2013.06.26

“史上最低のセレソン”はW杯で勝てるのか…ブラジル国民の脳裏に蘇るマラカナの悲劇

[ワールドサッカーキング0704号掲載]

6月に発表されたFIFAランキングは過去最低の22位。ブラジルでは今、“史上最低のセレソン”を巡って悲観的な議論が交わされている。救いになりそうなのは、まだ21歳のスター選手と、経験豊富な監督、そして開催国のホームアドバンテージ。だが、それだけで世界を制することができるのだろうか……。
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文=ジョナス・オリヴェイラ Text by Jonas Oliveira
翻訳=田島 大 Translation by Dai TAJIMA
写真=ゲッティ イメージズ Photo by Getty Images

悲観論が飛び交う「史上最低」のセレソン

 世界で最多、5回のワールドカップ(W杯)優勝経験を持っているブラジルには、潜在意識の中に忘れたい不愉快な記憶がある。「マラカナッソ」(マラカナの悲劇)だ。1950年のW杯、開催国だったブラジルは引き分けでも優勝が決まる大一番でウルグアイに敗れ、初タイトルを逃した。その敗戦の影響たるやすさまじく、国中が喪に服したように沈黙した。そして今、ブラジル人の間では、記憶の彼方へ追いやったはずの63年前の屈辱が、音を立てて蘇ってきたようだ。

 W杯開幕を1年後に控えた今、セレソンの準備はスタジアムやインフラの整備と同じく、思うように進んでいない。自国開催のW杯で、再び決勝戦で敗れたら……いや、それ以前に、今のチームで決勝まで勝ち上がることができるのだろうか?

 この国ではテレビ番組の討論会からパブの会話まで、国民がセレソンについて議論しない日はない。だが、その論調は悲観的なものばかりだ。6月に発表された最新のFIFAランキングでは、ブラジルは22位という屈辱的な順位だった。W杯予選を免除されているため、公式戦でFIFAランキングのポイントを稼げないという不利な面があるとはいえ、それを差し引いても驚きの順位には違いない。

 ブラジル人の不安は現実のものとなるのだろうか? それとも、1年後にはやはりブラジルらしく“王国”のプライドを示し、トロフィーを掲げているのだろうか? その答えを探るために、まずはマノ・メネゼスが代表監督に就任した2010年8月に時計の針を戻してみよう。

指揮官交代の不可解なタイミング

 南アフリカW杯の準々決勝でオランダに敗れた後、ドゥンガからセレソンを任されたメネゼスは、ロンドン・オリンピックの金メダルと母国開催のW杯での優勝を目指して改革をスタートさせた。その最初の一手は、当時サントスでプレーしていた若手コンビ、ネイマールとガンソを招集することだった。ドゥンガ元監督は2人を南アフリカに連れて行かず、国民から非難されていた。

 だが、世論を味方につけたはずのメネゼスは、最初の試練で大失敗を犯した。アルゼンチンで開催された2011年のコパ・アメリカで、準々決勝であっけなくパラグアイに敗退したのだ。セレソンはグループリーグを含めてわずか1勝しかできず、パラグアイとのPK戦では全員が失敗した。これらは当然、国民の酷評を招くことになった。

 続いて、CBF(ブラジルサッカー連盟)にも暗雲が垂れ込めた。23年間も会長を務めてきたリカルド・テイシェイラに賄賂疑惑が持ち上がり、2012年3月に会長を辞任。副会長のホセ・マリア・マリンが後任に就いたが、これはW杯まであと2年という段階で、組織委員会のトップが入れ替わることを意味していた。更に、マリンは80歳を越える高齢で、軍事独裁政権に関与した過去を持つ。ブラジルの現大統領ジルマ・ルセフが70年代、その軍事政権によって投獄されていた事実を踏まえると、様々な意味で波紋を呼ぶ人事だった。

 トップが代わっても監督の座を守っていたメネゼスは、ロンドン・オリンピックという大舞台で屈辱の銀メダルに終わった後ですら、なぜか持ちこたえた。指揮官が解任されたのは、大会から3カ月も過ぎた2012年11月。セレソンがようやく軌道に乗ったように見えた時期だった。メネゼス政権下のセレソンの通算成績は21勝6分け6敗で、その間に招集した選手の数は何と102名。大半はあまり名の知られた選手ではなく、メネゼスは新戦力の発掘にこだわりすぎたとも、裏で代理人とつながり、「ブラジル代表」の肩書きを売りつけていたとも言われた。

 メネゼス解任は正しい判断だったのか。その是非には様々な意見があるが、誰もが共通している見解は、解任の時期がおかしいということだ。ブラジルのサッカー誌『プラカル』のマウリシオ・バロス編集長は言う。「メネゼスは、チームの基盤を全く固められなかった。解任は間違いではないが、タイミングが遅すぎる。監督交代に時間がかかりすぎたんだ」

新旧監督が掲げた真逆のプレースタイル

 メネゼスの解任から数日後、CBFが発表した新体制は、決して「新しい」と呼べるものではなかった。ルイス・フェリーペ・スコラーリ監督をカルロス・アルベルト・パへイラが補佐するという、要するに02年と94年のW杯優勝監督を並べただけの人事だったのだ。国内メディアはすぐさま、老将2人にチームを活性化するアイデアがあるかどうか、疑問の声を上げた。

 セレソンを率いるのは本当にスコラーリでいいのだろうか? ブラジル人スポーツライターのパウロ・ヴィニシウス・コエーリョは、メネゼスの交代時期を誤った時点で選択肢は限られていたと指摘する。「今のブラジルで最高の監督はコリンチャンスのチッチ(アデノール・レオナルド・バッキの愛称)だ。だが、彼には代表監督の経験がないから、本大会まで18カ月という時期に就任するのはリスクが大きすぎる。一方、スコラーリはセレソンを指揮し、W杯で優勝した経験がある」

 確かに、W杯のわずか1年半前にチームを引き継ぎ、頂点まで導ける指揮官がいるとしたら、それはスコラーリのように頂点を経験した指揮官だけかもしれない。だが、問題の根はもっと深いところにもある。先日、スコラーリはあるインタビューで、テクニックのある守備的MFは「メディアには美しく見えるだろうが、監督にはそう見えない」と話した。また、W杯ではドイツやイタリアが強敵になるが、スペインはそうではないとも明かした。これらのコメントは、スコラーリが相変わらずフィジカルと堅守を重んじる哲学の持ち主だという証拠だ。「メネゼスとスコラーリの戦術は真逆だ。つまり、セレソンのチーム作りは白紙に戻された」とコエーリョは言う。「メネゼスは、バルセロナのようなスタイルを理想としていた。一方でスコラーリは、DFにボールを大きくクリアしろと指示している。2人の考え方が全く違うんだよ。これは深刻な問題だ」

 メネゼス時代にはベンチの時間が長かったパリ・サンジェルマンのルーカス・モウラは、スコラーリの下で頻繁に起用されるようになった。だが、その彼でさえ、監督交代には困惑したと打ち明けている。「セレソンは他の代表チームに後れを取っている。若い選手が多いから、新しい体制に慣れるまでにはまだ時間がかかるかもしれない」

国内で指摘される欧州とのレベル差

 ブラジル代表の不振は、奇妙なことに国内サッカーの盛り上がりと時期を同じくしている。ブラジル経済の好景気で各クラブが収入を増やし、タレントを海外クラブに売却する必要がなくなった。それどころか、ロナウジーニョのようなビッグネームを再び母国に呼び戻せるまでになった。だが、それによってフットボールの質が上がったかどうかとなると疑わしい。

 70年W杯の優勝メンバーの一人、トスタンは自身のコラムの中でこの問題に触れている。「欧州の主要クラブは最高の選手を集めれば勝てる、という甘い考えを克服した。彼らは個人能力よりもチームの完成度を優先している。それこそが未来のフットボールだ。タレントをそろえれば勝てると思い込んでいるブラジルのフットボールは、スポーツとして後退している」

 ブラジルの有名なコラムニスト、ジュカ・クフォウリも同じ意見だ。「ブラジル人はそろそろ、自分たちがフットボールの王様だという幻想を捨てるべきだ。今や世界の強豪国は、ブラジルとの対戦で震え上がったりしない」

 彼らの言うとおり、欧州のほうがハイレベルなフットボールを展開しているのだとすれば、今のセレソンはタレントの集団とは呼べない。コンフェデレーションズカップのメンバーは国内組が多く、カカーやロビーニョは招集されなかった。だが、彼らの世代に続く新たなタレントが育っているとも言い難い。ネイマール、ルーカス・モウラ、オスカルのような才能は、まだ信頼を置くには若すぎる。コエーリョは言う。「カカーとネイマールの間に10年ものギャップがあった。その間にも優れた選手はいたが、セレソンを引っ張るほどのタレントはいなかった」

 散々な状態に見えるセレソンにとって、最後の救いは母国開催というアドバンテージだろう。しかし、最近ではそれも怪しくなってきた。今のセレソンは「CBFのチーム」と呼ばれることがある。国民のチームではなく、連盟の興行用チームという意味だ。2010年W杯以降、コンフェデレーションズカップ直前の調整試合を除いて、セレソンはアメリカで5回、イングランドで5回の親善試合を戦った。ブラジル国内でわずか7回しか代表戦を行っていないのに、だ。

 スコラーリ体制の最初のホームゲームは象徴的だった。今年4月に行われたチリとの親善試合。W杯に向けて改修されたミネイロン・スタジアムに集まったファンは、2-2の引き分けに終わったその試合でブーイングを送り、チリのパスがつながると「オレ!」と叫んでセレソンに屈辱を与えた。サルヴァドールの新スタジアム、フォンチ・ノヴァのこけら落としでは、W杯のために地元の音楽家が発案したブラジル版ブブゼラこと「カシローラ」が大量に配られたが、その多くはピッチに投げ込まれてしまった。

“史上最低のセレソン”が、1年後に生まれ変わる可能性とは……。続きは、ワールドサッカーキング0704号でチェック!