2013.12.04

「高橋陽一先生のアシスタント時代は好き勝手やっていた」 戸田邦和(漫画家)インタビュー前編

戸田邦和先生

戸田邦和先生

 塾長はあの『キャプテン翼』でおなじみの高橋陽一先生。

「マンガアカデミー翼塾」が12月に開講する。

 マンガを学ぶということはどんなことなのか。

 翼塾の講師を務める戸田邦和先生が、かつてアシスタントとして高橋先生の元で腕を磨いた時代を語る。

プロとしての意識をアシスタント時代に学んだ

――いつごろ、高橋先生とお会いしたんですか?

戸田邦和(以下、戸田) デビューして数本読切を描いた後ですね、まだ連載をする前。担当さんに誘われてボクシングのタイトルマッチに連れて行ってもらったときに、高橋先生もいらしていたんです。そのときはごあいさつだけでしたけど、その1年後ぐらいに高橋先生のボクシングマンガ『CHIBI』の連載1話目からアシスタントをさせてもらいました。リアルなプロの原稿に携わりたいのはもちろん、業界人とのつながりができると思ってお願いしましたね。それまでは担当の編集者さんと、担当さんの受け持ちの作家さんとちょっと会ってお話するぐらいしか機会がなかったので。

――アシスタントというと、絵を描くだけの作業というイメージがありますが。

戸田 背景ですよね。ベタホワイトとか最後の仕上げとか、トーン処理をやるんです。後に『キャプテン翼 ワールドユース編』の連載が始まったんですけど、けっこうサッカーボールって難しいんですよ。五角形、六角形の組み合わせのバランスに慣れてないと歪むんですよね。最初のころはサッカーボールを描くのだけでも苦労してました。

――ボールもアシスタントの方が描かれていたんですか?

戸田 全部じゃないんですけど、描くときもありましたね。サッカーボールの柄も難しいんですよ。読者の方からすると、ぱっと見て何々のボールだって印象でしかないですけど、実はすごく時間がかかってたりするんです。

――メーカーや時代によって柄が違いますしね。

戸田 そうなんですよ。僕らのころは宇宙みたいなデザインだったんですよ。それを点描を打って描いてましたね。

――アシスタント経験をすることで、今までの独学では得られなかったことを学べたと思いますが、一番はどんなことでしたか?

戸田 プロとしてやっていく上での意識ですね。それまでの自分がOKを出していた基準とは差がありました。プロは細かいところも丁寧に、すべてにおいて逐一クオリティーが高い。おそらく読者の目には見えないところですけど、どれだけきっちりと作るかっていうことを教わった気がします。他にも作業をしているときの時間。僕も早かったんですけど、でもこのクオリティーをこの時間で上げるんだ、とびっくりしましたね。時間があればいくらでもいいものが描ける、ただ限られた時間の中でいいものを描かないといけない、ということが勉強になりました。

高橋陽一先生と戸田邦和先生

経験を積んでやっと僕にもアンテナができた

――間近で接して、高橋先生がすごいなって思ったことは?

戸田 今でもすごいと思うことは、実は集中線をご自分で描かれるんですよね。30年以上マンガ家を続けられていて、いまだに自分で描かれているのは、普通に考えていないんじゃないですかね、高橋先生だけかもしれないです。集中線って人に任せられるポイントの一つなんですね。なので、何度かアシスタントに回っていたんですけど、いつからか回ってくることがなくなったんです。おそらく先生の中で何かが違ったんですよね。

――先生にしか分からない、こだわりがあるんでしょうね。

戸田 間違いなくあると思いますね。しかもうまいんですよ集中線。あと、当時の僕では感じてなかったことがありますね。例えば、先生から学ぶことがたくさんあったのに、僕のほうにアンテナがないからアドバイスを聞き流している状態だったんです。経験を積んでやっと僕にもアンテナができて、その時のことを今になって振り返って、こういうことだったのかと身に染みて痛かったりありがたかったりします。

――今は分からなくても、後に分かることも教えてくれていたんですね。

戸田 そうですね。あとは、アシスタントの方と作業していてふと、あの時の僕って失礼なヤツだったんだろうなとか思いましたね、相当好き勝手やっていましたし。若い頃って自信過剰じゃないですか。高橋陽一がなんぼのもんじゃいぐらいの感覚でいましたから。これはオフレコのほうがいいかな(笑)。大ヒット作家だって知っていましたけど、同じマンガ業界の中にいるライバルの一人という感じで、すごく生意気だったと思います。

――アシスタントはいつまで続けられてたんですか?

戸田 出たり入ったりはあったんですよ。読切を描くときは休ませてもらったり、連載が始まれば辞めたりと。あと先生の連載が終われば辞めますし。ワールドユース編の後は臨時でちょっと入ったことはありますけど、スタッフとしては入ってないです。中2年空いたりとか1年空いたりとかしましたけど、その間に3本ぐらい連載はしているので。なんだかんだで10年ぐらいお世話になってますね。

――ということは高橋先生のアシスタント中に、初連載が始まったんですね。

戸田 そうです。水面下では、『ジャンプ』での連載を目指してネームを作っていたんです。その中で自信があった作品があったんですね。それを、当時担当の編集者さんにそれを見せたら、なんでこんなの描いたの?って、1時間ほど問い詰められて(笑)。でも、そういうふうに言われるだろうと思っていたんですね、これは『ジャンプ』向きじゃないと分かっていた。なので、すぐ知り合いの人に紹介してもらって、『チャンピオン』さんに持っていったんです。そこから連載の方向に動きましたね。

――それが『RAIN DOG』。

戸田 不良マンガです。『クローズ』を描かれた髙橋ヒロシ先生の『キク』っていう不良マンガがあってすごく暗いんですね。それが僕の中の根っこにある部分に響いたんですよ。だから『RAIN DOG』もすごく暗い。友達を誰も信用しない暗い主人公が裏切られてっていう話なんです。

――その暗さが『ジャンプ』向きではないと。

戸田 まったく『ジャンプ』向きではない、どこにも向いてないかもしれないですけど(笑)。でも、その時はまったく心は折れなかったんですね、絶対どうにかなるというか、絶対面白いと思ってましたね。

(次回に続く)

マンガアカデミー翼塾 講師 戸田邦和(マンガ家) Kunikazu TODA
1969年9月16日生まれ、東京都出身。1991年、『週刊少年ジャンプ』の第41回手塚賞において準入選しデビュー。掲載作品に『MAX -マック鈴木の挑戦』などがある。後に『週刊少年チャンピオン』で『RAIN DOG』や『どうぎんぐ』、『スーパージャンプ』で『蒼き大地ブフ』を連載するなど連載作品が多数あり、『週刊ヤングジャンプ』などで実在の人物を取り扱ったストーリーものの読み切り作品を多数、掲載している。2005年からは『WORLD SOCCER KING』誌上で『龍時』を連載。マンガアカデミー翼塾では講師を務める。

インタビュー・文=佐藤功
写真=赤石珠央

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●サッカーキング・アカデミー「編集・ライター科」の受講生がインタビューと原稿執筆を、「カメラマン科」の受講生が撮影を担当しました。
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