2018.06.22

【コラム】ロナウジーニョ…サッカーを楽しみ、サッカーファンを楽しませた「笑顔のマジシャン」

2002年W杯でワールドクラスの仲間入りを果たしたロナウジーニョ [写真]=Getty Images
サッカー総合情報サイト

 ロシアでは連日ワールドカップの熱戦が続いているが、出場32カ国の中で優勝候補の筆頭はやはりブラジルだろう。6月17日に行われたスイスとの初戦こそ引き分けに終わったが、攻守にスターがそろう陣容を見れば期待せずにはいられない。

 そんなカナリア軍団をリードするのはもちろんネイマールだ。スイス戦では相手の徹底マークを受けて不発に終わったが、1試合で記録した「10回」という被ファウル数が存在の大きさを物語っていた。変幻自在のドリブル、予測不能のトリックプレー、豊富なアイデアと華麗な足技……。ネイマールのプレーはサッカー王国のエースと呼ぶにふさわしい。

 そのネイマールが「超えるのが難しい遺産を残した。フットボールをアートにした」と称賛し、敬愛の念を隠さないスーパースターがいる。元ブラジル代表のロナウジーニョだ。

 ネイマールの言葉どおり、ロナウジーニョはフィールドの「アーティスト」という呼び名がぴったりの選手だった。ひとたびボールを持てば、次の瞬間に何が起こるか誰にも予測できなかったし、その発想力にはいつも胸が踊った。体のいたるところを使ってボールをピタッと止め、高速の“エラシコ”や、鮮やかな“ナツメグ”(股抜き)を繰り出してDFを置き去りにする。そこから繰り出すのは、観る者すべてがあっけにとられるようなノールックパスや、正確にコントロールされたビューティフルショット。ファンを楽しませることに誰よりもこだわり、何より自分自身がボールと戯れることを心から楽しむ。それがロナウジーニョという選手だった。

自身初のW杯で優勝に貢献。イングランド戦では決勝点を挙げた [写真]=Getty Images

 ロナウジーニョが一躍スターの仲間入りを果たしたのは、2002年の日韓W杯だった。当時はまだ若手だったが、ロナウドやリヴァウドら偉大な先輩たちにまじってハツラツとプレー。とりわけ、30メートル超の距離からデイヴィッド・シーマンが守るゴールを射抜いた準々決勝イングランド戦の決勝弾は印象深い。その1年後、母国の優勝に貢献した「笑顔のマジシャン」はパリ・サンジェルマンからバルセロナへとステップアップを果たすことになる。

 バルセロナでプレーした03年から08年は文字どおり飛ぶ鳥を落とす勢いだった。敵地で2ゴールを挙げ、宿敵レアル・マドリードのファンからスタンディング・オベーションを受けた05−06シーズンのクラシコは今も語り草だ。バルセロナをリーガ連覇とチャンピオンズリーグ優勝に導いて、05年にはバロンドールとFIFA最優秀選手賞をダブル受賞。名実ともに世界ナンバーワンのプレーヤーに上り詰めた。

ロナウジーニョのプレーは対戦相手のファンをも魅了した [写真]=Getty Images

 現実離れしたファンタスティックなプレーは、同胞のネイマールだけでなく、バルセロナでともにプレーした若き日のリオネル・メッシにも多大な影響を与えた。2人は今やフットボール界を代表するスーパースターとなったが、後輩たちが時に大きなプレッシャーに苦しみ、辛苦に耐えながらプレーしているのに比べ、全盛期のロナウジーニョははるかに自由奔放に、本能的に、ピッチでの自己表現を楽しんでいたように思える。ピッチ外では夜遊びに興じ、それが批判を呼ぶこともあった。トップに君臨した時期がそう長くなかったのも、それが原因の一つだったかもしれない。しかし、ちょっと“抜けたところ”があったからこそ、そのプレーは遊び心にあふれ、観る者を魅了したのもまた事実だろう。

「Joga Bonito」(ジョガ・ボニート)。ポルトガル語で「美しく遊べ」という意味のこのフレーズは、サッカー王国ブラジルの代名詞だ。ロナウジーニョはこの言葉を真の意味で体現していた選手だった。

文=大谷駿

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