テレビで中継されるようなサッカーの試合では、選手たちが乗り越えてきた苦しいことやつらいことも、映し出された険しい表情とともに美しく語られる。サッカーとは、どんなつらいことも耐え抜いて厳しい世界で戦うだけのものだろうか。
高校年代では、全国高校サッカー選手権大会がテレビで中継され、世間一般からも注目度は高い。その選手権の都道府県予選において、大阪府は参加する高校も多く、激戦区のうちの一つにも数えられる。直近の5年間、選手権に出場した大阪府代表はベスト16以上の結果を残している。
その大阪府予選にて、3年連続準決勝で涙をのんだ高校がある。興國高校、大阪市天王寺区にある私立の男子校だ。サッカー部は強化し始めて10年、まだ歴史は浅い。ポゼッションサッカーを得意とするこのサッカー部では、日頃からドリブルの練習に力を入れており、足元の技術が高い選手も多い。
2013年度は横浜F・マリノスに北谷史孝選手、ヴィッセル神戸に金容輔選手と、J1クラブに2名の選手を送り出した。また、20名の部員を大学に推薦入学させている。
「周りから『なんであんなにいい選手がいて勝てないのか』という批判を受けることもあります」
そう話すのは、興國高校サッカー部を率いる内野智章監督。興國高校サッカー部には9年前から携わっている。就任当時の部員はわずか12名、うち6名がサッカー未経験者だったという。
それが今、全国大会への出場経験がないにもかかわらず、近畿2府4県すべてからの通学者がおり、200名にも迫る数の部員が在籍する。新年度の入試合格者の中で、サッカー部に入部したいと入試の際に申し出た者は100名を優に超えた。
「勝ちたくないわけではないです。でも、入学してきてくれた子たちの気持ちを裏切りたくないという思いもありますし、選手たちも『これまでやってきたことで試合に挑みたい』と言ってくれるので、そのままのスタイルを貫いています」
内野監督がサッカー部のモットーとして掲げるのは“エンジョイ・フットボール”。プレーする人も見る人も楽しめるサッカーを目指している。
「努力」と「耐え忍ぶ」
苦しいことを耐え忍べばきっといいことがある、というような美学がある。耐え忍ぶとは我慢をすること。我慢が積み重なれば、いずれ限界を迎え、些細なことをきっかけに意欲を失う。バーンアウト、燃え尽き症候群である。
日本ではその和訳のせいで、大きな仕事を終えた後に目的を見失ってしまう状態を表すが、実際の意味は少し違う。“献身的に重ねてきた努力で期待していた成果が得られなかったことによって起こる疲労感や欲求不満”、要するに“頑張ったのにいいことがなくてつらい”状態だ。
「人にはそれぞれ生まれた時に与えられた能力があります。走るのが速い・遅い、背が高い・低いなど、努力だけではどうしようもないこともあります。例えば、3年間たくさん走ったとしても、“走るのが速い”という能力を持った者に必ず勝てるとは限りません」
自分の能力とかけ離れたことを強いられると、「苦しい」と感じがちだ。達成できる見通しのある課題でなければ、努力を続けることは難しい。
クラブチームと違い、セレクションを受けて入学してきているわけではない。それぞれの能力も異なり、レベルの差も生まれる。
「11人しか試合に出られないルールは変えられないけれど、努力はしています」
部員数が多いことに配慮し、チームを30名ほどで分け、それぞれのチームに監督とコーチをつけた。各チームの監督が個々でスケジュールを組み、試合や遠征もチームごとで活動をする。試合に出られることなど全くないのにただただ耐え忍ぶ、ということがなるべくないようにした。それぞれが今の自分に合った研鑽ができ、試合に出られるチャンスがある。
「自分も『しんどいことを我慢すれば、それが将来役に立つ』と言われてきましたし、きっとそうなんだろうと思っていました。でも、何かを耐え忍んだ経験があっても、うまく役立てられない人が少なくないのもまた事実です。耐え忍ぶこと全てが悪いこととは思わないですが、それよりも自分に与えられた能力で精いっぱいサッカーを楽しんでもらいたい」
大事なのは、自分に合った努力をすること。そして、努力の末に成果を得て“うれしい”“楽しい”と思える機会があること。楽しいことがなければ、続けることは難しい。
「区切り」と「終わり」
とはいえ、ずっと続けることはできない環境でもある。
「学校の部活動は、小学6年生・中学3年生・高校3年生で引退を迎えます。せっかく続けてきたことを、そこで必ず区切られてしまうんですよね」
クラブチームであれば、上のカテゴリーに入ることが決まっていれば引退してもすぐ練習に参加できる。しかし、学校というくくりがあると、そういうわけにはいかない。高校サッカーでいえば、選手権も一つの区切りとなる。
興國高校のサッカー部では、選手権が終わっても引退はない。大会終了後もサッカーを続ける者は、最終登校日まで練習に参加させる。
「選手権はあくまでも通過点。成長の場の一つだと思っています。ここで人生やサッカーとの関わりが終わりになるわけではないですしね。ここで勝てば、というような場面でも『思い切り楽しんでこいよ』と声を掛けます」
“高校生活の集大成”の場であったとしても、サッカーを続ける選手にはその先に未来がある。サッカーを本気でプレーするのを辞めることにしても、そこが人生の終わりではない。区切りがあっても、そこで全てが終わるわけではないのだ。
内野監督と現在のスタッフの下で育った選手から、Jリーグや海外でプレーする者も出てきた。
「そういう選手が出てきてくれるのはうれしいです」
けれども、内野監督にとって、プロ選手を育てることが全てではない。
「卒業生が、サークル活動や友人同士でプレーする時に『うまいなー!』と言ってもらってうれしかった、と報告してくれることもあります。1学年に100人いたとしても、プロになれるのは1人いるかいないかの厳しい世界です。それだったらサッカーを楽しんで、長く続けてほしいと思っています。卒業しても社会人になってもサッカーに関わって、自分の子どもにもサッカーをさせていってくれた方がいい。それがサッカー文化を根付かせるためにも良いことではないでしょうか」
監督自身、当時JFLだった愛媛FCを退団してからもサッカーから離れない人生を選び、のちに指導者となった。
「育てるというよりは、一緒に遊んでいたいという方が近いです。僕自身も楽しんでいたい。楽しくなかったら続けてられないでしょ?(笑)」
サッカーとは、「楽しむもの」。苦しむためのものではない。
インタビュー・文=前田カオリ(サッカーキング・アカデミー)
写真=安田健示(Photo Raid)
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