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井川祐輔が見た香港…「香港人初のJリーガーが誕生すれば、きっと面白いことになる」

[写真]=アフロ

 2019年11月11日、あるサッカー選手がオフィシャルブログで引退を表明した。彼の名は、井川祐輔。ガンバ大阪ユースで頭角を現し、2001年にトップチーム昇格。その後、サンフレッチェ広島、名古屋グランパス、川崎フロンターレを渡り歩いた。

 2018年、川崎フロンターレで契約を満了した彼は、新天地を香港に求めた。香港プレミアリーグに所属するイースタンに加入し、およそ1年間プレー。その後は香港3部のランズベリーで監督業も経験した。

 数少ない「香港を知る選手」であった彼の言葉を通じて、香港サッカー界の現状に迫ってみよう。

取材・文=井川洋一

香港サッカーが伸び悩む原因は環境と文化

──香港で1年ほどプレーして、いかがでしたか?
井川 すごく楽しかったです。いろいろとありましたが、今ではポジティブに振り返ることができます。正直、つらいこともたくさんありましたが、今の自分に役立っていることが多いですね。

──以前に別の媒体の取材でお話ししたときは、シーズン途中にイースタン(東方龍獅)から契約を打ち切られ、やり場のない怒りを抱えているようでした。
井川 確かに。でも、その後にまたいろんなことを経験するうちに、もう今さら言ってもしょうがないと思うようになりました。過去のことなので、言ったところで何も変わらないし、クラブの文句みたいになってしまいそうで。誰も得はしないですよね。

──それもまた今のご自身にとって、いい経験だったと?
井川 香港に行って、そこで生活したことだけでも、人間としてひと皮むけたと感じていて。それまでは代理人にすべてを任せていたんですけど、香港に行く際に自分で全部やるようにしたんです。契約交渉も英語で行い、自分からいろいろなチームのGMに掛け合ったり。(イースタンから)戦力外通告を受けたあとの交渉も自分でしました。そこからさらに香港に残って、スクールを立ち上げて、事業を起こしたり。行動を起こすことがすごく大事だということを学びました。

──なるほど。では香港サッカーがなかなか発展できない理由はどこにあると思われますか?
井川 一つは文化でしょうね。土地柄というか。自前のピッチを持っているチームがほとんどなく、その時間以外に練習ができないんです。基本的には1時間半だけレンタルしたピッチなので。日本だったら、全体練習より早く来て自主トレーニングをしたり、居残り練習をしたりする選手が多いですけど、それができない。だったらジムでトレーニングをするかといえば、それもない。選手も練習開始のギリギリに来たりする。つまり、準備が足りないし、練習の質も低い。外国籍選手も、そうしたカルチャーに飲み込まれてしまって、能力があっても成長しにくい。そんな状況でした。

──現役を引退した後は、香港3部のランズベリーで監督もされていました。そこではどんなことを感じましたか?
井川 選手たちがサッカーを知らない感じでした。3部リーグのチームなのでアマチュアなんですけど、基本的な技術がない。止める、蹴るが全く……。日本だったら簡単に伝わりそうなことでも、初めて聞いたみたいな選手が多くて、すごく大変でした。言葉の壁もありました。僕の英語力もまだまだだったし、受け取る選手の英語力もまちまちだったので、どこまで伝わっているのかがわからなくて。練習に来る選手の人数も毎回違いました。リーグの登録選手が26人なら、全員が来ると思いますよね。でもそんなことはなくて、半分の13人とか、10人だったこともある。プロじゃないので仕方ないかもしれないですけど、マネジメントが本当に難しかったです。

──監督に挑戦した経緯を教えてもらえますか?
井川 ランズベリーのオーナーは、イースタンのときの同僚だった若手選手なんですね。彼は2017─18シーズンの終わりに解雇され、その後に自分でチームを立ち上げました。そして僕も所属チームがなくなったときに、よかったら監督をやってくれないか、と誘ってくれたんです。ボランティアだったけど、いい機会なのでチャレンジしてみようかな、と。イースタンで僕、若手を引き連れて居残り練習をしていたんです。彼はそのときのメンバーの一人で、川崎フロンターレのサッカーも知っていて、ぜひやってほしいと。

香港人が“外”に出ない限り、発展はない

──では、ビジネスライクな香港でサッカーのプロを志す選手とは、どんな人なのでしょうか?
井川 ご存じだと思いますけど、香港でサッカーのプロを目指す人って、かなりレアな方たちだと思います。香港はビジネスと金融の街で、お金を稼ぐ方法はほかにたくさんありますよね。選手の例としては、まず親が裕福な人。若い選手でサラリーも低いはずなのに、とんでもない高級車で練習に現れたり。感覚が全く違って、それはそれで面白かったですけど(笑)。あとは純粋にサッカーが好きでやっている人もいると思いますけど、先が見えにくいですよね。それは彼らも感じていると思いますけど。

──イースタンのチームメイトは?
井川 みんな、いい人たちでしたよ。イースタンは比較的裕福なチームで、いい選手もけっこういました。香港のなかでは高いレベルだったと思います。それでも、早く来て練習をしたり、居残り練習をする人はあまりいなかったですよね。比べてしまうと、やっぱりJリーグは素晴らしい環境だと思います。

──香港人って、サッカーが大好きですよね。プレミアリーグやJリーグを熱心に見ているし、アマチュアの活動もすごく盛んで。でも国内のプロリーグや代表には、あまり目が向いていないですよね。
井川 客席を見渡してもほとんどが空席で。でもサッカーをプレーする人はめちゃくちゃいるし、ハードコートも含めると、至るところにボールを蹴ることができる環境がある。ただ、ファンはプレミアリーグとかJリーグを見ていて目が肥えているので、国内のサッカーに価値を見出していないようです。そこのギャップは大きいのかなと。

──お客さんの態度はいかがでしたか? 嫌なことを言われたりすることはありましたか?
井川 あんまりなかったですけど、ちょっとずつ広東語がわかってくると、あ、言われてるな、みたいなのはありました。でも僕やJリーグ、フロンターレに対してリスペクトしてくれていることをすごく感じました。街を歩いているときも、見つけてくれる人がいてくれたりして、「香港に来てくれて、ありがとう!」と言ってくれたり。監督をしているときも、「香港サッカーのためにありがとう!」とか。基本的に、香港人って日本や日本人、Jリーグのことが好きだから、その意味では得していたかもしれませんね。

────香港の国内サッカーが発展するためには、何が必要だと思いますか?
井川 地元の選手たちが、外に出るしかないと思います。

──外に出ると言うと?
井川 たとえば、Jリーグにチャレンジするとか。おそらくそういうケースは、今まであんまりなかったんじゃないですか。イースタンのGK(ハン・ファイ・ヤップ)とか、香港のトッププレーヤーがもっとレベルの高い他国のリーグに行き、クオリティの高さとかサッカーに対する熱量などを肌で感じて、それを香港に広める。それって、外国人が言ってもダメだと思うんです。発言力のある香港人が声高に言って、環境を変えていく。それしかないと思います。ローカルの選手がJ2やJ3でもいいので、日本に来て経験して、それを香港に持ち帰る。

──ロールモデルが必要ですよね。
井川 Jリーグもアジア戦略を進めているので、香港人初のJリーガーが誕生すれば、面白いですよね。第二のチャナティップではないですけど。僕は香港のサッカー界とはつながっているので、実は注目しているんですよね。あとは日本のクラブが欲しいかどうかですね。J3、いやJFLでも、それが実現すれば、香港でものすごく大きな話題になるはずです。本当にそうなれば、香港資本の導入も期待できますし、互いにウィンウィンになると予想しているんですけどね。

──チャナティップにしても、加入当初は懐疑的な見方の方が多かったですもんね。香港からそうした選手が出てくる可能性も、ゼロではない。
井川 本当にそう思います。

──現在は何をされているのですか?
井川 デュアルキャリア株式会社というベンチャー企業に勤めています。社長は元ガンバ大阪の嵜本晋輔です。スポーツビジネスをしていて、コンセプトはアスリートの持続可能な未来を創る、スポーツの価値を最大化する。まだ1年半くらいのベンチャーなんですけど、今はスポーツの公式のオークションをしています。コロナ禍で収益が難しいなか、マネタイズできるものを提案させてもらっています。かといって、オークション屋ではなく、アスリートやチームにお金を還元する仕組みを考えています。僕は営業メンバーの一人です。昨年12月に帰国を決めたとき、コロナ禍で何もできないなか、香港でサッカーのコーチをするのは厳しいだろうなと思ったんです。だったらビジネスを学んで、別の形でスポーツに貢献したい、と。嵜本に声をかけてもらったのもあるんですけど、帰国後はビジネスを学びたいと思っていました。そんなふうに考えられるようになったのも、香港に住んでいたからだと思います。いろんな人に会えたし、いろんなことを感じたので。日本の常識が世界の常識ではない、ということを痛感できたし。それは間違いなく有意義な経験でした。

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