2014.08.02

クライフのサッカー哲学を原点に持つ、2人のジャーナリストの名著を紀伊國屋書店の社員が紹介

『サッカーフリークの書店員によるブックレビュー』は「日本のサッカー文化の普及啓蒙」を推進するための企画であり、サッカー文化の成熟を促す書籍を扱っていきます。

「書店員一押し! 夏休みに読みたいサッカー書籍」をテーマにした今回、紀伊國屋書店の本社に勤務する三竹大吉さんが、夏の夜長に読みふけりたい5冊を紹介してくれました。

 夏の夜長に、日本とヨーロッパを代表する名コラムニストの本をじっくり読んでみるのはいかがだろう。ともに名の知れた論客だが、一緒に読み比べてみると、どちらも深い洞察力はもちろんだが、フットボールに対して何を追い求めてきたかという一貫性(Consistency)が感じ取れて、お互い嗜好の先にあるサッカーの醍醐味を改めて教えてくれる好著なのであります。

 まずは日本から、武智幸徳氏の一冊。

オススメ サッカー依存症

著者:武智幸徳
出版社:日本経済新聞出版社
価格:本体1,500円+税

 この本を読んで面白いと思ったら、次もお薦めだ。

オススメ ピッチのそら耳

著者:武智幸徳
出版社:ベースボールマガジン社
価格:本体1,500円+税

 武智氏は、日本経済新聞社運動部の編集委員で、業界では有名なサッカーコラムニスト。彼の記事を楽しみに日経を読む読者も多いと思う。「お堅い経済紙にスポーツ記者?」と少し奇異に感じる方もいるかもしれないが、彼が紙面に載せるコラムはいつもさりげなく本質を突いており、なおかつ文章そのものが上質。巧みに繰り出す比喩と相まってその表現力は秀逸であり他のサッカー記事とは完全に一線を画していると言えよう。

 例えば、ワールドカップ日本初戦のコートジボワール戦翌日の新聞。各紙がありきたりの敗戦結果を報じる中で、日経新聞のみ、「不調の香川を最後まで引っ張って使ったこと、香川が中へ切れ込んだあとの左サイドを徹底的に突かれたことが日本の敗因であった」と鋭く喝破している。

 また、ドイツとの準決勝を前に、「ブラジルが勝つためには、最後まで一対一の泥臭いサッカーに徹する以外に道はない」と断言し、実際翌日の試合はそのとおりとなった。

 話が少し逸れてしまったが、今回紹介した2冊は、どちらも各章が比較的短く、どこから読んでも味のあるサッカー談義が楽しめる構成となっている。

 本書の中で、武智氏は、「82年ワールドカップのイタリア対ブラジルほど痺れた試合はない」と語っている。「その後の私のワールドカップ遍歴は、この試合を超えるモノを味わいたくて始まった」とも続けた。

 我々サッカー好きは、次にいつ出会えるかわからない名勝負を追い求めて彷徨し、ときどき試合の合間にご贔屓のコラムニストに導かれてサッカー談義という深い井戸の底へと耽溺していく。それを人は“Addicted”(サッカー依存症)と呼ぶのかもしれない。

 2人目は、欧州を代表する、ヘスス・スアレス氏をご紹介する。

オススメ 英雄への挑戦状

著者:ヘスス・スアレス
出版社:東邦出版
価格:本体1,500円+税

 この本が面白いと思った方は、監督論を扱った次の本もお薦め。

オススメ 欧州サッカー 名将への挑戦状

出版社:東邦出版
価格:本体1,429円+税

 ヘスス・スアレス氏はスペインを拠点に活躍するジャーナリスト。生まれはウルグアイ。『ワールドサッカーダイジェスト』などでコラムを担当しているのでご存知の方も多いだろう。彼の特徴は、常にその発言が一貫しており、その歯に衣着せぬ論調が時として物議をかもすこともあるようだが、彼自身のフットボール論に一切の迷いはない。ブレが無い分、読んでいて痛快であることこの上ない。

一言でいうなら、彼の論評は高い技術に裏打ちされたスペクタクルなサッカーを好み、守備的で何も創造しないフィジカル重視のサッカーを容赦なく痛罵する。好き嫌いがはっきりしているのだ。例えば、溺愛するイニエスタは手放しで褒めちぎる一方、カペッロ監督を何も生み出さない「無能な指揮官」と辛辣に罵倒する。

08-09シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ準決勝において、守備的に戦ったチェルシーはフットボールに対する冒涜であり、刑の執行人となったイニエスタは世界最高のフットボーラーだ。

私はカペッロについて話もしたくない。なぜなら語る価値が無いからだ。純粋なフットボール・ファンにとって、カペッロの指向するプレースタイルは、犬も食わない程度の代物である。

スアレスの意見に賛同するかどうかは別として、彼のスペクタクルに対する礼賛に迷いはない。

フットボールは創造力を楽しむ芸術で、それをピッチで体現する選手のみが尊ばれるべきである。

 これは本書の一節だが、彼のこの言葉を聞いて誰かを思い出さないだろうか?

 そう、ヨハン・クライフである。

「美しく負けることを恐れてはならない。無用に勝つことを恥と思え」

 先に紹介した武智幸徳氏とスアレス氏の2人には共通点があるように私は思う。2人の原点にはクライフのサッカー哲学があると思うのだ。ゆえに2人ともグアルディオラによるバルサのサッカーを支持している。さらに言えば、2人ともファンタジスタに心底憧憬の念を抱いている。

 著書の中に出てくる選手の好みが自然と似てくるのにも合点がいく。バッジョ、ジーコ、レドンド、ルイ・コスタ。皆、ワールドカップでは真の勝者ではなかったかもしれないが、正真正銘のファンタジスタたちである。東西異なる国のジャーナリストがそうした妖精のプレーをリスペクトする。82年ワールドカップのブラジル代表が、いまだに世界中のサッカー・エンスージアストから称賛される所以がそこにある。そのことを、2人の世界的ジャーナリストがお互いの著作の中で熱く語っているのである。

 最後に紹介するのは、現在気鋭のサッカージャーナリストの一冊。こちらもスアレス&武智の両名が太鼓判を押すペップ・グアルディオラのサッカー物語だ。

オススメ 知られざるペップ・グアルディオラ

著者:グイレム・バラゲ
監訳:田邊雅之
出版社:朝日新聞出版
価格:1,800円+税

 本書は先に紹介した4冊とは全く異なるアプローチの本と言える。一言でいえばノンフィクション。一つひとつの事象を関係者の証言で丹念に拾い上げていく。500ページを超える労作だが、各エピソードの信ぴょう性が極めて高く読んでいて全く飽きない。

 前半ではペップが築き上げた現代最高のフットボールであるバルセロナの栄光の瞬間を、伝説の始まりから、ファーガソンやモウリーニョとの対決、そしてバイエルンへの電撃的な移籍まで、グアルディオラの哲学が存分に語られている。

 そしてクライマックスでは、「バルサ退団はメッシが要因の一つだった」というショッキングな惹句の真意が克明に解き明かされていく。最後に論じられるのは「怪物は怪物であるがゆえにこそ、やがては誰も制御できなくなっていく」という見解だ。

 本書の核心部分に言及するのはここまでが良さそうだ。あとは読者のお楽しみに委ねよう。

 そしてブラジル・ワールドカップが終わった今、私はぼんやり思うのである。果たして現代サッカーの覇権は、スペインからドイツへ移ったと言えるのだろうか? 世界が注目するクラブチームのトレンドは、すでにバルセロナからバイエルンへ引き継がれてしまったのだろうか? これからもファンタジスタは現れるのだろうか?

 その問いに対する答えを探しに、東京で開かれたサッカーセミナーへ行ってきた。そして講演会の最後のところで武智氏が今回のワールドカップの印象を噛みしめるように語ってくれたのである。

「ブラジルは今回残念ながら優勝できませんでした。現時点でドイツサッカーが世界ナンバーワンであることは疑いの余地がないでしょう。しかし、世界のサッカーファンがブラジルを好きな理由は、これまでがそうであったように、これからも欧州とは異なる種類のモンスターな選手を生み出してくれるだろう、ということ。それが我々サッカーを愛する者の望みでもあるのです」

三竹大吉(みたけ・だいきち)
(株)紀伊國屋書店 本社ホールセール部勤務
ジョホールバルの歓喜、フランス・ワールドカップ、シドニー・オリンピック、ドイツ・ワールドカップをそれぞれ現地で観戦。その後は、欧州クラブ・チームを中心に週末録画した試合の中から名勝負に出会えるのを楽しみにしている中年サッカーファン。週1回フットサルで汗を流すのが目標。書籍をお探しの際は、紀伊國屋書店ウェブストアより全国店舗の在庫がご覧いただけます。詳しくは、http://www.kinokuniya.co.jp/よりご確認ください。