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2013.10.10

[インタビュー]カカー「僕の心の中にミラニスタが常にいた」

ワールドサッカーキング 2013年10月25日増刊『CALCIO+』(カルチョピュー) 掲載
レアル・マドリーでの不毛な日々に別れを告げることを決断した時、カカーがイメージできる行き先はミラン以外にあり得なかった。自分自身もミランも、かつての強さと相手を恐れさせる威厳を失ったが、彼はここで、再びすべてを取り戻すつもりだ。

 かつての英雄の帰還と同時に、この2年間のミランを覆っていた憂鬱で気だるい空気はどこかへ消えた。

 カカーのミラン復帰が発表となった時、ミラニスタはただちにスタジアムの席を押さえた。それからの1週間で、チャンピオンズリーグのグループステージのホーム3試合を観戦できる通しチケットは実に5万枚を売り上げた。これはバルセロナ戦だけでなく、アヤックス戦とセルティック戦でもサン・シーロが満員になることを意味する。世界で最も獲得タイトル数の多いクラブに相応しい環境でプレーできるということだ。

 カカーの復帰は、世間の注目を再びミランに集めるという効果をもたらした。レアル・マドリーでの4年間はあらゆる意味で不幸なものだったが、時の経過がミランとカカーの関係を壊すことはなかった。ミランの一員としてすべてのタイトルを手にし、2007年にバロン・ドールを受賞したカカーは、今でもミラニスタに最も愛され、チーム内で最も尊敬される男なのだ。

 カカーはミラノに舞い戻り、その魔力でミラニスタを酔わせた。もっとも、心地良い酔いは長くは続かなかった。ミランに戻って初めての公式戦で、悪い冗談とも呼ぶべき事態が起きたのである。内転筋を痛めて約1カ月間の戦線離脱。シーズン開幕から間もなくケガが多発したミランにおいて、彼も故障者リストに名を連ねてしまった。

 カカー負傷から4日後、ミランはチャンピオンズ初戦を迎えた。皮肉なことに、サン・シーロに詰めかけた5万5000人の大観衆は、カカー抜きのミランを眺めることになった。

 だが、復帰は近い。サン・シーロにバルセロナを迎える10月22日、そこでカカーの雄姿を見ることをミラニスタは願っている。

僕の心の中にミラニスタが常にいた

――聞きたいことがたくさんあるんだけど、どの話題から始めようか?

カカー 最初にケガのことを話さなければならないだろうね。ケガをするなんて全く頭になかった。しばらくケガとは無縁でやっていたからね。昨シーズン、僕はほとんど出場機会がなかったけど、コンディションはずっと良かった。だから、どうしてこうなったのか僕にも理解できない。

――サッカーにケガは付き物だけど、今回のケガで君の獲得に対する懐疑派の勢いは増した。レアル・マドリーで戦力外になった選手が、ロッソネーロにとって本当に必要なのか。そんな皮肉めいた意見があるのも確かだ。君としては反論しなければならないのでは?

カカー 一つずつ話していこう。今の僕は、かつてミランでプレーした20代半ばの僕じゃない。ミランのエースとして怖いものなしのプレーをして、バロン・ドールを受賞していた頃とは違う。それは自分でも分かっている。じゃあ、今の僕に何ができるのか。言葉で語るんじゃなく、実際のプレーで示さなければならない。

――年齢的な衰えはないのだろうか。

カカー 僕はまだ31歳だ。若くはないけど、少なくとも4年は現役を続けられる。テクニック的にこれから向上することだって可能だと思う。当然、来年のワールドカップにも出場したい。それが自国開催だからというわけじゃない。W杯で再び世界の頂点に立ちたいんだ。マドリーにいた時には、そんなことを望める立場じゃなかった。コンスタントに試合に出ることができなかったからね。だから、僕はミラン復帰という選択をしたんだ。

――ミランに戻る代償として、君は大幅な収入ダウンを受け入れた。

カカー  そうだね。年俸はすごく減った。ただね、僕はミランのおかげで大きな財産を得た。僕としては、ミランにはまだまだ借りがあると思っている、長くミランを離れていたけど、その間も関係は保ってきた。フロントともミラニスタとも、常に連絡は絶やさなかった。幸いにして、僕はミラニスタの心の中で生き続けていたと思う。同じように、僕の心の中にもミラニスタが常にいた。

――ミラニスタが君のことを忘れないのは当然だ。数多くのカンピオーネと同様、ミランの歴史を築いた一人なんだからね。

カカー  逆もまた然りだよ。ミランで過ごした6年間は僕にとって一生忘れられないような素晴らしい思い出となった。僕はミランに育ててもらったようなものさ。

――君がサンパウロからミランに加入したのは21歳の時だった。

カカー W杯優勝を成し遂げたブラジル代表の一員ではあったけど、プロとしての実績はまだ乏しかった僕に、大きな期待を寄せつつ、じっくり育てる姿勢を示してくれた。プレッシャーがなかったわけじゃないけど、僕は幸運にもクラブとファンの期待に応えることができた。ミランの一員としてあらゆるタイトルを手にして、個人としてはバロン・ドールも受賞した。その過程で経済的にも豊かにしてもらった。人間としても大きく成長させてもらったと思っているよ。ミランでの6年間は本当に素晴らしいものだった。

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