2017.03.07

【サッカーに生きる人たち】編集者としての信念|岩本義弘(元サッカーキング統括編集長)

編集者、サッカーライター、スポーツカメラマンを目指す人のためのアカデミー

「現在『サッカーキング』のツイッターフォロワー数は100万人を超えていますが、毎日のように試行錯誤を繰り返したからこそ、今の数字があるわけです」

 そう語るのは、今年2月末まで、サッカー総合情報サイト『サッカーキング』の統括編集長を務め、編集者やインタビュアーなど、様々な局面でも活躍してきた岩本義弘さんだ。サッカーに関する様々な情報を伝える立場として、岩本さんはサッカーとどう向き合ってきたのか。『サッカーキング』はなぜ大きくなったのか。その経緯とキャリアをうかがった。

※取材は2016年12月に実施しており、内容はすべて取材当日時点。

編集者を目指した原点

 岩本さんは“少年サッカーの町”として知られる東京都町田市の出身で、小学2年生の時にサッカーを始めた。選抜チームであるFC町田(町田ゼルビアの前身)のメンバーに名を連ねるほどの実力の持ち主だったが、後に転校したこともあって中学時代、高校時代は目立った実績もなく、その頃は将来、サッカーで身を立てようという考えは全くなかったという。

「高校2年生の頃は公認会計士を目指していて、アルバイトをしながら大学の受験勉強と並行して公認会計士の資格を取るための勉強もしていました」

 しかし、浪人生時代、新聞配達の奨学生として、新聞配達所で住み込みで働きながら、社会人経験を持つ同僚たちと触れ合ううちに、岩本さんの中にある気持ちが芽生えていった。

「公認会計士の資格を取ってお金を稼げるようになったからといって、お金を稼ぐことだけが人生の目的じゃない。じゃあ、自分がやりたいことは何だろう」

 小さい頃から読書が好きだったこともあり、本や雑誌に関わる仕事に就きたいと考えた岩本さんは、編集者になるべく文学部への進学を漠然と考え始めた。それが編集者としての人生の原点だった。

 大学進学後、先輩の紹介によって、とある編集プロダクションでアルバイトをすることとなる。文字起こしに始まり、写真や原稿のピックアップ、様々な雑務をこなす中でやがてページの担当もするようになり、編集者としてのスキルを磨いていったのだが、就職を考えた時には一つの考えが生まれていた。

「ただ単に働くだけではおもしろくないし、作業として編集をやりたいわけではない。やっぱり伝えたいものがあって編集者になりたいのだから、上から言われたものを作るのではなく、自分で企画したものを作りたい」

 就職活動の後、岩本さんはある出版社に入り、週刊誌の編集部で働き始める。手掛けたのはグラビアからスポーツ、音楽、映画、MONOマガジン、書籍の紹介、ゲームなど多岐にわたり、「多い時は月に200ページぐらい担当していた」というほどの激務をこなして、一気に経験を積んでいった。

編集者時代そして統括編集長就任へ

 日本が1998年フランス・ワールドカップへの初出場を決めると、国内で空前のサッカーブームが巻き起こった。当時、岩本さんはサッカーとサッカーゲームを融合させた雑誌を中心メンバーとして創刊し、10万部を売る大ヒットを飛ばしていた。その流れでフランスW杯を現地で取材することになるのだが、そこで「人生の転機」が訪れる。

「現地での取材中、偶然、フリーライターで後の『CALCiO2002』初代編集長でもあるジャンルカ・トト・富樫さん(富樫洋一氏/故人)にお会いしたんです。その時に『今度セリエAの専門誌を創刊しようと思っている』という話をされ、株式会社フロムワンの創業者である小林澄生さんと会わないかと言っていただきました。そして小林さんに会い、誘われるままにフロムワンに入社することになったんです」

 岩本さんがフロムワン入社を決意したのは、フランスW杯終了直後の7月20日。その4日後の7月24日、中田英寿のペルージャ移籍が発表される。奇しくもこの日は岩本さん自身の誕生日だ。運命に導かれるように、岩本さんのサッカーメディア業界でのキャリアが本格的にスタートした。

 フロムワンでは『CALCiO2002』の編集者として海外取材などもこなしつつ、広告の営業やフットサル大会の運営など、編集以外の業務もこなした。『スカパー!』でのサッカー中継の解説も2000年から現在に至るまで続けている。

 その後、フロムワンは『totoONE』、『SOCCERZ』(サッカーズ)など様々な媒体を立ち上げ、岩本さんは『CALCiO2002』と合わせて3つの媒体の編集長を務めることとなった。そして2005年、フロムワンと岩本さんは新たなチャレンジを始める。『ワールドサッカーキング(以下WSK)』の創刊である。

「当時は17万部以上を売り上げる海外サッカー専門誌があり、『それなら自分たちも業界トップにチャレンジしよう』と思ってWSKを創刊しました」

 翌2006年、WSKとともに迎えたドイツW杯で、日本代表はグループステージ敗退を喫する。サッカーメディア業界も打撃を受け、いくつかの海外サッカー誌が休刊に追い込まれる状況になったが、フロムワンはそんな“冬の時代”をどうやって乗り越えたのだろうか。

「業界トップの雑誌には普通にやっても勝てないし、何かプラスアルファをすれば売れる、というのを肌感覚として持っていたので、付録としてスーパーゴール集のDVDを付けたり、レジャーシートを付けたりといろいろな工夫をしました。最大のヒットは『WCCF』(WORLD CLUB Champion Football/セガの大ヒットアーケードサッカーゲーム)のカードを付けたことですね。カズさん(三浦知良)のジェノア時代のカードを『CALCiO2002』に付けたんですが、その号は発売直後に完売してしまうほどでした」

 時流を読みながら、ピンチをチャンスに変える岩本さんの感覚は様々な側面で発揮される。代表的なのがサッカー総合情報サイト『サッカーキング』の開設だ。

「雑誌は宣伝にあまりお金をかけることができないんですが、ウェブサイトを利用すれば宣伝にもなるし、雑誌の記事もどんどん配信していくことができます。普通の考えであれば、雑誌を売りたいから同じ記事を無料で閲覧できるウェブサイトには出さないけれど、あえて出すことによって宣伝になるのではないか、と考えました。読んでもらい、関わってもらう人数を増やすことが、メディアとして成功するポイントなのかな、と思っています」

 ウェブメディアが隆盛を極める昨今、競合他社に先駆けてその分野に進出した『サッカーキング』は、今や日本最大級のサッカー総合情報サイトとなっており、その知名度は抜群だ。

「例えば、ツイッターについても『サッカーキング』はかなり早い段階からやっていて、フォロワー数は100万人を超えました。今や日本代表のアカウントよりも多いんですよ。世の中の流れを見極めて早めに仕掛け、成長させようと毎日のように試行錯誤を繰り返したからこそ今があると思っています」

一編集者としてのこだわり

『サッカーキング』を大きなコンテンツに成長させ、様々な仕掛けでサッカーメディア業界を動かしてきた岩本さん。一方で、現在も編集者としての顔を忘れず、こだわりと信念を持って編集作業を行っている。

「雑誌や本を作る時には、幅広い人にそのおもしろさを伝えていきたいですし、内容もよりセグメントされ、コアな部分に刺さるようなものを作るようにしています。その中でも、やはり編集者としてインタビューにはこだわっています。取材相手のことを自分の聞きたい切り口から聞けて、その人の人となりも含めて聞けるから楽しいし、すごく贅沢な時間です」

「日本で一番、サッカー選手にインタビューをしていると思います。もしかすると、世界で一番かもしれない」。岩本さんは取材中にそう語ってくれた。今回はインタビューを受けていただく側だったが、編集者としての強いこだわりと信念を知ることができた。日々、サッカーと真摯に向き合う岩本さんは、これからも私たちに新たな仕掛けを見せてくれるだろう。

インタビュー・文=小室聡(サッカーキング・アカデミー