2014.08.31

氷水で再注目…ALSで1年前に逝去した元伊代表、広がっていた支援の輪

2010年、ボルゴノーヴォ氏自伝出版の際、周りを囲むバッジョやアルベルティーニ、バレージ、リッピ、マルディーニ [写真]=Getty Images
イタリア・ジャーナリスト協会会員。ミラノ在住。

文=赤星敬子

 イタリアのサッカーファンは今回のアイス・バケツ・リレー・ブームで再び、ALS(筋委縮性側索硬化症)について深く考えずにはいられなかっただろう。

 それは2008年秋、ある元サッカー選手がフィオレンティーナの本拠地であるアルテミオ・フランキ・スタジアムに姿を見せたことから始まった。彼の名はステファノ・ボルゴノーヴォ。コモ、フィオレンティーナ、ミランなどで活躍し、イタリア代表でもプレーした。1996年に32歳で引退してから、コモの若手チームの監督などを務めた。そんな彼の衝撃的な事実は、難病ALSとの闘病中であることだった。

 ALSを知ってもらおうとボルゴノーヴォ財団を立ち上げ、そんな彼の力になろうと元チームメイトや関係者たちはチャリティーマッチを企画した。同年10月8日、フィオレンティーナ時代のチームメイト、ロベルト・バッジョに押される車いすに座ったボルゴノーヴォ氏は、喉に人工呼吸器をつけた状態で姿を見せた。身をもってALSがどんな病気かを示したのだ。ALSについてはもはや説明するまでもないだろう。特殊な点はサッカー選手の発症率が異常に高いことだ。ある統計によると全体では10万人に2人という発症率も、サッカー選手となると3万人に43人と激増する。

 この日のチャリティーマッチではフィオレンティーナ対ミランという対戦で、ミラン側もバッジョ、パオロ・マルディーニ、ロベルト・ドナドーニ、ダニエレ・マッサーロらがプレーした。フィオレンティーナにも属していたバッジョもPKを蹴った。現役時代を知っている同世代の人々には、まだ40代前半の往年のプレーヤーが、ピッチ脇で試合を見つめる姿がどのように映っただろうか。

 また、ボルゴノーヴォ氏と同世代の元選手たちにも強い印象を与えた。チャリティーマッチは翌2009年3月にジェノバで、2009年9月にはミラノで次々と行われた。スタジアムの観客もALSについて、また人生について様々な想いを抱いた。2010年4月には、同氏の自伝「FWとして生まれて」も発表された。ボルゴノーヴォ財団のサイトも順調にアクセスを伸ばした。

 とうとうボルゴノーヴォ氏は2013年6月27日に息を引き取った。享年49歳。バッジョは「この難病、苦しみと闘ったステファノは私たちにとって真の英雄だ。私たちは共にイタリア代表入りし、夢を実現させてきた。チャオ、ステファノ」とその死を悼んだ。

 マリオ・バロテッリは「あなたの勇気と力は人生が何かと教えてくれた」とSNSにつづった。その直後のコンフェデレーションカップの準決勝スペイン戦で、アッズーリは喪章をつけてプレーし、偉大な先輩に敬意を表した。

 あれから1年が過ぎ、アイス・バケツ・チャレンジという形でALSが知られるようになった。先日、イタリアのレンツィ首相から指名されたバッジョはUEFA(欧州サッカー連盟)のミシェル・プラティニ会長とFIFA(国際サッカー連盟)のゼップ・ブラッター会長、そして故ボルゴノーヴォ氏のシャンタル夫人の名を挙げた。

「近年でALSと闘うため、第一線で生きてきたヒロインだから」と言うバッジョの言葉を受け、シャンタル夫人は水をかぶった。そしてこの難病について研究している知人とFIFAの関係者の名前と、そしてまた「全てのサッカー代理人にバトンタッチします」とリレーした。逝去から1年、誰もがボルゴノーヴォ氏の一生に想いを馳せ、生き抜いた勇気に拍手を贈ることだろう。

※ボルゴノーヴォ財団HP
http://fondazionestefanoborgonovo.it/

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