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“敗者”発言が話題を呼んだ石田雅俊…「韓国で突き抜けた存在になれたら、その時は日本に戻ろうと思う」

[写真]=姜 亨起

“サッカー人生の敗者”発言が韓国で話題に

 今から半年以上前の昨年10月、自らを「サッカー人生の敗者」だと言い放ち、Kリーグに衝撃を与えた日本人選手がいた。言葉の主は、Kリーグ2(2部)の大田ハナシチズンに所属する「マサ」こと石田雅俊だ。

 彼は当時、ハットトリックを決めた試合後のヒーローインタビューで、「これまでのサッカー人生を振り返ると、自分は敗者だと思っています。それでも、こうして人生を変えられる試合がいくつもあります。いずれにしても昇格のために人生を懸けます」と伝えた。通訳に頼らず、自らの韓国語で懸命に言葉を紡ぐ姿が反響を巻き起こし、韓国で一躍、時の人となった。

「ありがたいことではありますが、あのインタビューで名前だけ有名になって、注目度も余計に上がってしまいましたよね。もう半年以上も前のことですし、完全に忘れ去られると思っていましたが、今もこんなに反響が続くとは考えもしなかったです」

 韓国中部地方の中心都市で、国内5番目の面積と人口を持つ大田。その駅近くのカフェで会った石田は、自身の発言の反響を照れくさそうに振り返った。

「自分の実力以上にインタビューが注目されてしまった」と謙遜したが、昨季はKリーグ1の江原FCから大田にレンタル加入した後半戦で、15試合9ゴール1アシストの大活躍。日本人で初めてKリーグ2の年間ベストイレブンに選ばれるなど、記録面だけ見ればキャリアハイのシーズンとなった。

 しかし、肝心の1部昇格の夢はかなわなかった。大田はリーグ戦2位で1部下位との入れ替え戦に進むも、ホーム&アウェーの2戦合計で2ー4と敗れ、7年ぶりとなる昇格をあと一歩のところで逃したのだ。皮肉にも、大田を破って1部残留を決めたのは、石田のレンタル元である江原FCだった。

「“終わりよければすべて良し”なんて言葉もありますが、まさにその逆。終わり方だけが最悪のシーズンでした。入れ替え戦では第1戦で勝利し、第2戦でも先制点を決めて、誰もが“大田が昇格する”と確信したと思います。でも、結局は4失点して大敗。僕は“勢いに乗る”なんて言葉が嫌いですし、敗北という結果も全く不思議ではないと思っていますが、やっぱり昇格を逃したダメージは大きかったです」

 入れ替え戦終了後には、江原FCから大田への完全移籍が決定。その後、日本に帰国して束の間のオフを過ごし、「新シーズンに向けて気持ちを切り替えたつもりでいた」が、そこでアクシデントに見舞われる。日本から韓国に戻り、入国後の隔離を終えたタイミングで、冬季キャンプ中のチームに新型コロナウイルス感染者が発生。全員が強制隔離となり、石田は2連続の隔離を余儀なくされたのだ。

「隔離が続いたのでコンディションをうまく作れず、体が仕上がっていないまま開幕戦を迎えて、プレーに気持ちが入らず試合も0ー2で敗戦。正直、昨季の活躍もあったので、コンディションが万全でなくても頭を使ってサッカーをできれば、多少はうまくプレーできると思っていました。でも、やっぱり準備不足を痛感しましたし、そこでやっと目が覚めました」

 コロナの影響で「選手全員が準備できていなかった」という石田の言葉どおり、大田は開幕4戦未勝利と低調なスタートを切ったが、現在は24試合消化時点で11チーム中2位と入れ替え戦圏内を走る。石田は第7節の慶南FC戦で前半開始30分までにハットトリックを達成するなど、現時点で21試合7ゴール3アシストをマーク。得点数はチーム内2位の記録であるが、本人は「まだ物足りない」という。

「僕の理想からすれば、7ゴールという数字はまだまだ物足りない。正直、90分フル出場できれば、1試合で1点は必ず決められる自信があります。でも、今はチームの雰囲気がかなり良くて、毎試合毎試合で主役が変わるような形で、すべての選手が結果を出しているんです。なので、僕も途中交代で入る役目になっている部分もありますが、受け入れなければならないと思っています」

 実際、石田はここまで先発フル出場の試合が3回のみで、直近の6月以降は8試合中5試合が途中出場。ベンチスタートが増えている石田について、チームを率いるイ・ミンソン監督は「マサは後半に試合を決定付けられる選手」と、ジョーカー起用の意図を述べている。

 すると、石田は7月5日の第25節安山グリナース戦で後半開始から出場し、2アシストの活躍で大田を2ー0の勝利に導いた。望むような出場時間を与えられずとも、指揮官の起用意図を受け入れ、試合に出れば献身的なプレーでチームを支える根底には、「大田を1部昇格へと導きたい」という断固たる思いがある。

「人間は良いことも悪いこともいつかは忘れてしまう生き物ですが、僕は昨年の入れ替え戦で味わった悔しさを、ずっと忘れていません。今も時々思い出して、意識するようにしています。だからこそ、チームの1部昇格というは最低限の目標ですし、どんな形であっても絶対に成し遂げなければならない」

石田が考える“韓国でやり残していること”

[写真]=韓国プロサッカー連盟


「僕自身、年齢的にもあと何年サッカーできるかわからないし、恩師の前で活躍したい思いもある」と、将来的なJリーグ再挑戦の意思を口にした石田。恩師とは、以前に「日本の頃に裏切ってしまった指導者がいる」として名前を挙げた、朝岡隆蔵監督(元市立船橋高校監督、現ジェフユナイテッド市原・千葉Uー18監督)と森下仁志監督(元ザスパクサツ群馬監督、現ガンバ大阪ユース監督)のことだ。

 それでも、「今は韓国でもっと結果を残さなければならない。まだ自分には突き抜け切れていない部分がある」として、Kリーグで挑戦を続ける理由を次のように明かす。

「“突き抜ける”とは、確実に得点が見込める選手になること。Kリーグ2であれば最低20点は取って、ミラクルで30点取ってしまうような選手。それほど、韓国で突出した存在にならなければならない。それができなければ、そこまでが自分の実力です。だからこそ、常に試行錯誤を続けて、どんな手を使っても突き抜けたい。韓国で本当の意味で突き抜けることができれば、その時、日本に戻ろうと思っています」

 高校時代には“市船のスーパーエース”と呼ばれた石田も、Jリーグで在籍した京都サンガF.C.、SC相模原、ザスパクサツ群馬、アスルクラロ沼津では思うような活躍を見せられなかった。その後、追われるようにしてKリーグの舞台に足を踏み入れ、今年で韓国生活4年目。来年にはプロ10年目の節目を迎える。

「高校時代に少し有名だったので、当時を知る人からすれば、“消えた市船の石田”って感じですよね。“韓国で変に覚醒した選手がいる”って認識も持たれていると思います」。そう語る石田は、最後に日本のサッカーファンに向けた思いをこう伝えた。

「僕は日本で実績を残してKリーグに来た選手ではありません。決して派手でもなく、能力で相手を圧倒するような選手でもない。それでも、しっかり自分の考えをプレーに落とし込んで、結果としてかなり活躍しているような選手だと自負しています。特に京都や相模原、群馬にいた頃の自分とは、プレースタイルも含めて何もかも180度変わったと思います。そんな選手が、日本の隣の韓国でもがきながらも頑張っているので、少しでも気にかけてくれるとうれしいです」

取材・文=姜 亨起(ピッチコミュニケーションズ)

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