2014.09.13

「奈良劇場総支配人」奈良クラブ岡山一成のJリーグへの道:第十七回

 久しぶりの更新でごめんなさい。
 地域リーグ、全社(全国社会人サッカー選手権)、国体、天皇杯といろんな大会が目白押しでバタバタしていました。まずは奈良クラブがそれぞれどの位置にいてるかを説明します。

 まずは全国社会人サッカー選手権。

 Jリーグのサポーターには知らない人もいるやろうし、俺も奈良クラブに来るまでは知らなかった。これは文字どおり社会人の日本一を決める大会で、ここで3位以上になれば地域リーグ決勝大会(地決)の出場権がもらえる。地決は全国を9つの地域に分けて、それぞれの地域の優勝チームと、全社の上位3チームの計12チームでJFL昇格を懸けて戦うんやけど、この地決の話はまた時期を見て書くな。
 奈良クラブは9月末に和歌山で行われる全社本大会の出場権を得た。2008年以来の本戦。優勝目指していくで。

 国体は奈良県を代表して、関西からの代表を獲得するために奈良クラブ単独で戦った。何十年と国体の本戦に出場できていないのは、京都府と大阪府の牙城を崩せないから。関西は2府4県の6チームがあり、1チームが本戦に進出できるが、京都府と大阪府はシードされるから、奈良県のチームは3連勝しなければならない。真夏の8月に3連戦は酷過ぎる。結局、滋賀と大阪には勝ったけど、決勝で京都に負けて本戦には出場できなかった。

 少しだけ、本音を書いておきたい。
 8月の15、16、17日と3連戦ではなく、せめて決勝は1日空けてほしかった。社会人だから日程を詰めるのは分かるけど、シードされていない分、納得できない部分を感じた。その上、天皇杯のジュビロ戦が20日にあったから、どれだけ過酷な日程やったのか分かってほしい。ジュビロ戦にも万全なコンディションで挑みたかった。

 奈良県サッカー協会には大変お世話になっている。優先的に奈良県フットボールセンターで練習できるようにいろんな面で配慮してくれているし、JFLに昇格した際にも全面的に支援してくれる確約をいただいている。
 だからこそ、奈良クラブとしてだけではなく奈良県を代表して国体に出場したかったから、チームで連戦を戦った。3日後のジュビロ戦で前半に4失点を喫したのは、気持ちとは裏腹に疲労で体がついていかなかった。

「自分たちの非力さを痛感しました」
 誰一人、日程について言い訳をしなかったから、代わりに俺が言わせてもらう。
しんどかったやろう、悔しかったやろう、きつかったやろう。ただでさえ実力差がある相手やのに……。

「俺達は地域リーガー」

 環境、待遇、現状。いろんな状況下でグチを言いたくなると、みんなはこの言葉を口ずさむ。悔しかったらプロになってみろと、自分で自分を叱咤する。プロになれないのは自分の努力が足りないと。

 俺はプロを18年やってきたけど、こんなに努力をしている連中はめったに見なかった。朝8時から練習に取り組み、午後は遅くまで働いている。土日はサッカーで、チームがオフになる月曜日も仕事を朝からしているから休みはない。それでも、いつか自分の脚に値段がつくことを夢見て踏ん張っている。

 最後のホイッスルが鳴るまで、1点を取るために、重たい身体を振り絞って、走っている姿に心を打たれた人たちは少なくない。
 俺も本当は試合に出たかった。だけど、ケガを抱えてしまっていた。1点勝負ならリスクを背負っていっていたけど、監督とトレーナーの判断で、関西1部リーグのFC大阪との大一番に備えて、出場を見合わせた。大事なところで迷惑を掛けてごめんなさい。

FC大阪戦で前半に4得点したのも、何か意味があるんやろうな。関西1部の残り試合で2連勝して優勝を決め、関西代表として地域決勝にみんなで行こう。

 俺たちは地域リーガー。本当の闘いはこれからや。

岡山一成(おかやま・かずなり)
1978年4月24日生まれ。大阪府出身。
初芝橋本高卒業後、テスト生として横浜Mへ。打点の高いヘディングとガッツ溢れるプレーが評価されてプロ契約を勝ち取ると、デビュー戦から3試合連続ゴールを記録して一気に頭角を現した。大宮、横浜FM、C大阪、川崎F、福岡、柏、仙台と渡り歩く中、川崎F時代に始めた試合後の“岡山劇場”でサポーターの心をつかむ。柏時代には日立台のゴール裏でサポーターともに応援したこともある。09年に移籍した韓国・Kリーグの浦項ではACLを制し、FIFAクラブW杯で3位に入った。11年から昨シーズンまで札幌に在籍し、今夏からアマチュア選手として奈良クラブへ加入。J1通算64試合6得点、J2通算214試合20得点。