2014.02.05

「お勧めというより『知っておいた方がいいサッカー史のひとつ』だ」――いとうやまね

 2011年に産声を上げ、サッカーファン、映画ファンから熱い支持を集めてきた「ヨコハマ・フットボール映画祭」。今年も2月8日(土)〜11日(火/祝)の4日間で世界のサッカー映画の珠玉の作品か9作品を一挙上映! そこでサッカーキングでは映画祭の開催を記念し、豪華執筆陣による各9作品の映画評を順次ご紹介。今回は近著『フットボールde国歌大合唱!』でもポーランド代表を取り上げているいとうやまねさんより日本初公開となる『クレムリンに立ち向かった男たち ポーランド代表 ベスト4の真実』の映画評を寄稿いただきました。

クレムリンに立ち向かった男たち ポーランド代表 ベスト4の真実

「お勧めというより『知っておいた方がいいサッカー史のひとつ』だ」いとうやまね

 カメラは無機質な通路を舐めるように進むと、右にパンする。そこには小さな礼拝堂がある。奥にぼんやりと見えるのは、モンセラートの「黒いマリア像」のレプリカだ。

 「あ、ここ知ってる!」

 という人は、バルサの本拠地『カンプ・ノウ』のスタジアムツアーに参加したことのある人だろう。ロッカールーム横にある小さな空間で、試合前にお祈りをする選手もいる。

 タイトルバックは、同スタジアム内部のイメージ映像から始まる。1982年W杯スペイン大会の「ソ連対ポーランド戦」の行われた会場だ。BGMはかなり陰鬱で、東欧中欧の暗さ大好き人間にはたまらない出だしである。

 この映画は、時代に翻弄され続けたポーランド代表と、ポーランドの民主化運動を推し進めた組織「連帯」の活動家たちを二本柱に据えたドキュメンタリー作品である。1981年12月に国内に戒厳令が敷かれ、1983年に解かれるまでの期間を、元代表選手と政治犯として収監されていた「連帯」メンバー、スポーツジャーナリストらの証言で紡いでいる。

 舞台はソ連の影響を受けている時代のポーランド。1980年夏に起きた大きなストライキを機に、民主化への機運が一気に高まった。その中心となったのが独立自主管理労働組合「連帯」。リーダーは後の大統領レフ・ワレサである。
ちょうど同じ時期、サッカーポーランド代表は二年後に控えたW杯の予選を戦っていた。当時は選手が何かを発すればすぐに政治利用されてしまう、そんな時代だった。それは政府側にも、反政府側にもである。

 『まるでソ連の属国だよ』

 そう語り始めるのは、ズビクニェフ・ボニエク元ポーランド代表FW。後にユベントスやローマで活躍した伝説的なプレーヤーである。選手たちは徐々に口を噤むようになり、それはW杯が終わり国外クラブに移籍が完了するまで続いた。面倒事に関わりたくないのと、当局にパスポートを取り上げられるのを恐れていたからだ。

 一方、「連帯」メンバーはここぞとばかりに世界に向けてアピールした。W杯本大会のバックスタンドには、ソルダルティ(連帯)と記された巨大な「連帯旗」がはためき、映像修正されることなく各国に配信された。「サッカーと政治は無関係」などという甘ったるい言葉が、何の意味も持たないのが良くわかるシーンである。

 さて、この映画だが純粋なサッカー映画とは言い難い。というのも、監督であるミハウ・ビェラフスキは当初「連帯」についてのドキュメンタリー映画を考えていたようなのだ。政治犯の取材をする中で、ふとしたことからW杯との絡みを発見し、軌道修正したらしい。そのあたりの力技ともいうべき荒々しい繋ぎ方は、この映画の魅力のひとつになっている。

 モノクロ映像には、ところどころポーランド国旗の赤が彩色され、印象的な画面作りになっている。たびたび画面に登場する「連帯」メンバーが作った「判子」のグラフィックは、当時の熱や、逆にやるかたなさを、スクリーン越しにシニカルに伝えてくる。

 この映画の特徴のひとつに、静止画によるアニメーションがある。手法自体は昔からあるオーソドックスなものだが、非常にセンスがいい。実写で追い切れないエピソードや、収容所内などの描写をコミック系イラストレーターの平面作品で代用している。これが実に効果的だ。ヤヌス・オードンという名前をコミック版『ヘルレイザー』で知っている人もいるかもしれない。興味のある人は検索してみてほしい。

 健やかなるサッカーファンにはややヘビーな題材だが、スタートして30分あたりから襲ってくる眠気に打ち勝てば、やがて後半のW杯のシーンが始まる。ポーランド代表には、前述のボニエクをはじめとして、ラトーや、小野伸二とフェイエノールトで同僚だったスモラレクのお父さんも出てくる。

 対戦相手の選手も見逃せない。イタリア代表には、ディノ・ゾフ、ブルーノ・コンティ、パオロ・ロッシが、フランス代表にはジャン・ティガナの姿もある。後にユベントスでボニエクと名コンビとなるミシェル・プラティニはベンチにいたようだ。
問題のソ連代表だが、バロンドーラ―のオレグ・ブロヒンが出場している。ACミランで活躍したアンドリー・シェフチェンコは、ブロヒンの「ウクライナの矢」という愛称を継承したことで有名だ。

 他にも、ポーランド代表のローマ法王謁見シーンなど、興味をそそられる場面がいろいろとある。同郷であるヨハネ・パウロ二世は、ポーランドの民主化に大きな影響をもたらした人物である。バチカンでの謁見には共産党の監視の目が光っていたことは言うまでもない。実際に、この後すぐに強制帰国させられた選手もいるというから驚きである。

 個人的に興味深かったのは、W杯のメダル授与式の場面なのだが、みなさんはどこに興味を持たれるだろうか?

 原題の『MUNDIAL』は「ワールドカップ」のことだが、元の意味は「世界」である。映画の終盤に「ワールドカップは世界への窓だった」という言葉が出てくるシーンがある。その後にも『świat(世界)』というポーランド語が何度も続けて出てくる。そこはこの映画の肝なので気を付けて見ていただきたい。この映画はお勧めというより、「知っておいた方がいいサッカー史のひとつ」である。

【プロフィール】
いとうやまね
サッカー専門誌のコラムニストとして、またサッカー専門TV、海外サッカー実況中継のリサーチャーとしても活動。近著には、国際試合における国歌斉唱とその内容や背景、歴史に迫った『フットボールde国歌大合唱!』(東邦出版)、サッカー人の家族を描いた『プロフットボーラーの家族の肖像』(カンゼン)がある。『蹴りたい言葉』(コスミック)、『攻略ガゼッタ・イタリア語でカルチョ情報をGETしよう!』『トッティ王子のちょっぴしおバカな笑い話』(沖山ナオミとの共著・ベースボールマガジン社) など著書多数。

『クレムリンに立ち向かった男たち ポーランド代表 ベスト4の真実』

(ポーランド/ドキュメンタリー/95分/2010年制作)
上映:2月8日(土)10:30~/2月10日(月)17:00~/2月11日(火・祝)13:00~
監督:ミハウ・ビェラフスキ
出演:ズビグニェフ・ボニエク/アントニ・ピエニツェク/グジェゴシ・ラトー/ヴワディスワフ・ジュムダ
舞台:1982年ワールドカップ スペイン大会
© Unlimited Film Operations

【ヨコハマ・フットボール映画祭2014について】

世界の優れたサッカー映画を集めて、2014年も横浜のブリリア ショートショート シアター(みなとみらい線新高島駅/みなとみらい駅)にて2月8日(土)・9日(日)・10日(月)・11日(火/祝)に開催! 詳細は公式サイト(http://yfff.jp)にて。

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