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11年ぶりのFAユース杯制覇を目指すマンU! 前回優勝メンバーたちの現在地

2010-11シーズンのFAユース杯決勝に出場した選手たち [写真]=Getty Images

 11日に『オールド・トラッフォード』で開催されるFAユースカップ決勝では、マンチェスター・Uとノッティンガム・フォレストのU-18チームが対戦する。

 ノッティンガム・フォレストが1952年に始まった同大会で決勝に進出するのはこれが初めて。一方のマンチェスター・Uは、史上最多となる10度の大会制覇を誇るが、近年はファイナルの舞台から遠ざかっていた。決勝を戦うのは2010-11シーズン以来で、通算15回目。ホーム&アウェイの2試合制で行われた11年前の決勝で、マンチェスター・Uはシェフィールド・Uに対し、アウェイでの第1戦を2-2で引き分けると、『オールド・トラッフォード』でのセカンドレグを4-1で制し、優勝トロフィーを掲げた。

 スター選手の登竜門となるFAユース杯だが、マンチェスター・Uの前回優勝メンバーはどんな顔ぶれだったのだろうか。今回は、2010-11シーズンのFAユース杯決勝に、マンチェスター・Uのスタメンとしてピッチに立った選手たちの現在地を紹介する。なお、ポール・マクギネス当時監督は、全く同じ先発メンバーで第1戦と第2戦に臨んだ。

※カッコ内は現所属クラブ
[写真]=Getty Images

■GK:サム・ジョンストン(ウェスト・ブロムウィッチ)

サム・ジョンストン

 マンチェスター・U時代に一つだけ後悔があるとすれば、トップチームでデビューできなかったことだという。EURO2020直前にイングランド代表デビューを果たし、大会にも控えGKとして参加したサム・ジョンストン。15年間所属したマンチェスター・Uではダビド・デ・ヘアの壁に阻まれ、トップチームでは一度もピッチに立つことがなかった。ローン移籍を10度も繰り返した末に、2018年にチャンピオンシップのウェスト・ブロムウィッチへ完全移籍。正ゴールキーパーの座をつかみ、2年後には昇格の立役者となり、27歳で初めてプレミアリーグの舞台に立った。チームは1年で2部に舞い戻ることになったが、サポーターとチームメイトから2020-21シーズンのクラブ年間MVPに選ばれたジョンストン。シーズン終了後には1年延期となっていたEURO2020のメンバーに抜擢された。

 以前、『Manchester Evening News』の取材に対し、マンチェスター・Uで過ごした日々について「フットボールだけではなく、人生を学ぶことができた。後悔はない」と語ったジョンストン。しかし「あれだけ長く在籍したのだからデビューはしたかったね」と付け加えることを忘れなかった。

■右SB:マイケル・キーン(エヴァートン)

マイケル・キーン

 アレックス・ファーガソン氏の下でトップチームでのデビューを飾ったのは、FAユース杯優勝から約5カ月後のことだった。ピッチに立つことにこだわり、まずはチャンピオンシップへのローン移籍で経験を積んだマイケル・キーン。2014年夏にプレミア復帰を果たしたバーンリーにローンで加わり、その半年後に完全移籍。ショーン・ダイシ前監督の下でプレミアリーグ屈指のセンターバックに成長した。2017年3月にイングランド代表デビューを果たすと、同年夏には古巣マンチェスター・Uを含め、国内のビッグクラブがこぞって獲得に名乗りを上げた。出場機会を優先したM・キーンは、ロナルド・クーマン氏が率いるエヴァートンを新天地に選んだ。

 加入当時、「このクラブを選んだ一番の理由は監督だ。バルセロナやオランダ代表で僕と同じポジションでプレーしていたワールドクラスのプレーヤーだった。彼の志向するスタイルが自分と合っているとも感じていた」と熱い思いを語ったM・キーン。クーマン氏は翌年に退任したが、M・キーンはその後もエヴァートンを率いた全5人の監督の下でレギュラーとしてプレーを続けている。

■CB:トム・ソープ(無所属)

トム・ソープ

(写真は2011年4月のもの)

 11年前のマンチェスター・UをFAユースカップ優勝に導いたキャプテンは謎に包まれている。マンチェスター生まれで16歳の時にマンチェスター・Uの下部組織に加入したトム・ソープ。同U-18とリザーブチームでキャプテンを務め、U-16からU-21までイングランド代表でもプレー。2014年9月にウェストハム戦でプレミアリーグでのデビューも果たし、将来有望なセンターバックとして期待された。しかしその後は出場機会を得ることができず、2015年夏に契約満了に伴いマンチェスター・Uを退団した。

 その後は当時チャンピオンシップのロザラム・ユナイテッドと契約を交わすも、2年連続でローンに出されたソープ。2017年にマンチェスター・Uの大先輩であるテディ・シェリンガム氏が監督を務めていたインド・スーパーリーグのATKと契約を交わした。しかしシェリンガム氏が2018年1月で解任されると、ソープも同年夏に退団。当時まだ25歳だったが、ATKでのプレーを最後にプロのクラブではプレーをしておらず、サッカー界の仕事にも携わっていないとのこと。『Manchester Evening News』がこれまでに何度か接触を図ったが、いずれも失敗に終わったという。

■CB:ミケーレ・フォルナシエ(モノポリ)

ミケーレ・フォルナシエ

(写真は2016年10月のもの)

 FAユース杯の決勝の舞台に立ったことは、ミケーレ・フォルナシエのキャリアにおいて最高の思い出の一つとなっている。2009年にフィオレンティーナのユースからマンチェスター・Uの下部組織に移籍した元イタリアU-19代表DF。4年間在籍したマンチェスター・Uでは、トップチームの選手としては一度もピッチに立つ機会が訪れなかった。しかしイングランドで過ごした日々を「最高の経験だった」と振り返るフォルナシエ。「人間として、選手として、僕を形成してくれた。若い選手が成長するのに最高の環境だった。一流の選手たちに囲まれ、彼らのようになりたいと思い、学ぶことができた」と有意義な時間だったと振り返っている。

 2013年にサンプドリアにフリートランスファーで加入し、2015年から4年在籍したペスカーラではセリエA昇格にも貢献。今季からはセリエCのモノポリでプレーをしている。

■左SB:ショーン・マッギンティ(エアー・ユナイテッド)

ショーン・マッギンティ

(写真は2014年1月のもの)

 マンチェスター・Uのスカウトは、19回も視察した上でチャールトンのアカデミーからショーン・マッギンティを獲得したという。14歳の時にはすでにチャールトンのU-18でプレーをしていたマッギンティ。セントラルMFからセンターバックにコンバートされた後で才能が開花。2009年にマンチェスター・UのU-18チームに加入した。FAユース杯決勝では本職ではない左サイドバックとして出場。ファーガソン氏が同ポジションのパトリス・エヴラの後継者として期待した時期もあったようだが、4度のローン移籍がいずれも成功せずに終わったマッギンティは、2013年に当時3部のシェフィールド・Uに完全移籍。その後はイングランドとスコットランドのクラブでプレーを続けてきた。

 現在はスコットランド2部のエアー・ユナイテッドでキャプテンを務めているマッギンティ。3部降格の危機に直面している同クラブと1年間の契約を延長したばかりだ。今年3月に英紙『ミラー』で11年前のFAユース杯決勝を振り返ったマッギンティ。「マンチェスター・Uがあれから優勝していないなんて本当に驚くよ。当時はそれほど大きなことだと思っていなかったけど、今振り返るととてつもなく大きな偉業だった」と懐かしんでいた。

■右ウイング:ジェシー・リンガード(マンチェスター・U)

ジェシー・リンガード

 ユース杯優勝メンバーの中では比較的遅咲きだった。マンチェスター・Uのトップチームでデビューを果たしたのは、ルイ・ファン・ハール氏の初陣となった2014-15シーズンのプレミアリーグ開幕戦。いきなり先発出場のチャンスを与えられたリンガードだったが開始24分で膝を負傷して長期離脱。シーズン後半戦はローン移籍先のダービーでコンディションを整えると、翌シーズンに大ブレイク。公式戦40試合に出場し、ファン・ハール政権ラストマッチとなったFAカップ決勝クリスタル・パレス戦では延長戦で決勝弾を決めた。

 その後はチーム内での序列が下がり、イングランド代表からも遠ざかることになったリンガード。昨シーズンの後半にローン先のウェストハムで完全復活。イングランド代表にも復帰し、本戦には登録されなかったが、EURO2020の候補にも選出された。しかしマンチェスター・Uに戻った後は再びベンチを温める日々が続いているリンガード。シーズン終了後のフリートランスファーが確実視されており、ミランやユヴェントスを含めた数クラブと交渉中だと伝えられている。

■CMF:ライアン・タニクリフ(ポーツマス)

ライアン・タニクリフ

 マンチェスター・Uのトップチームではリーグ杯2試合しか出場することが出来なかったライアン・タニクリフ。ローン先のイプスウィッチでレギュラーとしてプレーをしたことで自信を付け、2014年1月にフルアムへ完全移籍。当時フルアムを率いていたのは、マンチェスター・Uリザーブの監督や、ファーガソン氏の下でアシスタントコーチを務めた経験を持つレネ・ミューレンスティーン氏だった。「レネのことは(ユナイテッドに加入した)9歳の頃から知っている。世界最高峰のプレミアリーグでプレーがしたかったんだ」と移籍の決断には自身の理解者である監督の存在が少なくなかったことを認めていたタニクリフ。移籍直後に“古巣”マンチェスター・U戦でプレミアリーグでのデビューを飾ったところまでは完璧だった。

 しかし、その翌週にフルアムはミューレンスティーン氏を解任。新監督に就任したフェリックス・マガト氏は数回のトレーニングを見ただけでタニクリフを戦力外と判断した。加入からわずか25日後にウィガンにローンに出されたタニクリフ。2017年にフルアムを離れた後は、ミルウォール、ルートンとチャンピオンシップのクラブを渡り歩き、今季からはポーツマス(3部)でプレーをしている。

■CMF:ポール・ポグバ(マンチェスター・U)

ポール・ポグバ

 数多くのタレントを有した2011年のFAユース杯優勝メンバーの中でも、一番の出世頭はポール・ポグバだ。2009年にル・アーブルからマンチェスター・Uに加入し、U-18チームでビッグタイトルを獲得した翌年にユヴェントスへ移籍。イタリアでスターダムを駆け上がり、セリエAでの4連覇に貢献したポグバは、2016年にジョゼ・モウリーニョ氏が監督に就任した古巣マンチェスター・Uに、世界屈指のスター選手として戻って来た。

 4年前にユヴェントスへフリーで放出したフランス代表MFと再契約する為にマンチェスター・Uが費やした額は、当時史上最高の8900万ポンド(当時のレートで約118億円)。しかしマンチェスター・Uはポグバの復帰1年目にリーグ杯とヨーロッパリーグ(EL)で優勝したものの、以降はタイトルから遠ざかっている。この夏には契約満了に伴い移籍が確実視されるポグバ。来季はどこのスタジアムを沸かすことになるのだろうか。

■左ウイング:ラヴェル・モリソン(ダービー)

ラヴェル・モリソン

 私生活のトラブルさえなければ、マンチェスター・Uの歴史に刻まれる名プレーヤーになっていたかもしれない。ファーガソン氏から「誰にも負けない天性の才能の持ち主」と称賛されたこともあったラヴェル・モリソン。しかし練習欠席は日常茶飯事で、警察沙汰も起こしたモリソンを、マンチェスター・Uは19歳になる直前に手放した。移籍先のウェストハムで活躍した時期もあったが、好不調が激しかったモリソン。イングランド内のみならず、ラツィオやアトラス(メキシコ)、エステルスンド(スウェーデン)、ADOデンハーグ(オランダ)など、世界中のクラブを渡り歩いた元“神童”は、昨年夏にマンチェスター・U時代のチームメイト、ウェイン・ルーニー氏が率いるダービーと契約を交わした。

 2020年に受けたインタビューでモリソンについて言及していたルーニー監督。練習試合で1分間に3度もネマニャ・マティッチの股を抜くモリソンを目の当たりにした逸話を披露し、「ライフスタイルと環境に苦しんできた。可哀そうにね。ラヴェルは誰よりも遥かに才能があった」と同情を寄せていた。なお、テクニックだけではなく、フィジカルの強さも兼ね備えているモリソン。現マンチェスター・Uのキャプテン、ハリー・マグワイアは2011年のFAユース杯決勝でシェフィールド・U側の選手としてピッチに立っていたが、モリソンと衝突して気絶をしたという。「キャリアで気絶をしたのはあの一度だけ」とイングランド代表DFもお手上げのフィジカルモンスターでもあったようだ。

■FW:ウィル・キーン(ウィガン)

ウィル・キーン

 ケガさえなければ双子の兄弟、マイケルにも負けない輝かしいキャリアを送っていたかもしれない。2009-10シーズンにはマンチェスター・Uの年間最優秀若手選手に選ばれ、翌シーズンのFAユース杯決勝ではシェフィールド・Uを相手に2戦で3ゴール。18歳の時にプレミアリーグでデビューも果たしたウィル・キーン。その後はチャンピオンシップのクラブへのローン移籍で武者修行を積むと、2016年夏にハル・シティへ移籍した。当時のハルでは、マンチェスター・Uで長年に渡ってコーチを務めるマイク・フィーラン氏がアシスタントを務めていた

 すぐに出場機会を与えられたW・キーンだったが、同年11月に十字じん帯を損傷。2012年にも同じケガを負ったW・キーンがピッチに戻ったのは、それから14カ月後のこと。その間、一時的に暫定監督を務めたフィーラン氏はハルを退任し、クラブは2部に降格していた。2020年からはウィガンでプレーをし、今季はチームを3部リーグ優勝に導き、自らは得点王に輝いたW・キーン。代表チームはアイルランドを選択して昨年11月にデビューを果たしている。

■FW:ギリアーノ・ファン・フェルゼン(テルスター)

ギリアーノ・ファン・フェルゼン

(写真は2011年4月のもの)

 アヤックスとマンチェスター・Uという若手育成に定評のある2クラブで育ったギリアーノ・ファン・フェルゼン。今のところ英才教育の成果は現れていないようだ。FAユース杯決勝の翌年にマンチェスター・Uとプロ契約を締結。その直後に当時ベルギー2部のロイヤル・アントワープにローン移籍。半年後にマンチェスターに戻ってきたが、トップチームでは一度もプレーする機会がないまま、2013年にユトレヒトにフリーで移籍した。

 フォレンダム、ローダJCとオランダのクラブを渡り歩いた後、2019年にイングランド4部のクロウリー・タウンに加入するも、戦力になることができず。2020年からはオランダ2部のテルスターでプレーをしている。

(記事/Footmedia)

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