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ブラジルで味わった屈辱をバネに。柿谷曜一朗が誓う、“やらなければいけないこと”

バーゼルへの移籍が発表された柿谷曜一朗 [写真]=Getty Images

文/元川悦子

「(初めてのワールドカップは)雰囲気が凄かったけど、いざやると俺らでもできると思うところは沢山あったし、でも結果が伴っていない以上は何も言えない。まだまだ足りていないものもあるということは感じました。4年後に向けて思いが強くなった選手はいっぱいおると思うし、僕もその中の一人やし。そのために今後、何をしていかないといけないのか。自分が強くなるためにどうしていかないといけないのか。それは今後、1人1人が考えて行く必要があると思う」
 
 6月24日のコロンビア戦で1─4の惨敗を喫し、ピッチでグループステージ敗退の瞬間を噛みしめることになった柿谷曜一朗は、その翌日、しみじみとブラジルワールドカップを振り返った。

 昨夏の東アジアカップで一躍ザックジャパンの1トップ最有力候補に名乗りを挙げてから10カ月。柿谷の紆余曲折は凄まじいものがあった。昨季Jリーグではシーズン通算21得点を挙げ、大久保嘉人、川又堅碁に次ぐ得点ランク3位に名を連ねたものの、代表に来ると目に見えない重圧のせいか、決定機を逃し続けた。

 東アジアカップの時はボールを蹴る彼から笑顔が満ち溢れていたのに、日に日に顔がこわばっていく。昨年11月のベルギー戦で主力合流後初得点を挙げた時も「こんなに時間がかかってしまって申し訳ない」と反省しきり。ゴールの喜びを爆発させることもなかった。

 そんな環境の激変が今季のパフォーマンスにも変調をもたらした。Jリーグではゴールが欠乏し、何とかブラジル大会の最終メンバー23人に滑り込んだものの、1860ミュンヘンへ移籍して成長を遂げた大迫勇也やサプライズ選出された大久保に定位置を持っていかれる格好になってしまう。

 ザッケローニ監督は大会直前の親善試合で最後まで柿谷にこだわり続けたが、本番突入後は14日の初戦・コートジボワール戦と19日のギリシャ戦のスタメンは大迫、最終戦のスタメンは大久保だった。柿谷は初戦とコロンビアの終盤のわずかな時間に出場機会を与えられたが、コロンビア戦ではGKモンドラゴンとの1対1を外すなど、勝負弱さを露呈。不完全燃焼のまま帰国を余儀なくされたのだ。

「グループステージ敗退で本当に何もできなかったという日本の現状を俺らが変えていかないといけない。それは自分だけじゃなく、そう思った全員がいろんな舞台で自分のやるべきことを考えないと。4年後にまた出るためにやっていくわけではないけど、こういう世界の舞台で試合に出て、勝っていくということができなかった以上、それをしたいなと思います。実際に試合に出て、一人ひとりのメンタルが日本人の一番弱いところでもあるといろんなところで言われるし、個人的にも思う。足りない部分を自分に言い聞かせて、成長していくことが大事だと思います」

 この言葉を残して帰国した柿谷は、オフもほとんど取らず、同僚の山口蛍といち早く再始動した。

 そして、スイスの名門・バーゼルへの移籍が決定する。これまではセレッソ大阪のエースナンバー8を背負う以上、クラブを優勝させることを最優先に考えてきたが、個の力を伸ばさなければ未来はないと思い直したのだろう。3歳の頃から所属した古巣を離れ、徳島ヴォルティスで過酷な環境に身を置いた時と同じように、外に出て自己研さんを図ろうとしている。

 徳島時代は柿谷を少年時代から知っていた中田仁司GMや面倒見のいいベテラン・倉貫一毅らがいて、心身両面でサポートを受けることができた。しかし異国へ赴けば全て自分でやらなければならない。言葉の勉強はもちろん、慣れない国で生活しながら、新たなサッカースタイルに適応しなければいけない。

 ハードルは確かに高い。しかし柿谷にとっては自分自身を劇的に変える絶好のチャンスだ。もともと天才的なサッカーセンスと得点感覚と秘めているだけに、大舞台をもっと経験すれば、その才能をピッチ上で出せるようになるはずだ。サッカー人生の中で大きな一歩を踏み出した柿谷に、期待したい。

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