちろんイラン戦も勝ちに行きますが、初戦の中国にも勝機は十分あると思っています。積極的なプレスで相手のリズムを崩せば、向こうも簡単には修正できないでしょう。短期決戦ですから、先に『アレっ?』と思わせたほうが勝ちだと思います」

 最後に、余談をひとつ。コーラーといえば、PKの際にゴールポストを叩いて選手に幅を伝えるのも仕事のひとつだ。いかにもブラインドサッカーらしい印象的なシーンでもある。ここでちょっと舞台裏の情報を明かしておくと、そこで魚住が使うのはスキューバダイビングの道具だ。仲間に危険を知らせるときに背中のタンクをカンカンと叩く金属の棒である。長さや重さがちょうどよく、叩きやすいそうだ。2年前のアジア選手権では、中国チームのコーラーが「それは何だ?」と興味を示したとのこと。その1年後、中国広州で開催されたアジアパラに行ってみると、ゴール裏に「どうぞ使ってください」とでもいうように、その棒が用意されていた。いずれパラリンピックや世界選手権でも使用され、魚住のアイデアが「世界標準」になる日が来るかもしれない。■

■第4回ブラインドサッカーアジア選手権日程

12月22日(木) 12:00 日本vs中国  14:00 韓国vsイラン
12月23日(金) 12:00 イランvs中国 14:00 韓国vs日本
12月24日(土) 12:00 中国vs韓国  14:00 日本vsイラン
12月25日(日) 11:00 3位決定戦   14:00 決勝戦

◇ブラインドサッカー日本代表 ロンドンへの道
第1回 ホームでのアジア選手権開催を10周年の集大成に
第2回 5度目のパラリンピックを目指す48歳の挑戦
第3回 声の世界」のポジショニング

【岡田仁志(おかだ・ひとし)】1964年北海道生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。深川峻太郎の筆名でもエッセイやコラムを執筆し、著書に 『キャプテン翼勝利学』(集英社インターナショナル)がある。2006年からブラインドサッカーを取材し、2009年6月、『闇の中の翼たち ブラインド サッカー日 本代表の苦闘』(幻冬舎)を上梓。

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