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育成年代のリーグ戦定着に尽力した17年前の二人の想い

2014.03.10

 本連載の著者である安藤隆人氏は、元銀行員という異色の経歴を持つサッカージャーナリスト。今では、高校サッカーを中心に日本列島、世界各国を放浪し精力的な取材を行っている。巷ではユース教授と呼ばれる。本連載では安藤氏の“アンダー世代”のコラムをお届けする。

文=安藤隆人

 7日に都内のJFAハウスで開かれた高円宮杯プレミアリーグ2014記者会見。この会見に出席をした林義規実施委員長と、昨年度チャンピオンの流通経済大柏の本田裕一郎監督が、報道陣からの「リーグ戦文化が定着して、いい流れが出来つつある。それについてどう思うか?」という趣旨の質問があったときに次のような反応は示した。

 本田監督は隣に座る林氏を見て、「夢のようだね」と切り出した。それに対し、林氏も深くうなずくと、本田監督はこう続けた。

「あれは17年前、飲みの席で、『九州に負けられねえぞ』という話から始まったことが、こんな風になるなんて…」。

 それに対し、林氏も「本田先生と確か新潟で一杯やっていた時、『このままではダメだぞ』と本田先生の言葉から、この年代でもリーグ戦をやろうという話になった。選手権が物凄く大きいですが、予選は11月、東京のようにチームが多いところは8月、9月で終わってしまうチームが出てしまう。これもおかしいと言うことを含め、本田先生を中心に有志の指導者が集まって、5年間我々の手でグラウンドを探し、レフリーも頼み、任意のリーグ戦をスタートさせたことから始まった。本田先生のアイデアと関わった指導者の皆様の情熱の賜物。昨年度は流通経済大柏が優勝し、私が賞状を本田先生に渡すことが出来た。言いだしっぺの2人がそうなれたのは、凄く感慨深かった」と、熱い思いを語った。

 林氏は現在も暁星高校サッカー部の監督であり、前田遼一(磐田)らを育てた名将でもある。この2人が中心となり、多くの高校サッカー指導者が関わって、ユース年代にリーグ戦文化を定着させてきた。最初は関東スーパーリーグ、関西スーパーリーグ、中日本スーパーリーグと言った任意のリーグだったが、徐々にそれが全国に広がり、全国各9地域に渡るプリンスリーグ誕生につながった。そして、プリンスリーグの上にプレミアリーグという全国リーグが誕生し、今年で4回目を迎える。

「選手権ですべてが完結されたらダメ。勉強と同じで、サッカーも日常が大事。これが頂点に9地域のプリンスリーグ、そして47都道府県のリーグが整備されて、ようやく土壌が出来た」(林氏)。

 ユース年代の強化に直結するシステムの構築に尽力した、2人の功労者が肩を並べた記者会見。出席した報道陣は僅かだったが、そこには間違いなく、日本サッカーの礎の一つがあった。

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