[ワールドサッカーキング2月号掲載]
アンヘル・ディ・マリア
(マンチェスター・U/アルゼンチン代表)
レアル・マドリードでの成功とワールドカップでの失意、そして新天地への移籍―。2014年はアンヘル・ディ・マリアにとって激動の1年だった。だが、本人は「すべて過ぎ去ったこと」と過去を一蹴。そのプレースタイルと同様、前へ、前へと突き進む。

インタビュー=セルヒオ・レビンスキー
翻訳=工藤 拓
写真=ゲッティ イメージズ
移籍金の額が自身の評価の証明
――君にとって2014年は激動の1年だったね。
ディ・マリア それは間違いないね。レアル・マドリードでコパ・デル・レイとチャンピオンズリーグ(CL)のタイトルを勝ち取り、ワールドカップ(W杯)では決勝戦まで進んだ。その後、マンチェスター・ユナイテッドに移籍し、アルゼンチン代表はタタ・マルティーノの下で新たなサイクルをスタートさせた。本当に多くの出来事を経験した、極めて強烈な1年だったよ。
――“ラ・デシマ”(10度目のCL制覇)の達成はキャリア最高の成功だったと言えるのでは?
ディ・マリア そうかもしれないけど、正直分からないな。アルゼンチン代表でもU-20W杯や北京オリンピックといった重要なタイトルを勝ち取ってきたからね。でもデシマは特別だ。悲願のタイトルだったし、もう負けたかと思われた時に同点ゴールが生まれた。特別で、唯一無二の感情を伴う優勝になったよ。生涯忘れることのない瞬間の一つなのは間違いない。
――昨シーズンのCL制覇の要因は何だったと思う?
ディ・マリア チームのタレント、勝利への野心、そしてロッカールームの団結。それらすべてが優勝の原動力だった。昨シーズンのレアルは素晴らしいグループだったし、強靭な精神力を持った真のクラックたちで構成されていた。
――君はCL決勝でマン・オブ・ザ・マッチに選ばれたけど、自身の昨シーズンのパフォーマンスをどう評価している?
ディ・マリア ユナイテッドが自分の獲得のためにあれだけのお金を支払ったことが偶然だとは思わない。あれは自分のパフォーマンスが評価に値するものだったという証明だと思っている。全力を出し尽くすことができたし、自分としては満足している。
――昨シーズンは控えの立場から不可欠な戦力へと変貌した。
ディ・マリア そのために多大な努力をしたからね。すべてを出し尽くせた自分に満足しているよ。
――なぜ君はあれほど走ることができるのだろう? そのエネルギーはどこから出てくるんだい?
ディ・マリア 分からない。僕はずっとそうだったからね。走り過ぎて疲れることもある(笑)。ありがたいのは、いつも僕の走りを生かしてくれるパサーに恵まれてきたことだ。そうでなければいくら走っても無駄になってしまうからね。エネルギーがどこから出てくるのかは分からない。恐らくは、勝ちたい、良いプレーがしたいと望む気持ちからなんじゃないかな。君の奥さんはそのエネルギー源の一つが娘にあると明かしていた。
――君たち夫婦が幼い娘とともに戦ったエピソードには世界中のファンが心を揺さぶられたと思う。
ディ・マリア うん……僕らにとってあの数カ月は大いなる戦いであったと同時に、多くのものを学んだ時期でもあった。彼女が生き延びるためにあらゆる手を尽くした。早産だったためにいろいろな障害があったけど、幸運にも前に進むことができたんだ。あのような状況を経験する中で、人として成長することができたと思う。自分の子供以上に大切なものなどこの世に存在しない。僕らの意識はあの子だけに集中していたよ。
レアルからのレター?この手で破り捨てた
――昨夏のユナイテッド移籍は多くの人にとってサプライズだった。
ディ・マリア そうだろうね。僕はマドリードでの生活に満足していた。だけど、一部の人間はそう思っていなかったんだ。クラブから望んでいたような扱いや愛情を受けることができなかった。フロントから愛情を感じることができなかったんだ。金銭面の相違ばかりが取り上げられているけど、問題はそれだけじゃない。何度も嫌な思いをさせられた挙げ句、出て行かざるを得なくなってしまったんだ。
――チームメートは君を引き止めようとしてくれた?
ディ・マリア 彼らが示してくれた愛情は決して忘れない。でも、あの状況を変えることは不可能だった。たくさん嫌な思いをさせられてきたからね。
――それは例えば、W杯決勝の前にクラブがアルゼンチン代表に送った有名なレターのこと? (編集部注:クラブはケガを押して決勝に出場しようとしたディ・マリアに対し、治療に専念するよう指示するレターを送った)
ディ・マリア あれは人生において最も悲しい瞬間の一つだった。この手で破り捨てたよ。クラブは自分がドイツとの決勝に出場することを望んでいなかった。ケガの治療を優先すべきだとね。でも、選手にとってW杯決勝以上に重要なものなんてないんだ。その後、(アレハンドロ)サベージャ監督は自分を起用しないことを決めた。でもそれは、あの状態では他の選手ほどチームに貢献できないと判断してのことだ。監督の判断は尊重している。でもクラブからのレターには心底傷ついたよ。
――アルゼンチンは不運だった。「もし君が決勝でプレーしていたら優勝できていた」と多くの人が考えている。セルヒオ・アグエロが100パーセントの状態でプレーできなかったこともそうだ。
ディ・マリア そうだね。そういった仮定の話は何度も見聞きしたし、自分にとってはありがたいことだ。でも、もう何も変えることはできない。終わったことさ。僕らはW杯で優勝するチャンスを逃した。ケガ人が出るのは、どのチームにも起こり得ることさ。ただ、決勝を外から見ることしかできない苦しみは計り知れないものだった。それだけははっきり言える。本当につらかったけど、今後も人生は続いていく。だから新たな目標を探さなければならない。
――その後、アルゼンチン代表はマルティーノとともに新たなサイクルをスタートさせた。
ディ・マリア マルティーノにはみんなが期待している。僕らの次の目標は2015年のコパ・アメリカだ。アルゼンチンは1993年大会を最後に、国際タイトルから遠ざかっている。あれからもう22年も経っているんだ。長過ぎる年月だよ。僕らは何かを勝ち取りたい。それは仲間同士でいつも話し合っていることなんだ。
――マルティーノはどんな監督? バルセロナの監督だった頃に抱いていた印象と違うところはある?
ディ・マリア 気さくで物静か、選手との接し方をよく知っている人だ。とはいえ、バルセロナの選手たちだけでなく、ニューウェルスでプレーしているマキシ・ロドリゲスからも話を聞いていたから、以前からそういう人だっていうことは知っていたよ。
――9月の親善試合で実現したドイツとの再戦は奇妙な気持ちで迎えたのでは?
ディ・マリア ドイツと試合をするって聞いた時は変な気分だった。(リオネル)メッシ抜きで臨んだこともあったけど、W杯とは全く違った雰囲気だったね。あの試合はマルティーノの初陣でもあったわけだから違和感はあったよ。特に0-4とリードを広げた時はね。相手はW杯王者として迎えた初めての試合だったというのに、あれだけ大差がついてしまうなんて不思議だよね。結局、試合は2-4で終わった。収穫ある勝利だったとは思うけど、親善試合以上の意味がないことも分かっていた。
新たな所属クラブ、マンチェスター・Uについての印象など、ディ・マリアのインタビューの続きは、ワールドサッカーキング2月号でチェック!
