文・写真=岡田仁志

タフなチームになった――11月27日に味の素スタジアムで行われた関東選抜との一戦を見て、そう思った。4週間後に迫ったアジア選手権大会の壮行試合。日本代表にとっては、チームの仕上がり具合を実戦の中で確認する最後の機会だった。相手の関東選抜は、日本選手権チャンピオンのFCアヴァンツァーレと、関東リーグを制したたまハッサーズの連合軍。即席チームのため連携には難があるものの、高いレベルの個人技を持つ選手の多い難敵だ。しかもこの日の代表は、右膝の十字靱帯を痛めたエース黒田智成を温存せざるを得ない。代表がこの相手を圧倒できるのかどうか、正直なところ、私は一抹の不安を抱いていた。
だが代表チームは、黒田の不在をまったく感じさせない動きを見せた。3-0の圧勝。肉体的にも、精神的にも、そしてチームワークの面でも、日本代表は強靱さを身につけたように思う。
まず目立ったのは、シュート力の向上だ。昨年の世界選手権を無得点で終えて以降、シュートの強度と精度を高めること――つまり「威力のあるシュートを枠内に撃つ」こと――が、このチームの大きな課題だった。攻撃陣の連携によってチャンスは数多く作るものの、フィニッシュが決まらない。10月の仙台合宿あたりから、シュート練習ではその課題が徐々に克服されつつあると感じていたが、実戦でどこまでやれるのかは未知数だった。
しかし代表チームが決めた3つのシュートは、いずれもサッカーらしい力感に溢れた爽快なゴールだった。それ以外にも、これまであまり聞かれなかった「ドスン」という衝撃音を残してゴールマウスをとらえ、観客のどよめきを誘う強烈なシュートが次々と飛ぶ。12月22日からの本番では、レフェリーが観客に静粛を求めるシーンがこれまで以上に増えるに違いない。

得点者は、佐々木康裕、加藤健人、山口修一の3人。ひとりの「大砲」に頼れない日本としては、こうして「どこからでも点を取れるチーム」になったのは実に大きい。先日終了した関東リーグで得点王(5試合で10点)となった佐々木は、シュートのみならず、敵DFに囲まれた場面でも、動ずることなくボールをキープする強さを見せた。下半身強化の賜物だろう。加藤は前々回の記事で「オフ・ザ・ボールの動き」に注目したが、このところシュート力のアップも目覚ましい。シュート練習を見て、そちらも「ひと皮剥けた」と感じていたが、この試合でも彼らしいファインゴールを見せてくれた。
そして、この試合で最大の「嬉しい誤算」は、山口の活躍だ。現在の代表選手の中で、2002年に韓国代表と初の国際試合を戦った「初代日本代表」のメンバーだったのは黒田と彼の2人だけだが、山口は学業や就職活動の関係で、2008年から2009年にかけて代表を離れていた。その分、ここ1年はやや動きに精彩を欠いていたのも事実である。
しかし試合前日に八王子で行われた練習では、GK泣かせの厳しいコースに正確なシュートを連発。本来は守備的な選手だが、監督の風祭に「ヤンマー(山口)、トップ(のポジション)を狙うてるんちゃうか?」と言わせたほどである。私が練習中に「シュートがすごく良くなったよね?」と聞くと、「そうですか? たまたまやと思いますけど」などと関西人らしいトボケ方をしていたが、壮行試合終了後に「やっぱり、かなりシュート練習したでしょ」と突っ込むと、「はい、しました」と素直に認めた。
「最近は大阪の仲間とあんまり一緒に練習できないので、ひとりで練習することが多いんです。そうなると壁が相手なので、シュート練習ぐらいしかできない。自分の仕事は守備だと思っていますから、とくにシュート力を上げようと思ってたわけやないんですけど、結果的にはそれが良かったのかもしれませんね」
一種の「怪我の功名」といったところだろうか。しかし関東選抜との試合では、守備面でも、4年前にスペインを下したときに見せたボールへの鋭い感覚が戻ってきたように見えた。チームは、最前線から最後方までどこでも使える貴重なカードを手にしたと言えるだろう。
[1]ゴールを守るGK安部尚哉と田中章仁。 [2]前線で機敏にプレスをかける山口修一。 [3]フェンス際で敵を挟み込んでボールを奪うプレイも試合展開を大きく左右する。その山口をはじめとして、今回の試合では控え組の底上げが確認できた。誰が出ても、全体のパフォーマンスがあまり変わらない。トップの交代要員である三原健朗と葭原滋男の2人も、敵ゴールを脅かす迫力ある攻撃を見せていた。日本はライバル国とくらべて平均年齢が高いため、連戦となる本番では、うまく選手を休ませながら戦う必要がある。巧みなベンチワークが求められるわけだが、交代のオプションが飛躍的に増えたことで、それも楽になるのではないだろうか。
もうひとり、この試合で存在感が際立ったのが落合啓士だ。守備的な位置で起用される時間帯が多く、得点こそなかったものの、「ピッチ上の監督」として味方に出す指示は実に的確だった。アイマスクをつけた状態で、彼ほど正確にフィールド全体を「見渡す」ことのできる選手はいない。ブラインドサッカーでは自分の位置を察知することさえ難しいが、彼は味方が取るべきポジションまでほぼ間違いなく指示できるのである。視覚障害者ならではの感覚というより、サッカーのセンスが抜群にいいのだろう。テレビ番組で盛んに「ムードメーカー」と紹介され(私も自著の中で彼のことをそう表現した)、その陽気なキャラクターばかり注目されがちな選手だが、いまや彼こそが代表の「ゲームメーカー」だと私は思っている。いや、むしろムードからゲームまで含めた「チームメーカー」と言うべきか。怪我の後遺症で苦しみ、一時は代表から身を引いたこともあったが、彼のいない日本代表など私には考えられない。
試合では、GK陣も好プレイを見せた。前半に安部尚哉、後半に佐藤大介が、それぞれ一度ずつ「右手1本」のファインセーブ。いずれも、左45度からファーサイドに撃たれた危険なシュートに反応したものだ。以前、安部に聞いたところによると、狭いGKエリアから出られないブラインドサッカーの場合、GKはまずニアサイドを意識するので、「ファーサイドのシュートにどう反応するかが課題」とのことだった。2人が揃ってそのコースを止めたことは、安心材料のひとつと言っていいだろう。だが守備陣としては、GKにファインセーブの機会を与えてはいけない。そこにシュートを撃たせたことは問題だ。試合後、DFの要である田中章仁にその点を聞いた。
「トップスピードのドリブルで入ってこられると、止めるのはなかなか難しいんです。だから、まずは中盤のチェックで相手の攻撃を遅らせるのが大事。今日はそこが甘くなったところで、危ない場面を招いてしまいました。自分が守備をする前に、後ろから指示を出して中盤の選手を動かすことをもっと徹底しなければいけないと思います。本番直前の合宿では、そこをしっかり確認したいですね」
前回の記事でも触れたとおり、いまの日本は、敵の攻撃を高い位置で潰すプレッシング・サッカーで新たな地平を切り開こうとしている。そこはまだ完成の一歩手前ということだろう。苦しい局面でも「声」の連携を崩さず、全員で足を動かすことができるかどうか。そこが最後に残された課題だ。
もうひとつ不安があるとすれば、この壮行試合に出場できなかった黒田の故障だろう。膝に違和感を覚えたのは、10月下旬の関東リーグの試合後、大学生相手の体験会でデモンストレーションをしたときだという。直後に医師の診断を受け、1ヵ月間、プレイを禁じられた。今回の合宿で故障後初めてプレイを見たチームドクターの木下裕光によれば「最悪の状態ではないのでホッとした」とのことだが、なにしろ2年前のアジア選手権で韓国から2つのゴールをもぎ取り、日本を世界選手権に導いたのが、黒田の右足である。盲学校の教員である黒田は、学期末の繁忙期に休暇を取って大会に出場するため、これから本番直前まで仕事で多忙をきわめるだろう。そのコンディション作りが順調に進むことを祈らずにはいられない。
黒田は、「今回の合宿で1ヵ月ぶりにボールを触って、あらためてサッカーのできる喜びを感じました」と言う。幼少時にアニメの『キャプテン翼』でサッカーの魅力に取り憑かれた彼は、23歳になるまで「サッカーのできない辛さ」を味わった。ひとりでボールを蹴ることしかできなかった視覚障害児が、大人になってからようやく巡り会ったのがブラインドサッカーだ。それから10年。ずっと目指し続けてきたパラリンピックの舞台まで、あともう少しである。
黒田だけではない。これから本番までの1ヵ月は、すべての選手にとって重要な調整期間だ。4年前、北京パラリンピックを目指して戦ったアジア選手権で、日本は現地での練習中にキャプテンの三原を故障で欠くことになった。あのような事態は絶対に起こしてはいけない。代表選手は、自分の仕事以外にも、イベント出演や取材対応などさまざまな活動に追われている。コンディショニングに支障が生じないよう、関係者には万全の配慮を望みたいところだ。サッカーのできる喜び。そのサッカーで、最高の舞台を目指して戦える喜び。それを選手から奪ってはいけない。
また、サッカーファンには、ひとりでも多く仙台でのアジア選手権に足を運び、日本代表に声援を送ってもらいたい。これは、本当に、心の底からお願いしたい。苦しくても、スタンドからの応援を聞くと最後まで走り抜くことができる――壮行試合の前に行われた壮行会では、落合がそんな話をしていた。私も、彼らは「心意気」で戦う男たちだと思っている。今回の壮行試合もそうだったが、大勢の観客に囲まれたときの彼らは、明らかにふだんよりも動きがよく、気持ちのこもったプレイを見せるのだ。過酷なほどの運動量を求められる日本のプレッシング・サッカーを完成させるのは、元気フィールド仙台のスタンドを埋めた大観衆の「声」なのである。