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選手に最高の“武器”を用意する人 山川幸則(FC東京 ホペイロ)

2013.02.15

きっかけは少年時代。夢を追いかけ単身スペインへ

 裏方でサッカー選手を支えている職業がある。ホペイロだ。彼らは選手のスパイクを磨き、ユニフォームを洗濯し、ボールを磨く。誰よりも早くグランドに顔を出し、誰よりも遅くグランドを後にする。

 場合によっては、体を休める時間もほとんどない時もある。多忙な日々を10年以上も続けてきたホペイロは言う。

「昨年、FC東京は初めてACLに出場しました。その時は休む暇がなく緊張状態が続いて、体力的にもメンタル的にもつらかったですね」

 なるほど、ホペイロとは実に骨の折れる業務をこなすチームスタッフである。

 山川幸則(やまかわゆきのり)。FC東京のホペイロとして10年以上、活躍している職人である。加入以前はスペイン1部のクラブでホペイロ修業に励んだ経歴の持ち主だ。

選手に最高の“武器”を用意する人 山川幸則(FC東京 ホペイロ)
 ホペイロを目指すきっかけは少年時代にあった。

「1986年のワールドカップあたりの時に友達がマラドーナスターというスパイクを履いていて、それを見て、どうやって手入れをするのか気になったんですよ。それで、サッカーショップに行って、磨き方を覚えたり、ボールを拭いたりするようになりました。もともと用具に興味があったんです。サッカーもそれほどうまくなかったので、みんなが嫌がるボール運びとかを率先してやっていました。それで高校生の時、ブラジル人のホペイロを特集している番組を見たんですよ。『用具を整備して仕事になるのならいいな』と思い、自分自身もホペイロを目指すようになりました」

 高校を卒業後、福祉関係の短大に進学。一時は福祉系の施設への就職を考え、内定をもらった。サッカーとは全く関係ない道を歩みかけたが、それでも、ホペイロになるという夢を諦めきれなかった。天職とも思える仕事に就くべく、「中途半端になってはいけない」と内定を辞退した。卒業後はアルバイトをしながら、Jリーグの各チームにスタッフの空きがないか手紙を送り、時間が空いている時はクラブハウスに行き、直接クラブ関係者を尋ねる生活を送った。

「当時はどのクラブも大学などでマネージャーを経験した人が裏方になるケースが多くて、何も肩書がない人は簡単に就職できる職業ではなかったです」

 うまくいかない状況に鬱々としていた日々。状況を変えたのは、並みはずれた行動力だった。

「フランスワールドカップを一人で観戦した際、サッカーメディア関係者から声を掛けられました。その流れでホペイロになりたい夢を持っていることを伝えると、後日スペインのサッカー協会の関係者にコンタクトをとってもえることになったのです」

 日本に帰国後、改めて事務所を訪れると「本当に来るとは思わなかったよ」と笑われた。スペインのサッカー関係者に連絡を取ると、「ちょうどシーズン折り返しに当る今だったら受け入れることができる」という。「スペインにすぐ行けるか」という意外な急展開に直面、当然、すぐに海を渡ってもホペイロになれる保証もない中、ほぼ即答で英断を下した。

「今すぐ行きます」

 迷いはなかった。自身の夢を叶えるためにスペインへと渡航する。

 ついにスペインの地に降り立ち、ホペイロの道が開かれるはずだった。しかし、現地で待っていたのは冷たい返事だった。

アルバイトでの働きが認められ、正式採用に至る

 訪れた先のレアル・オビエドとスポルティング・ヒホンに受け入れを拒否されてしまった。見知らぬスペインの地で途方に暮れる。「ただの観光になる……」と肩を落としながらも、諦めずに何度もクラブを訪れ、チャンスを伺う。すると、意欲的な行動が奏功。レアル・オビエドのホペイロに接触でき、クラブの手伝いをする許可を得ることに成功した。

 球拾いからのスタートだった。一生懸命に走ってボール拾いに全力を尽くしてると、選手から「せかせか拾うな。だから日本人は頭が痛くなる」とからかわれたりもした。しかし、こういった積極的な姿勢がまたしても好展開へつながっていく。

「レアル・マドリード戦の前の週だったんですが、すごく盛り上がっていて、サポーターやマスコミの方もたくさんクラブを訪れていました」

 様々な人が訪れる中、異国の地で働く東洋人が物珍しく映ったのか地元メディアの取材に特集を組まれることとなる。後日、テレビ放映を見たオビエドサポーターから熱烈な歓迎と後押しを受けた。

「サポーターの人たちがみんな“ユッキー”と呼んでくれて、パンや果物などの食料をくれたんです。それから、『タダで働いているのだから遠征にも連れていってやれ』とクラブにも働きかけてくれて、その結果、次の試合からチームに帯同できるようになりました」

 無給とは言え、チームに帯同してからは選手やスタッフとの距離がぐっと縮まった。ホペイロの基本技術も教えてもらえたという。その後、シーズン終了後に日本へ帰国し、再びアルバイトに精を出しながらJクラブへの売り込みを続ける。

 自分なりの就職活動に勤しんでいるある日、友人からFC東京がホペイロを探していることを知らされる。さっそくクラブに連絡を取ると、「直接、会って一度話だけでも聞いてみたい」という返答が返ってきた。クラブ関係者との面会では、スペインでの経験やホペイロへの情熱を強く訴えた。

「今はブラジル人のホペイロを採用することが決まっているから雇うことは出来ない」と言われたものの、クラブ関係者に熱い思いは届いた。「キャンプ中だけアルバイトとして参加してみるのはどうか」という提案を受け、また一歩夢に近づく機会を得た。

「良い実績作りになれば」と挑んだキャンプ先で思いがけない展開が起こる。予定されていたブラジル人のホペイロがビザの関係でキャンプ中に来日できなくなり、アルバイトで参加した山川さんが一人で仕事をこなすことになったのだ。突然の出来事に、初めは四苦八苦しながらも、持ち前の積極性でキャンプでの仕事をやり遂げる。すると、丁寧な働きが認められ、クラブから正式採用のオファーが届いた。ついに少年時代からの夢が叶った。

持ち味は「仕事が遅いと言われても、準備を怠らないようにする姿勢」

選手に最高の“武器”を用意する人 山川幸則(FC東京 ホペイロ)
 それから13年。現在もFC東京のホペイロとして様々な困難と向き合いながら仕事に取り組んでいる。

 ホペイロとしての持ち味は「仕事が遅いと言われても何度も確認をして、準備を怠らないようにする姿勢」と分析する。丁寧に、慎重に任務に取り組むのは、実は一つのミスが試合を左右する可能性があるからだ。「今では同じ失敗を繰り返さないように対策している」と言いながら、冷や汗をかいたエピソードを明かしてくれた。

「以前在籍していた加地亮選手(現ガンバ大阪)が間違えて違う選手の背番号が入ったパンツを履いて出てしまったことがあったんです。結果的に履き換えてピッチに戻ることができたんですが、その時に失点でもしたら大変なことになっていたと思います」

 もっとも、ミスが許されない緊張感に包まれた現場で体験してきたのは嫌なことだけではない。決して目立つ仕事ではないが、ともに戦う選手たちから労をねぎらわれた経験は至極の喜びとなっている。

「クラブがJ2を戦ったシーズンは環境面において不便な部分があったんです。そういった際に羽生直剛選手(現ヴァンフォーレ甲府)を中心としたベテランの選手が周りに声を掛けてサポートしてくれたので助かりました。最後、今野泰幸選手(現ガンバ大阪)と羽生選手にJ2優勝のシャーレを渡され、ゴール裏で掲げさせてもらったのは良い思い出ですね」

 これまでのホペイロ人生でうれしかった瞬間を振り返った言葉から、選手との良好な信頼関係が伺える。ともに失敗が許されない勝負の世界に生き、ともに最高のパフォーマンスを追求すれば、両者の間に生まれる信頼は強いものとなるのだろう。スパイクに代表されるように、ピッチで戦うための“武器”を扱うからこそ、選手との信頼関係が不可欠と言える。

選手に最高の“武器”を用意する人 山川幸則(FC東京 ホペイロ)
 スペインとは異なり、Jリーグではホペイロが少ない。Jクラブの現状を知る山川さんは“ホペイロの存在意義”をこう語る。

「実際、ホペイロが在籍していないクラブも人やお金を使って解決しているケースがあります。その結果、選手の受けるサービスはだいたいどのクラブも一緒だと思われます。ただ、例えば芝生の細かいアドバイスやスパイクの素早い手入れなどは違いが出ているのではないかと感じています」

 ホペイロは専門性の強い職業である。グランドが変われば、芝も変わる。晴れの日もあれば、雨の日もある。環境は様々だ。状況が変われば勝利へのアプローチも当然異なってくる。だからこそ、現場に多くの知識を持ち、専門的に実践していくホペイロという職人の存在は大きな意味を持つ。

 インタビュー後、用具場を案内してもらった。山川さんは「汚くてごめんなさい」と気遣いながらもどこか安心した表情を一瞬見せた。

インタビュー・文=瀬戸伸哉(サッカーキング・アカデミー
写真=嶋田健一〈試合写真〉、犬飼尚子(サッカーキング・アカデミー

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●サッカーキング・アカデミー「編集・ライター科」の受講生がインタビューと原稿執筆を、「カメラマン科」の受講生が撮影を担当しました。
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