2013.07.05

デュッセルドルフの日本デスク・瀬田氏が語るブンデスリーガの“裏側”

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フォルトゥナ・デュッセルドルフの日本デスク、瀬田元吾氏が『ワールドサッカーキング』の公開インタビューに応じてくれた。ドイツで働く“もう一人の海外組”が語る、ブンデスリーガ繁栄の理由や現地で見た“日本人ブランドの真実”とは?

インタビュー=浅野祐介 Interview by Yusuke ASANO
写真=樋口 涼、ゲッティ イメージズ Photo by Ryo HIGUCHI, Getty Images

「西ドイツでサッカーやりたいな」と子供心に思った

——まずはドイツで働くようになった経緯を教えてください。

瀬田(以下S) 小さい頃からドイツのサッカーに憧れていたんです。最初はJリーガーになりたいと思っていましたが、大学卒業のタイミングでプロになれず、24歳の時に将来を悩み抜いた末、ドイツへ行く決断をしました。

——ドイツという国への興味や憧れはありましたか?

瀬田 今でこそスペインやイングランドが人気になっていますが、僕がサッカーを始めた1980年代は西ドイツとブラジルが強かったんです。中でも西ドイツは格好良かった。その頃、『キャプテン翼』に西ドイツが出ていて、(カール・ハインツ)シュナイダーに心をつかまれました(笑)。「西ドイツでサッカーやりたいな」と、子供心に思ったんです。

——フォルトゥナでの主な仕事内容を教えてください。

瀬田 1月に大前元紀選手を獲得してから、フロントの業務と通訳を兼任しています。練習の時間はピッチに顔を出し、空いている時間にオフィスへ行くという感じですね。基本的には自分で仕事や課題を作り、必要な時にクラブの事務局長たちと話をすればいいので、「オフィスに毎日来い」と言われることはありません。「週に何回、何時から何時まで働いて」というよりも、与えられた課題、自分で作り出した仕事をしっかりやるといった感覚ですね。

——海外ならではといった感じですね。素朴な疑問なんですが、残業などの勤務時間について、ドイツの環境はどのように感じますか?

瀬田 僕が行っているオフィスは10時に始業して、17時半に終わります。木曜日だけ19時までです。ドイツ人は時間どおりピタッと仕事をやめて帰るので、僕がパソコンをいじっていると「残ってやっていくの?」とか「鍵は持っているの?」と言われてしまって(笑)。そう言われて慌てて帰るんです。今はフォルトゥナ通信や日本語HPの更新があるので、深夜に家で仕事をすることもありますが、自分の中では残業と考えていません。繰り返しになってしまうのですが、「与えられた課題をクリアする」だとか「自分で作った仕事をやる」という感覚なので。


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「できないだろ?」と言われているようで少し意地になりました

——今話に出たフォルトゥナ通信について教えていただけますか? どのくらいの人が制作に携わっていて、瀬田さんはどういった役割を担っているんですか?

瀬田 作り始めたのは2009―10シーズンからです。3カ月に一度、1シーズンに4冊ずつ発行して、最新号で16冊目になります。僕はフロント入りした1年目から作りたかったんですが、ドイツ人のフロントスタッフ、特に広報部長が「日本語で書かれている内容が分からないからチェックできない」という理由でなかなか首をタテに振ってくれなくて……。信頼を得るのに1年掛かりました。クラブオフィシャルの写真やロゴを使用して出すオフィシャルの発行物なので、スタートまで時間が掛かったんです。許可が降りてからも「予算は自分で作りなさい。スポンサーを取って、制作も自分でやりなさい」と言われました。

——前途多難な船出だったということですね。

瀬田 「そりゃないよ!」という感じでしたが、「できないだろ?」と言われているようで、少し意地になって取り組みました(笑)。スポンサーを取り、日本の雑誌を集めて見よう見まねで作りました。最初の1号から3号までペラペラな紙を使っていて、街のかわら版のような手作り感満載の冊子でした。でも今はフリーペーパーではありえないくらい良い質の紙を使っています。コレクションしたくなるような、プレミア感を出そうと考えたんです。クラブのオフィシャルのグラフィックデザイナーにも手伝ってもらっています。ただ、全体のレイアウトや内容、取材やインタビューに関してはすべて僕がやっています。

——なるほど。すぐにワールドサッカーキング編集部でも活躍できそうですね(笑)。次は昨シーズンのフォルトゥナについてお聞きします。昇格と降格、天国と地獄を味わうことになりましたが、スタッフとして、どのように感じていましたか?

瀬田 15年ぶりの1部昇格だったんです。3部にいた時代、観客は1万人程度でしたが、昨シーズンは4万6000人がスタジアムを埋めました。クラブの成長を感じましたし、デュッセルドルフの街自体が盛り上がっていたと思います。しかし、残留する力はなかった。これはヘルタ・ベルリンとの昇格プレーオフの話ですが、相手サポーターが発煙筒をピッチに投げ入れて試合が一時中断になりました。また、試合終了前に僕らのファンがピッチに入ってきてしまうアクシデントもあった。異常な事態だったので、ヘルタ・ベルリン側が再試合を要求して裁判に発展し、昇格に待ったが掛かったんです。最終的には昇格できたのですが、そんな状況だったので思いどおりに補強が進まず、昇格が確定した時には、狙っていた選手が他のクラブへ行ってしまったりもしました。それは大きなハンディとなってしまいましたね。

——移籍を決断する選手にとっても非常に難しい状況でしょうし、クラブにとっても大変な状況だったと思います。改めて振り返っていかがですか?

瀬田 ものすごく大変でした。というのも、プレーオフの再試合をする可能性もあったので、休みに入っていいかどうかも分かりませんでした。もし2部に残っていたら契約延長をしてくれない選手もいましたし、1部に上がることで契約を結ばない選手もいました。だからみんな不安定でしたね。


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大前選手を中心にチームを作れば面白い

——1部でのシーズン前半戦は守備とカウンターが機能していましたが、後半戦は守りきれずにカウンターでの得点も減ったように思います。実際、前半戦と後半戦で変わったこと感じるところはありますか?

瀬田 チーム力という意味では冬に5人ほど補強しましたし、大前選手も含めて失敗したという選手はいませんでした。逆にチームの刺激になっていたと思います。しかし、大事な時にケガ人が出てしまい、代わりに入った選手のクオリティーが1部のレベルに届いていなかった。若くて経験不足だったこともあり、ラスト10分での失点がすごく増えてしまいました。引き分けでいいアウェーの試合でも前掛かりになったり、取りこぼしが多かった。反対に大逆転で残留したアウクスブルクはシーズン後半戦の開幕でうちに勝っているんですよ。そこから勢いをつけて、勝ち癖がついていった。逆にうちは負け癖がつき始めて、徐々に空気が悪くなっていきました。なかなかいい流れをつかむことができませんでしたね。

——大前選手についてはいかがですか? 新シーズンへの期待も含めて教えてください。

瀬田 大前選手が100パーセント残留するとはこの場では言えませんが、プレーしてくれると思って話します。新監督のマイク・ビュスケンスはパスサッカーを哲学としています。また、若手にチャンスを与えるタイプの監督です。技術の精度が落ちる2部では、フィジカルが重視されるため、ガチャガチャしたサッカーになるんですが、彼が監督なら大前選手のセンスや技術を評価して起用してくれると思います。彼を中心にチームを作れば面白いのではないかと、期待しています。

——フォルトゥナ出身の方なんですよね?

瀬田 はい。デュッセルドルフ生まれ、デュッセルドルフ育ちで、トップチームで102試合に出場しました。その後はシャルケでも250試合くらい出場しましたね。余談ですが彼がシャルケのセカンドチームのコーチをしていた時、松永(祥兵)という日本人選手が在籍していました。小さくてドリブルが得意な選手だったのですが、彼をすごく重宝していたそうです。同じタイプの大前選手も贔屓目なしに評価してくれるといいなと期待しています。

——リーグ全体に目を向けると、昨シーズンのチャンピオンズリーグ決勝ではバイエルンとドルトムントが対戦しました。近年、ドイツ勢の躍進が著しいと思いますが、理由はどこにあると感じますか?

瀬田 ブンデスリーガには「ドイツ人枠」があります。「外国人枠」を撤廃して、ドイツ人がプレーする環境を保証しようという仕組みに変えたんです。2000年にドイツサッカー協会主導で「育成改革」がスタートし、今では10代の選手がどんどん出てきているので、この流れは続くのではないかと感じています。

——ブンデスリーガは観客動員数世界一を誇ります。ファンにスタジアムへ足を運んでもらうためにどのような努力をしているのですか?

瀬田 06年のワールドカップが大きな契機となりました。昔はビールを片手にソーセージをかじりながら試合を見る男性ばかりで、怒号が飛び交う“男のアミューズメント”といった感じでしたが、インフラの整備が進んだことで女性や子供も足を運べる環境ができました。また、立見席を採用して、ファンが少しでも安い価格でスタジアムに来られるようにしているんです。その代わり、食事や駐車場がついたVIP席を作り、それを企業に売って、安定した収入を得ています。一般のファンにチケットを安く提供するために、こういった仕組みを作っていることがすごく大きいと思いますね。


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欧州の中で日本人選手はブランドになっている

——ここからはドイツで活躍する日本人について聞かせてください。日本人とドイツ人は似ているとされ、それが日本人選手の活躍の一因だとも言われます。実際にドイツで生活されていて、瀬田さんはどう感じますか?

瀬田 日本人の真面目さは群を抜いていると思います。ドイツ人は時間にしっかりしていますが、だらしない部分やいい加減な部分もたくさん見てきているので(笑)、似ているとは言い切れません。ただ、物事に真面目に取り組む人を評価するという点では似ていますね。ヨーロッパは陸続きなので、外国人が入ってくるのが普通です。だからイタリア人やポーランド人が完璧じゃないドイツ語を話していても誰も気にしないですし、むしろ言葉を覚えて話そうとする人をリスペクトするんです。長谷部(誠)選手やケルンにいたチョン・テセ選手はドイツ語が堪能なので、ドイツ人からの評価も高いですよ。

——長谷部選手の名前が出ましたが、現地の監督や選手から日本人選手はどういった評価を受けているんですか?

瀬田 ドイツという国は若い選手を起用する傾向にあって、17歳や18歳の選手がブンデスリーガでデビューし、活躍しています。そして2、3年経つと、国内外のビッグクラブへ移籍していくんです。そういった中で香川真司選手や内田篤人選手が活躍して日本人ブームが起こりました。今では日本人選手が一つのブランドになっています。ブラジル人選手に「クオリティーが高い」というイメージを持つのと同じで、「日本人は勤勉でしっかりプレーし、技術が高い」と評価されていると思います。

——着実に日本人ブランドが定着してきているのですね。

瀬田 余談ですが、毎年デュッセルドルフでU−19の国際大会をやっていて、今年は日本の高校選抜が優勝しました。レアル・マドリーやドルトムント、バイエルンといった欧州のビッグクラブの選手が参加した大会で、です。いろいろな国のエージェントやスカウトが「あの選手いいね」と、日本の高校生を評価し、彼らにコンタクトを取るために僕のところにも話が回って来ました。実名は挙げられませんが、数名に関しては「興味がある」と、具体的な問い合わせもありました。立場上、僕は何もすることができませんでしたが、ドイツも含めてヨーロッパの中でも日本人はブランドになってきていて、高校生年代でもスカウティングの対象になっていると、すごく感じました。

——今日会場に起こしの方の中で、海外で仕事をしたいと思っている方もいると思います。瀬田さんはどのようにして語学を身につけましたか?

瀬田 幼少の頃からドイツに憧れていたので、高校時代は第2外国語にドイツ語を選択しました。もっとも、当時は力を入れて勉強していたわけではないので、少し触れていた程度でしたし、本格的に勉強を始めたのはドイツへ行ってからです。最初の2年間ぐらいは危機感を感じていました。ドイツ語で仕事をしたいのにドイツ語ができないという危機感です。更にドイツ語ができる日本人が周りにいて、その人たちがなぜできるようになったのかという危機感で過ごしていました。常にそういう危機感を持って過ごしていたら、いつのまにか底上げができていて、2年経っても「もっとしゃべりたい」、「もっとわかるようになりたい」と思って一生懸命やっていたらできるようになったのかな、と思います。

——学校に通ったりはしませんでしたか?

瀬田 ドイツに行ってからはずっと語学学校に行っていました。デュッセルドルフという町は、ヨーロッパの中でも3番目に大きな日本人社会があるんです。実は、最初はそういう町だとは知らなかったんです。だから、「そこに甘えていたら喋れるようにならない」と思い、自分を律して距離を取るようになりました。高い志を持って海外へ来たのに、日本人の友だちができてそこで甘えてしまう人もたくさん見て来ましたから、そこには危機感を感じていたんです。

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日本代表が世界を驚かせてくれれば嬉しい

——日本代表はワールドカップへの出場を決めました。オーストラリア戦をご覧になっていたようですが、感想を教えていただけますか?

瀬田 はい。とにかく出場が決まってよかったです。個人的にはオーストラリアの10番(ロビー・クロース)がうちの選手だったので、34分に川島(永嗣)選手と一対一になった時には「余計なことするな」と思ってみていました(笑)。川島選手が止めてくれたので良かったです。うちの選手が出るということは周りに言っていたので、もし決められて0−1で負けるようなことがあったら……立場がないな、と(笑)。

——来年にW杯を控えていますが、日本代表に期待することは何ですか?

瀬田 彼らが世界を驚かせてくれればすごく嬉しいです。代表選手の多くがヨーロッパでプレーしています。国内の空洞化を指摘する声もありますが、トータルで見ると日本サッカーが成長していることは間違いありません。あと1年ありますし、皆さんが期待するような結果につながってほしいです。選手もやる気で満ちていると思いますしね。ヨーロッパで日本人一人でプレーするというのは本当にすごいことなんですよ。ネガティブなことをいう人もいますが、大丈夫だと思いますよ。

——では最後に、新シーズンの意気込みと抱負、ご自身のビジョンを教えてください。

瀬田 1部で戦ってきたクラブとして、2部で上位になるのは至上命題だと思います。魅力的なサッカーをして大前選手が活躍してくれれば、日本からの注目も上がると思いますしね。個人的には1部で経験したあの雰囲気を、例えば、またバイエルンと対戦する空気を感じられたらいいなと思っています。

瀬田氏が執筆!「もっと」ブンデスリーガの“裏側”を知ろう!

――『頑張る時はいつも今 ドイツ・ブンデスリーガ「日本人フロント」の挑戦』を執筆されましたが、この本について教えてください。

瀬田 タイトルは僕の座右の銘です。サボりそうになった時こそ、「やらなきゃ」という気持ちを持とうという意味ですね。「どうやってドイツへ行ったのか」、「なぜドイツだったのか?」という話に始まり、フロントという立場でブンデスリーガにいる日本人がいないので、「こんな人がいるんだ」ということを知ってもらえればと思っています。最近は「どうやって今の立場にいるのか」という質問をたくさん受けるので、その疑問に答える一冊になればと思っています。