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バルサにすべてを捧げたプジョル…クラブを栄光に導いたリーダーの姿勢

バルサとともに栄光の道を歩んだプジョル [写真]=Getty Images

 バルセロナの元スペイン代表DFカルラス・プジョルが15日に会見を開き、19年間過ごしたクラブに別れを告げた。会見には現チームメイトほか、歴代監督・会長らも出席。偉大なるキャプテンの言葉に誰もが耳を傾けた。

 退団の理由は、慢性的に問題を抱えていた右ひざの負傷によるもの。2012年12月、バルセロナと2016年6月末までの契約延長にサインした際には、ミランの元イタリア代表DFパオロ・マルディーニを引き合いに出して、「僕も40歳までプレーしたい」と力強く宣言していたプジョル。クラブ一筋を貫いた者同士として、先輩レジェンドに肩を並べることがベテランDFの目標でもあった。だが、選手キャリア通算38回に及んだけが(うち、ひざのけがは8回)との戦いは、周囲が思う以上にハードだった。実際、今年3月4日に緊急会見を開き、今シーズン限りでの退団を表明した後、プジョルは公式戦で一度もプレーしていない。今週末に行われるリーガ最終節アトレティコ・マドリード戦についても、本人が「(バルセロナの選手として)これ以上プレーすることはできない。そのことについては、正直でなければいけない」と話したことから、3月2日の第26節アルメリア戦でのフル出場(1ゴールも記録)がバルセロナの選手としてのラストゲームになる可能性が高い。

 またプジョルは今後について、「けがの回復に努めたい。今は他のクラブでプレーするのは難しい。僕を欲する人、それに自分自身を騙したくない」と話した。一部メディアでは、メジャーリーグサッカー(MLS)や中東のリーグへの移籍のほか、バルセロナ次期監督が有力視されている現セルタ指揮官ルイス・エンリケのアシスタントコーチとしてクラブに残る可能性が報じられていたが、けがの治療を最優先させる考えを示している。

 プジョルは1995年にバルセロナの下部組織に入団。1999年10月2日のバジャドリード戦でトップチームでのデビューを果たすと、今シーズンまでの15年間で公式戦593試合に出場、18ゴールを記録した。クラブで獲得したタイトルは計21個。そのほか、スペイン代表でユーロ2008や南アフリカ・ワールドカップ制覇を果たしている。

 なお、獲得したタイトルは全て、プジョルがバルセロナのキャプテンマークを巻いてからのものである。2004-05にルイス・エンリケから主将の座を譲り受けると、チームはそのシーズン、6年ぶりのリーグ優勝を果たす。それは、同期間無冠が続いていた“暗黒時代”にピリオドを打った瞬間でもあった。当時27歳の新米キャプテンは「これで誰も、僕がタイトルと無縁の選手だとは言えないだろう」と胸を張ったが、それ以降、プジョルをリーダーとするチームは数々のタイトルに恵まれた。

 プジョルのキャプテンシーは間違いなくチームを変えた。それまで“美しく”はあっても、どこか“勝負弱さ”を感じさせたチームは、確実に“勝者のメンタリティー”を身につけた。それは誰よりも最後まで戦うことを諦めないキャプテンの姿勢をチームメイト全員が共有したからだった。

「リーダーとは、チームの先頭に立って音頭を取る者ではなく、『俺についてこい』という姿勢を示す者のことを言う。まさに彼(プジョル)のようにね」

バルセロナのアンドニ・スビサレッタSDは今回の退団に際して、プジョルにそう賛辞を贈っている。

 先述したように、プジョルはリーガ最終戦での出場の可能性を否定している。しかし今シーズンここまで、バルセロナが重要な試合で結果を残せていないのは、背番号5の不在と無関係ではない。だからこそ、週末、ピッチに立つ姿を見たいと思うファンは少なくないはずだ。そして、優勝カップを掲げること。それこそ「バルセロナ史上最高のキャプテン」への最高のはなむけとなるだろう。

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