今季、シティで頭角を現したジンチェンコはウクライナの新たな至宝として期待される21歳のタレント [写真]=Getty Images
いまやワールドクラスのタレント軍団となり、今季のプレミアリーグでも首位を独走しているマンチェスター・シティにおいて、いま密かに注目を集めている若手がいる。ウクライナ代表の21歳、オレクサンドル・ジンチェンコ。ここ数カ月で、シティの左サイドバックのレギュラー争いに名乗りを上げた才気あふれる若者である。
タレント軍団のシティで一気に台頭した無名の21歳
そもそもジンチェンコは、U-16からウクライナ代表に名を連ね、長らく“10番”タイプの攻撃的MFとして活躍してきた選手。2015年、18歳でフル代表デビューを飾ると、翌年には祖国の英雄にして現代表監督であるアンドリー・シェフチェンコが保持していた代表最年少ゴール記録を塗り替え、10代にしてユーロ2016出場を果たした。母国では「至宝」と呼ばれてきたエリートである。そしてユーロの直後、彼はロシアのFCウファという小クラブから、シティへと引き抜かれた。
とはいえ、豪華絢爛なシティの陣容の中で、いくら有望とはいえ世界的には無名の若手が、いきなり存在感を示すのは無理な話。ジンチェンコも加入1年目はPSVへとローンに出された。そのオランダでもトップチームでの先発は確保できず、主にプレーしたのはBチームだった。
17年夏、引き続き武者修行に出そうというクラブ側の意向を拒否し、ジンチェンコはシティに復帰してポジション争いに挑む道を選んだ。しかし、ケヴィン・デ・ブライネやダビド・シルバ、イルカイ・ギュンドアン、フェルナンジーニョらを擁する黄金の中盤で出場機会を得るのはやはり簡単ではなく、開幕時点での立場はいわゆるカップ戦要員でしかなかった。
ところが、トレーニングで目を見張るプレーを見せて指揮官のペップ・グアルディオラにアピールを重ねたジンチェンコは、徐々に“構想外”の立場を脱していく。歴戦のMFヤヤ・トゥレを抑え、プレミアで初めてベンチ入りを果たしたのが昨年11月末のハダーズフィールド戦のこと。その日は出番がなかったが、試合後のことをペップはこう回想する。
「日曜に試合を終えてクラブハウスに戻ってきて、彼だけがジムに直行してトレーニングをしていた。それが私にとって大きな意味を持った。遅かれ早かれ、我々が彼を必要とすることを、彼は理解していたんだ」
ひたむきな姿勢に報いるべく、ペップはその後もジンチェンコをベンチ入りさせ、さらに“あるミッション”を託した。それが左サイドバックへのコンバートだった。シティは9月にレギュラーだったバンジャマン・メンディを膝の前十字靭帯断裂という大ケガで失い、本来はMFのファビアン・デルフを起用してこのポジションをカバーしていた。そのさらなるバックアップとして、ジンチェンコに白羽の矢を立てたのだ。
交代出場やカップ戦で左サイドバックの“試運転”を終えたジンチェンコが、ついにプレミアで初めて先発機会を与えられたのが、1月20日のニューカッスル戦だった。デルフまでもが負傷欠場したこの試合で、ジンチェンコは“オーディション”に合格する。前半45分間でピッチ上の誰よりもボールに触れ、ペップに「前半の彼は傑出していた。彼が10番や11番だったことを忘れるくらいだった」と言わしめたのだ。
名将ペップに「パーフェクト」と言わしめた才能
ペップのチームにおけるサイドバックは、極めて特殊なポジションだ。単にサイドを上下動するだけでなく、積極的にポゼッションワークに絡んでいく姿勢が求められる。とりわけビルドアップ時には、中央に移動して“偽ボランチ”として機能し、キーとなるパスを敵陣に供給できなければいけない。その意味で、中央にスライドしても若さに似合わぬ落ち着いたボールコントロールやパスさばきを見せ、後方から非常に高いパス成功率をマークするジンチェンコはうってつけの人材だった。「彼はとても才能豊かな選手。プレーの仕方や判断はパーフェクト」とは、彼を評したペップのコメントだ。
守備においても、ペップは「デュエルも積極的」と好印象を語っている。決して体格に恵まれた方ではない。だが、ジンチェンコは持ち前のインテリジェンスを武器に、正確な予測に基づいた出足の早いインターセプトや、タイミングよく足を出してボールを奪うプレーで苦手分野をカバーしている。
それでも、純粋な守備能力で言えば、右利きのサイドバックであるダニーロを左に回した方が安定するだろう。しかし、基本的にボール支配率を高めて敵の攻撃機会そのものを減らすのがペップ・シティの哲学だから、ジンチェンコのパスセンスやテクニックが生かされる場面の方がずっと多い。そうして、ペップはその後もジンチェンコを重用していくようになっていった。彼もまた指揮官の期待に応え、自分の“居場所”をつかみ取ってみせた。
「セントラルMFは、フェルナンジーニョみたいにあらゆるポジションでスマートにプレーできるようになるべきだ。彼はどこでもいいプレーができる」
ジンチェンコは、あるインタビューでこうコメントしている。ペップの下で同じようにサイドバックをこなした経験があるフェルナンジーニョは、ジンチェンコにとって仲のいい先輩であり、最良のロールモデルだ。2014年にウクライナの内戦激化により家族でロシアに引っ越すまで、ジンチェンコはシャフタールの下部組織に在籍していた。10代半ばだった当時の彼が、トップチームでの活躍ぶりを見てお手本にしていた選手こそ、フェルナンジーニョだった。
憧れの先輩と同じように、ジンチェンコもゆくゆくは本職のMFに戻って活躍することを望んでいる。現在は、サイドバックで「プレーの新しい側面」を学び、それを中盤でのプレーに還元しようと努めている最中だ。
ウクライナの未来を担う新たな至宝
実際、シェフチェンコ監督が率いるウクライナ代表では、現在もMFが主戦場である。インサイドでの鋭い縦パスから、インフロントで相手の裏を狙うロビングボール、インステップでの正確なサイドチェンジに、敵のタイミングをうまく外すアウトサイドでのパスなど、得意の左足を駆使した多彩なキックを武器に、攻撃のタクトを振るっている。
来たる3月27日、日本代表は欧州遠征で“仮想ポーランド”としてマッチメイクしたウクライナ代表とのフレンドリーマッチを控えている。シェフチェンコ監督は、おそらくこの試合でも、ジンチェンコをインサイドハーフかトップ下で先発させるはずだ。ペップの薫陶を受け、代表では押しも押されもせぬ“デ・ブライネ役”を担う21歳のプレーは、日本にとって大きな脅威になるだろう。
文=寺沢薫
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