きっかけは1通のメール
小さな室内にはサッカー関連の雑誌や書籍が所狭しに並べられ、壁にはマラドーナのポスターが貼ってある。この部屋で働く細江克弥(ほそえ かつや)さんの、サッカーに対する思いが十分に伝わってくる空間だった。
現在、フリーのサッカーライター兼編集者として活躍する彼がサッカーメディアの世界に興味を抱いたのは小学生の時だ。
「本屋で5時間近く立ち読みするぐらい雑誌が好きだったんですよ。小学校の頃からサッカーバカで、作文や物を作るのも好きだったので、昔から何となくサッカー雑誌に関係した仕事に就きたいと思っていました」
年齢を重ねるにつれ、サッカーの魅力を言葉で伝えたいという夢は膨らんでいく。日本で初めてワールドカップが開催された2002年、大学生だった彼は目標実現に向けて一歩を踏み出した。
「有名なライターさん、10人ぐらいに原稿をメールで送ったんです。『僕の書いた文章を見てください』って」
ワールドカップを題材とした一万字ほどの原稿を添付しメールを送る。ほどなくしてサッカーライターの戸塚啓さんから返信が届いた。
メールには「僕は読んでくれた人に伝わるように、わかりやすい表現を使うように心がけています」と記されていた。プロからの助言はライターを目指すうえで十分なエネルギーになったと言う。
「第一線の人から直接言葉をもらえたのはうれしかったです。サッカーに関わる仕事がしたいという思いがより一層強まって、がんばろうと思いました」
安定に別れを告げてフリーへの道に
就職活動ではメディア系の会社を第一希望とした。しかし、出版社から朗報は届かず一度はサッカーとは無縁の企業に就職を決める。夢はついえたかに思えたが、少しばかりの運が味方した。
「大学生の頃に出版社でアルバイトをしたんですが、そこの社員さんがサッカー雑誌を作っている編集プロダクションを紹介してくれました。今度はそこでアルバイトをさせてもらえることになったんです。タイミングが良かったんですよね」
最初は営業部の一員として仕事をこなしていたが、約1年後には編集部に異動する。雑用から始め、そのまま正社員として採用された。
その後、『ワールドサッカーキング』、『Jリーグサッカーキング』、『ワールドサッカーグラフィック』といったサッカー雑誌の編集を経験し、サッカーライターとしての独立を決断する。
フリーランスは、文章に書き手の名が記される機会が増える。一見華やかに見えるが、常に仕事に恵まれるわけではない。生活の糧を失う可能性もある。
安定に別れを告げてでもフリーになる道を選択したのは昔からの夢だったからだ。
「一人でやってみたいという思いもあったし、一人でやったらどうなるのか興味もあったんです」
独り立ちして初めての署名記事には、編集者時代の経験が大いに生きた。最初に書いた記事を懐かしそうに振り返る。
「フリーになって最初に書いたのは『R25』というフリーペーパーです。確か、北京オリンピックの日本代表についての記事でしたね。『R25』ってサッカーファン向けというよりも一般向けですよね。だから、サッカーに詳しくない人にも理解できるように書いたんです」
媒体の特性や読者層を明確に意識する――。読み手に届くようにという姿勢は編集者の時にしっかりと身につけていた。
同時に、初めて“細江克弥”という署名が入った記事を目にし、自分の名前で書くという行為に身が引き締まった。
「書き手であるということを改めて意識しました。自分の名前で記事を書くようになって、事実誤認や誇張表記に対する意識が変わったと思います」
自らが発信する言葉や情報には責任が伴うと痛感したと言う。
「自分らしい言葉を選ぶように意識しています」
自分の名で原稿を書き始めてから着実にキャリアを積んだ。現在は、『Number』を始め様々な媒体で記事を書いている。「『Number』はフリーの書き手の目標でもあるので、初めて記事を書いた時はうれしかったですね」と笑顔を浮かべる。
サッカーライターとしての仕事に恵まれているのは、多くの編集者から信頼を得ているからに他ならない。「自分らしい言葉」というのが定期的に依頼が来る理由ではないかと自ら分析する。
「例えば、誰でも書けそうなことなんだけど、表現を面白くしたり読み手が笑っちゃうように意識したりとか。僕はいつも、自分らしい言葉を選ぶように意識しています」
そう答えると本棚から一冊の雑誌を取り出した。「例えばこれなんですけどね」と言って、具体的にうまくいった記事が載ったページを開いてくれた。
「選手のルーツを探るというテーマで、前田遼一選手の高校時代の先生に話を聞きに行ったんですよ」
誌面を見ると、先生の生き生きとした口調が目に飛び込んできた。まるで読んでいるこちらが直接話を聞いてるようだ。
「東京生まれ、東京育ちの先生はバリバリの江戸っ子で、もちろん言葉も“江戸言葉”。インタビュー記事は対象者の言葉を読みやすくするために丁寧な言葉に直すことが多いのですが、実際は人それぞれ、話し方に特徴がありますよね。だから、僕はなるべくその臨場感が伝わるように、話し言葉のまま記事にするようにしています」
この記事には「表現を面白く」という細江さんの信条が凝縮されていた。本人も達成感を感じているのだろう、次のように語っている。
「たぶん、何か一つくらい僕にしか気づかないことがありますよね。それをうまく表現できたときはやっぱりうれしいですね」
もちろん、納得いく原稿を書き上げたからと言って歩みを止めるつもりはない。サッカーライターとして“自分らしい言葉”と自分自身の視点を持ち続けたいと言う。より多くの人間にサッカーのさらなる魅力を伝えるべく、これからも彼は書き続ける。「僕にしか気づかないことを」という信念を胸に、書き続けていく。
インタビュー・文=満田晃平(サッカーキング・アカデミー)
●サッカーキング・アカデミーの受講生が取材、原稿を担当しました。
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By サッカーキング編集部
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