16年ぶりのユーロ制覇を目指す開催国フランス [写真]=Getty Images
まず、何をおいても一番大事なこと、それは『初戦に勝つこと』だ。それはどの出場国にも共通することだが、開催国にとっては何倍もの意味をもつ。
彼らにとっての初戦は今大会の開幕戦。ここを勝ち星で飾ることができれば、選手たちの脳には「最難関地点は越えた」というポジティブなイメージが刻まれる。そこから生まれる心の余裕が、次に迎える試合で思い切り戦える活力となるのだ。しかし、フランスは大変な難敵を初戦の相手に引き当ててしまった。ガチガチの守備でゴール割らせないことで知られるルーマニアだ。
直近の6試合でも、フランスは2勝のみであとの4試合は引き分けと勝率は良くない。2008年のユーロでも彼らとグループリーグで対戦しているが、このときは絵に描いたような“2枚のカーテン”で守りを固められ、エースのベンゼマは完全に孤立させられた末に0-0で引き分けた。
ルーマニアの算段はおそらく、フランス戦はドローを死守して、残りのスイス、アルバニア戦で勝ち点をあげて2位通過することであるから、カウンターのチャンス以外では守備に専念してくることだろう。
その相手に対してフランスは、どう勝利を挙げるか?
現代表は、近年のレ・ブルーにはなかった攻撃力を武器としている。
中核はアトレティコ・マドリードでエース級の活躍をしているアントワーヌ・グリエスマン。今シーズンからマンチェスター・Uに入団したアントニー・マルシャルも、プレミアリーグデビュー戦の対リヴァプール戦で初ゴールを挙げると、公式戦で計18得点。ただでさえ馴染むのに時間がかかると言われるイングランドで、FAカップ準決勝といった致命的な一戦で得点できる能力も大きく評価されている。同じくプレミアリーグのウェストハムで一躍フリーキック王となったディミトリ・パイェ、新天地メキシコのティグレで今シーズン34得点と大爆発のアンドレ・ピエール・ジニャクと、持ち味の違う攻撃手が集まっている。
僚友マチュー・ヴァルブエナの『セックステープ事件』に巻き込まれたカリム・ベンゼマは本戦を欠場することになったが、今ではそれもかえって良かったと言われている。ベンゼマがいるとどうしても彼を中心とした攻撃スタイルとなり、個々の個性をいかしきれないケースが多々あるからだ。
布陣はおそらく、オリヴィエ・ジルーかジニャクがポスト、スピードでかき乱せるマルシャルがサイド、グリエスマンがフリーロールの3トップ。そこにポール・ポグバ、ブレーズ・マテュイディら、攻撃力の高いMFが絡む。
攻撃オプションも、マルシャルがサイドをえぐり、どこからでも点がとれるグリエスマンはゴールエリア内での決定力が向上、パイェはセットプレーで強力な武器となるなど多彩だ。そこで必須なのは「忍耐」。拒まれても腐らずに攻め続けていたときにチャンスはすぽっとやってくる。それを逃さずモノにすること。
この試合を勝ち星で飾ることができれば、優勝に必要なタスクの6割は達成したといっていい。エースのグリエスマンは、CL決勝戦では痛恨のPK失敗を喫して優勝を逃したが、傷心をひきずらすにこの大会で奮起する勢いで臨むことができれば、レ・ブルーの攻撃ラインは活性化するだろう。
もうひとつ重要なポイントがある。守備問題だ。
前述のとおり攻撃力が売りの現代表は、攻撃手の人材は豊富に抱えている。本メンバーの23人に入れたいのに泣く泣くリザーブメンバーにまわした選手もいる。ハテム・ベン・アルファやアレクサンドル・ラカゼットらだ。
しかしながら、守備陣はまったく逆の状態。メンバー選びに難航するほど、人手不足だ。ディディエ・デシャン監督政権下の“鉄板4バック”は、右からバカリ・サニャ、ラファエル・ヴァラン、ローラン・コシェルニー、パトリス・エヴラ。中でもヴァランは、14年のブラジル・ワールドカップ以降の代表戦には全戦すべてに出場し、指揮官のプレー哲学を完全に理解している存在だった。ところがその彼が左腿の故障で本戦を欠場することになってしまった。
代わりに急遽招集されたのはセビージャで活躍中のアディル・ラミだ。2013年6月から代表から離脱しているが、所属するセビージャではレギュラーに定着し、ヨーロッパリーグ決勝戦にも先発出場と好調をキープしている。今シーズンはケガがちで、レアル・マドリードでも満足いく結果を出せていなかったヴァランよりもむしろラミの起用は奏功するのでは、と見る声もあるが、代表と所属クラブでのパフォーマンスが一致するとは限らない。
そこへさらに、23日のスペイン国王杯、バルセロナ対セビージャ戦で右ふくらはぎを傷めたジェレミー・マチューの負傷欠場も発表された。
代わりに正メンバー入りしたのはサミュエル・ウムティティだ。22歳の彼は、リヨンではすでに数シーズン主力メンバーでプレーしているが、A代表は未経験。
予選で活躍したママドゥ・サコを入れたいところだったかもしれないが、3月にドーピング検査にひっかかって謹慎処分になっていたこともあり、デシャン監督は最初から構想から外していた。
少ない選択肢から選んだメンバーからすでに2人の負傷離脱者。代わりに招集できたのが経験の浅いメンバーというのは、デシャン監督にとっては頭の痛いところだ。
センターバックの一席を占めるのはコシェルニーだが、ハードタックラーで対人守備に強い彼とコンビを組ませるのは、ゲームの流れを見通せて、ディフェンスラインを統制し、ポジショニングに優れた知性派が理想的だ。
準備合宿では、ウムティティ、ラミ、エリアカン・マンガラを交互で試して最善のフォーメーションを模索しているが、約2週間という短い期間で、ピッチ上の選手たちが自信を持ってプレーできるベストな守備布陣を完成させることができるか。
この厳しい課題をクリアすることが、フランス代表の成功を大きく左右することになる。
文=小川由紀子