2015.05.29

《スペシャル対談 後編》Jリーグの新しいあり方に向かって~戦略PRでJリーグの位置づけを変えるために~


取材=岩本義弘 写真=兼子愼一郎
Coverage by Yoshihiro IWAMOTO Photo by Shin-ichiro KANEKO

 1993年のスタートから今年で23シーズン目を迎えたJリーグ。世間を動かす一大ブームで始まった初のプロサッカーリーグは、日本サッカー界全体のレベルアップに大きく寄与してきたものの、その過程で開幕当初にリーグ全体が持っていたパワーやファン・サポーターとの関わり方がクラブごとへ分散。各クラブが新しい方向性やノウハウを手にする一方で一般的な注目度が低下し、メディアや時代の移り変わりに合わせてJリーグの新しいあり方、見せ方を模索しなければならない時期に差し掛かっている。

 では、なぜそういった状況になっているのか。Jリーグの内部では何を課題として考えているのか。そして今後に必要な取り組みや考え方は何なのだろうか。

 今シーズンから「戦略PR」で時代を動かしてきたブルーカレント・ジャパン株式会社の本田哲也代表取締役が新しくJリーグのマーケティング委員に就任。果たして本田氏はJリーグにいかなる気付きや方向性をもたらすのか。そしてJリーグは本田氏の経験と力を借りて、どこへ向かっていこうとしているのか。

 本田氏と中西大介Jリーグ常務理事対談の後編では、スポーツと相性の良いメディアをどのように活用し、ダイナミックな動きを作り上げていくかの可能性を探った。


ここからは具体的な動きについてお伺いしていきます。まず、本田さんの経験から「これはJリーグに応用できるかもしれない」と考えられていることはありますか?

本田 スポーツ、しかもJリーグという、商品ではなく一つのカテゴリーの中で、似たようなことを再現させるのは、なかなか難しいです。ただ、我々は一つの商品について「これ、すごいだろう? 買ってくれよ」というプロモーションをしてきたわけではなく、例えば今の若者の間にある「車離れ」や「お酒離れ」、「海外旅行離れ」といったライフスタイルや価値観の変化にどう対応していくかに取り組んできました。今のJリーグが置かれている状況は、ジャンルは違いながらも非常に近いものがあります。何か具体的なやり方を当てはめるのではなく、これまで経験してきた複数のエッセンスを応用させられるのではないかと思っています。

現状の「Jリーグ離れ」についてどう対応していくか、ということですね。

中西 そうなんです。Jリーグや各クラブの世間的な知名度は大企業並みに大きいですが、大企業のような広告宣伝費は持っていないという課題を抱えています。そこをPRで勝負しなければならないと考えたのが、本田さんにお知恵をお借りしたいと思ったきっかけでもあるんですよ。

本田 これまで私たちにご相談いただいたケースを見ていくと、「すでに認知度は100パーセント近くあるんですが、いろいろな壁があって苦しんでいます。何とかなりますか?」というものが中心で、広告やテレビCMを大々的に打っているものは少ないんですよね。

中西 我々も認知度は確保できているとは思っています。

本田 間違いなくJリーグの認知度は十分ですし、知らない人はほとんどいませんよね。「知っているけれど……」という状況からどう動かしていくかだと思います。

現在、お話しいただける範囲で具体的に計画していることはありますか? デジタルコンテンツやスマートフォンなど、それほど大きな資金を投入しなくても活用できるものはあると思いますが。

中西 アメリカのプロスポーツ界が成長していく過程を見ると、メディア環境が変わった際に人気が急上昇しているんですよ。これはスポーツ界がメディア環境の変化にうまく適応しているからで、新しい手法にいち早く適応してうまく活用する。スポーツそのものの知名度が抜群で、効果が一般企業よりも大きいからこそ可能なのだと考えています。Jリーグは今のところ遅れを取ってしまっていますが、以前からデジタルコミュニケーションやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)はスポーツと非常に相性がいいと思っていましたし、本田さんとの会話の中でも同調できる部分が多かったので、一緒に何か考えたいところですね。

サッカーの場合は特に世間的知名度が高いので、大きな効果が期待できそうですね。

中西 世界のサッカーに目を向けると、アメリカのMLS(メジャーリーグサッカー)やオーストラリアのAリーグなど、ヨーロッパ以外にも急成長を遂げている地域があります。その成長の要因を分析していくと、やはりメディアへの高い適応力が見えてくるんですよね。アメリカの場合はMLB(メジャーリーグベースボール)やNFL(ナショナルフットボールリーグ)といったプロスポーツが先進的なやり方を取り入れていて、サッカー界はその手法を参考にし、人材を引き抜いて適応に尽力している。それが成功の要因だと見ています。

今のJリーグで、メディアへの適応が効果を挙げている部分ありますか?

中西 2015シーズンは明治安田生命J1リーグ、J2リーグともに入場者数では順調なスタートを切っています。様々な仮説を立てられると思いますが、コミュニケーション分野について真剣に取り組もうとしているクラブが増え、その効果が徐々に出てきているのではないかと考えています。

最近では地元に密着して入場者数を伸ばしている松本山雅FCはもちろん、平均入場者数が1万人を超えているファジアーノ岡山の取り組みと成長ぶりが目立ちます。

中西 岡山に関してはチケッティングに際して顧客情報を取得し、行動を把握して、お客様とのコミュニケーションを数年間かけて丹念に取り組んできたことが、今の入場者数増につながっているのではないでしょうか。その因果関係を明らかにした上で成長するためのカギを共有しつつ、本田さんの経験やノウハウを掛け合わせると、各Jクラブにもう一つ上の効果を共有できるのではないかと期待しています。

成功している事例を分かりやすく言葉にすることも非常に大切だと思います。

本田 そうなんです。個別に見ていくと、クラブ単位で本当に素晴らしい取り組みをされている部分もあります。私の役割はそういった事例が再現性のあるものだと各クラブに明示し、ダイナミックな動きを作り出していくことだと思っています。そういった部分に関して、いい意味で外部から助言をしていきたいですね。

中西 本田さんに期待していることが二つあるんですよ。一つ目は、これまでそれほどサッカー界と深く関わっていらっしゃらないので、ほどよい距離を置いたまま客観的にサッカー界を見ていただきたいということ。もう一つは、これから一緒に全国各地のクラブを訪問してもらうことです。今の感覚を持ったまま各クラブを取材して、成功するための手法をアドバイスいただいたり、逆に各クラブから成功事例をインプットすることで本田さんの中で何かが生まれることも期待しています。

本田 今までの経験上、「増幅」という言葉がキーワードになると思っています。地方の極めて限られた場所で成功していたり、お客様の反応がものすごく良かったりした事例がある場合、それに目を付け、増幅してスケールアップさせるのが我々の任務になります。ローカルなものを全国規模にしたり、新しいムーブメントを生み出すことは今までやってきたので、現時点でもヒントは数多くあると思っています。

その中で、メディアに対してはどのような役割を期待していますか?

本田 二つあります。一つ目はSNS。これは先ほど中西さんがおっしゃっていたとおり、まだ活用し切れていないので、これから効果を高めていきたい。生活者が能動的に使用するSNSは、もっともっと活用できると思います。
もう一つはサッカー専門メディアや、最初からJリーグやサッカーに興味がある人のコミュニティーで機能しているメディア以外へのアプローチです。人々の生活に深く入り込んでいるいわゆるライフスタイルメディアというもので、サッカーと無関係なメディアに対して、サッカーを絡めたコンテンツを提供する役割を期待しています。試合結果だけではなく、選手やクラブの感動的なストーリーやサッカー観戦を楽しんでいる人のエピソードなど、何らかの工夫が必要になります。伝わりやすいアングルやストーリーの練り出しも大いに期待したいですね。

中西 マスメディアを通じて150万人の方々に一気にコンテンツを届けるやり方もありますが、インターネットの普及で150人程度のコミュニティーが1万グループあれば同じ人数になる。そこではより関係性が深く、具体的なアプローチをすることもできますよね。そういったコミュニケーション方法も大切になると考えています。これが僕なりの本田さんの話の解釈で、今はグループ内で情報共有すること自体がメディア化していて、そこにJリーグがどうやって入っていけるか。
インターネットが普及したからこそ、こういった部分にヒントがありそうな感じがします。

拡散力のあるSNSは、非常に重要なコンテンツになります。

中西 例えば、ニューヨーク近代美術館(MoMA)は今、全館にwi-fiを巡らせていて、展示してある絵画の前で写真を撮ってもOKなんですよ。「ゴッホの絵の前でピースサインをして、世界中に拡散してね」というわけです(笑)。それがプロモーションになると考えた。権利の問題はありますが、我々もどう拡散すれば広めてもらえるかというマインドは学ぶところが多いと思っています。

スポーツの場合は表向きは撮影禁止になりがちがですが、実際には撮っている人が多いますからね。

中西 時代が変わっていることに僕らも気付かなければならないですよね。スポーツ界も実社会に適応していく必要があるし、権利の考え方も時代に合わせて変化させていかなければならないでしょう。広めようと思った時に壁になるものを一つひとつ取り除いていくと、意外と実現しやすい事例もあるはず。もしかしたら新しいアイデアを考えるより、壁を取り除いていくほうが拡散してもらいやすくなるんじゃないかとも感じています。

本田さんは初めてマーケティング委員会に出席され、活発な議論を交わされてJリーグに関わっている方々にどういうイメージを持たれましたか?

本田 様々な立場の方がそれぞれ違う観点から話をされるので、一般企業よりも多様性があると感じました。加えてJリーグの場合は、入場者数や関心度など数字にできるパラメータがあります。その数字を分析することで、どこにどう仕掛けていくべきかと狙いを定めることがいい議論になりますね。

今回の委員会では特にどのような点を議論されたのでしょうか。

中西 8割方が課題設定の話題でしたね。

本田 委員会としては非常にいいことだと思いますよ。

中西 何をゴールに設定するかで打つべき手が変わるわけですよ。「ここがプロジェクトの命運を決める」というスタートを決める出所で大激論。一つ決めるだけでも大変でした(笑)。

本田 具体的な結果を出すためには施策を決めなければならないんですが、それは目的と理屈を決めるということですから。議論した後に収斂させなければならない。これは我々にとってもチャレンジですね。

中西 実際にこれから広報や事業を通じてコミュニケーションを取っていく中で、ぜひ本田さんに具体的なアプローチ方法やアドバイスをいただきたいです。

PRのスペシャリストである本田さんが見るJリーグの理想の未来像とはどういうものなのでしょうか。

本田 PRの分かりやすい成果は、日々の生活で話題になっているかどうかなんですよ。私自身もたまにプライベートでお酒を飲んだり、家族と話をしたりしますが、そこで日本代表の話は出てもJリーグが話題に上ることは残念ながらほとんどない。認知度はほぼ100パーセントでも、「そういえばあったよね……」という状態です。その一方で、地域によっては盛り上がっていて、興味を持たれている場所がある。PRと聞くと記事や番組で取り上げられるイメージがあると思います。それも大切ですが、本質的には皆さんの日々の生活や他愛のない会話の中に、様々な形でJリーグの話題が出てくる状態を作ることが私にとっての理想です。「この3年間でJリーグの話題が増えた」、「昨日も居酒屋の隣の席からJリーグの話題が聞こえてきた」と自然な形で実感できるようになれば、PRが成功したことになると思います。

中西 Jリーグは非常にストーリー性の高いコンテンツなので、生活の中に入って行きやすいはずなんですよ。52クラブあれば52通りの物語がありますし、選手個人にもJリーグ自体にもストーリーがあります。確かにヨーロッパのトップクラブはエンターテインメントとしても優秀で、我々が見ていても飽きないくらい素晴らしいものです。しかし、Jリーグにも優れた点がたくさんあります。世界各国のリーグを見てきましたが、Jリーグの相対的なポジションは決して低くない。あまり関心を持たれていない現状をひっくり返し、それぞれが自分なりのストーリーを作って、我が国のリーグに誇りを持ってもらえるようになりたい。そういう思いがずっとあったので、それを本田さんの力をお借りして実現させたいですね。

本田さんのような方に興味を持っていただき、Jリーグを変えたいと思ってもらえていることに我々も期待しています。

本田 人間は少し知り始めると、さらに興味が湧くものです。Jリーグが発信する情報量は変わっていないはずなのに、私自身としても一年前よりJリーグのことをよく知るようになりました。これは自分にとってJリーグがより身近な存在になり、関与の度合いが上がって情報を気にするようになったからです。私のように知り始めて興味を持つようになるという連鎖を、これから数百万人、数千万人単位で起こしていきたいですね。

中西大介(なかにし・だいすけ)
1965年8月14日生まれ。神戸商船大学卒業後、一般企業を経て1997年にJリーグへ。以降、企画部や事業部マネージャーなどを歴任し、2010年に事業戦略室長に就任。翌2011年には競技・事業統括本部長となり、2014年からは公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)常務理事を務める。Jリーグではマーケティング委員会などの各種委員にも名を連ねており、Jリーグの根幹と実務を支える存在の一人と言える。

本田哲也(ほんだ・てつや)
1970年8月7日生まれ。ブルーカレント・ジャパン株式会社代表取締役。米フライシュマン・ヒラード上級副社長兼シニアパートナー。戦略PRプランナー。1999年に世界最大規模のPR会社フライシュマンヒラード日本法人に入社。2006年にスピンオフの形でブルーカレント・ジャパンを設立して代表に就任。クライアントは国内外で多岐にわたり、大手メーカーなどを中心に多くの戦略PR実績を誇る。『広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。』など著作多数。「空気」を作って消費者を動かし、爆発的な売り上げを狙う「戦略PR」の第一人者として活躍中。今シーズンからJリーグのマーケティング委員に就任。