これぞまさに「カルトヒーロー」である。ユーロ2016のグループステージにおいて、18年の代表歴で待ちに待った初の国際舞台を踏んでいるハンガリー代表GKガーボル・キラーイが、絶大な存在感を放っている。
オーストリアとの初戦で「大会史上初の40代プレーヤー」となった守護神は、そこで好セーブを連発。トレードマークである“グレーのトレパン”は泥にまみれたが、大会のダークホース候補と期待されたオーストリア攻撃陣を相手にクリーンシートを達成し、ハンガリーを44年ぶりのユーロ勝利に導いて自身の大記録に花を添えた。
「20年もこれを履いてきた。そして、いくつものインタビューでそれを説明してきた。僕はプロ24年目で、もう1年目じゃない。ただ、有名な大会だから多くの人が見ているんだろうね」
オーストリア戦後、常にオーバーサイズのスウェットパンツに身を包む独特なルックスについて聞かれたキラーイは、そう答えただけで「次の質問」と話題を切り替えた。見た目じゃなく、もっとパフォーマンスやチームの歴史的勝利について聞いてほしい。そんなプライドもあったのだろう。それでも、本人の思いとは裏腹に、それまでは知る人ぞ知る光景だった特異なスウェット姿はこの試合で世界中に知れ渡った。たとえばカナダでは、情報番組の出演者がみな“スーツの下にトレパン”という姿でカメラの前に立ってキラーイの活躍を紹介するなど、ちょっとしたブームが巻き起こっているのだ。
本人も言う通り、彼がトレパンでプレーする理由はすでに広く報じられている。20年前、母国の寒くて凍った芝や、土のグラウンドでプレーしていたから長ズボンを選んだこと。動きやすさを重視してワンサイズ上を選んだこと。最初は黒を履いていたが、ある試合で「洗濯中」だったためグレーで代用すると、そこからチームが勝ちはじめて降格を免れたこと……。このときからグレーのトレパンは彼にとって幸運のしるしとなり、大事な“ゲン担ぎ”になったのだ。
代表のチームメートであるゾルタン・ゲラいわく、キラーイには他にも「無数の縁起担ぎ」があるという。愛車はずっとミニクーパー。チームバスからは最初に下りる。すねあては左足から。試合前は大好きなボン・ジョヴィの『It’s My Life』を聞く。ユニフォームの下には、背番号13と虎の絵が描かれた黒のバスケットボール・シャツを着る……そんな具合に、数えきれないほどのルーティンがあるのだ。
さらに、ゲラはこう続ける。
「ジョークで言うわけじゃなく、彼は今大会、あのパジャマで寝ているんだぜ」
その出で立ちから「パジャマ・マン」の愛称を持つキラーイは、なんと本当にトレパンのまま就寝しているらしい。これも彼にとっては欠かせない大切なジンクスなのだろう。
アイスランドとの第2戦では、初戦で更新した大会最年長出場記録を「40歳78日」とさらに伸ばしたキラーイ。今度はトリッキーでお茶目なノールックスローを見せるなど、またしてもファンを楽しませたが、その一方ではPK献上に繋がる痛恨のファンブルというミスも犯してしまった。
それでもチームはなんとか追いついてドローをもぎ取り、2試合を終えた時点でハンガリーは堂々のグループF首位に立っている。すでに勝ち点4ポイントを獲得していることから、最終節のポルトガル戦を前に決勝トーナメント進出が確定した。
風変わりなキャラクターと、よくも悪くも人々の心に残るプレーぶりでカルト的な人気を博すキラーイとハンガリーの仲間たちは、この大舞台で果たしてどこまで勝ち残れるのか。
ちなみに、キラーイが今大会に持ってきたスウェットパンツは「3枚だけ」。もしハンガリーが準々決勝や準決勝まで勝ち進むような特大サプライズチームになるようなら、歴代のトレパンが大量に眠っているという自宅のワードローブから、もう何枚かフランスに送ってもらう必要があるかもしれない。
(記事/Footmedia)