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【W杯注目国フォーカス】開催国ロシアの実力は? 予測不能な潜在能力【第1回】

2018.03.28

3月23日のブラジル戦に向けてトレーニングするロシア代表 [写真]=Getty Images

 ロシア・ワールドカップ前のインターナショナルウィークが終了。W杯直前の調整・強化試合を経て、いよいよ6月の本大会を迎える。

 本大会で注目国の状況はどうなのか? 何を望み、どんな可能性を秘めているのか。2017年12月に発売した『ワールドサッカーキング ロシア・ワールドカップ特集 列強国総覧』に掲載された注目国分析レポートをWEBにて再掲載します。第1回は開催国ロシアにフォーカス。

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 おおむね順調に開催地としての準備を進める一方で、スタジアムよりも代表チームほうが完成が遅れそうだ。監督人事の迷走、固定できない布陣、お決まりの確執……。それでも、この大国の不思議な力を過小評価してはならない。

文=篠崎直也 Text by Naoya Shinozaki

■W杯効果によって発展する開催地ロシア

本大会へのカウントダウン時計と赤の広場 [写真]=Getty Images

 ロシアは今も昔も「頭では理解できない謎の国」と言われる。栄華と混乱、文明と野生が同時に存在し続けるこの大国では、ワールドカップの準備状況の全容を把握することも簡単ではない。

 大会予算は当初の試算の10倍以上となる1兆2600億円に膨れ上がった。その中には使途不明のまま闇に消えた金も含まれていて、汚職体質は変わらない。さらには政治対立を背景とした欧米による経済制裁や、通貨ルーブルの下落による資材と人件費の高騰も、予算が増大する要因となった。

 それでもウラジーミル・プーチン大統領が「不備は決して許されない」と直々に苦言を呈したことで、インフラ整備やスタジアム建設の遅れは改善されている。現在建設中のスタジアムも大会までには完成するメドが立ち、2017年6月に4都市で開催されたコンフェデレーションズカップの運営もFIFAから高い評価を得た。

組み合わせ抽選会のパーティにてマラドーナと会話するプーチン大統領 [写真]=Getty Images

 自国開催が決定してからの7年間、ロシア社会の変化は目覚ましい。交通機関や商業施設、ホテルのほとんどが真新しくなり、以前は何をするにも手間と時間がかかっていたことが、現在はハイテク化が進んで驚くほど便利でスムーズになった。閉口するほど汚いトイレや、いつ黒煙を上げてもおかしくないバスなど、ソ連時代から見られた数々の“異文化”は過去のものとなりつつある。

 各開催都市では町のいたるところに大会関連のバナーが登場し、小学校の入学式でフットボールをモチーフとしたセレモニーが行われている。こうした、国を挙げてのPR活動は今後さらに広がっていくだろう。ソ連崩壊後からしばらく、ロシアにおいてフットボールはフーリガンの暴動ばかりが注目される負の象徴のようなスポーツだった。しかし、W杯効果でロシア全土に児童向けのフットボール施設が整備され、競技人口が増加。地元クラブへの関心が高まり、奇麗なスタジアムやスポーツバーでの観戦が、クリーンでスタイリッシュな文化として根付いてきた都市もある。

■順調に進む開催準備と頓挫したチーム構築

コンフェデレーションズカップ決勝会場でのボランティアスタッフ

 ロシアW杯は、どんな大会になるのだろうか? 第一に、セキュリティがかなり厳重になることは間違いない。チェチェン紛争を発端に、ロシアは断続的にテロが発生している国だ。フーリガンによるケンカや破壊行為、人種差別も懸念されている。政治的に対立状態にあるウクライナやアメリカが出場権を逃したことで、運営面での苦労は軽減されたが、過去にサポーター同士が衝突したイングランドや、ポーランド、クロアチアなど東欧勢のファンが訪れる都市は警戒が必要になる。

 警官と特殊部隊が隙間なく居並ぶ光景は、ロシアのスタジアムやイベントでは日常的なものだ。選手やファンは通常とは異なる、物々しい雰囲気の中で滞在することになるため、心身両面での影響を考慮する必要がある。

 広大な国だけに、移動は決して楽ではないものの、バスや電車は最新モデルの車両が導入されている。気候も例年どおりであれば過ごしやすいため、選手にとっても観客にとっても、前回のブラジル大会ほどの過酷さはないだろう。チケットと同時に発行されるファンIDカードがあれば、各所の手続きにも時間はかからない。

コンフェデレーションズカップで導入されたFAN ID [写真]=Getty Images

 若い世代が中心になったボランティアスタッフは、これまでロシアではおなじみだった強面で冷たい対応ではなく、驚くほどフレンドリーだ。“怖い国”という従来のイメージはサービスの向上によって変化しているから、各国からのゲストはいい意味で想像を裏切られることになるだろう。

 運営面でおおむね順調に準備が進んでいる一方、国民の心配事は肝心の代表チームが低調な成績を続けていることだ。最大の誤算は前回大会後に続投を要請し、4年間でチームを成熟させる役割を担うはずだったファビオ・カペッロ監督の解任だった。その後も給料未払い問題や人事の迷走など、ロシアサッカー連盟の不手際が目立ち、半ば強制的にCSKAモスクワとの兼任で後を継いだレオニド・スルツキ監督も連盟への不信感は拭えず、ユーロ2016敗退後に自ら辞任を申し出た。つまり、W杯までの2年間でチームをほぼゼロから再構築するという難題だけが残り、代表監督は完全に貧乏くじとなってしまった。

 こうなると、待望論が高まっていたルビン・カザンのグルバン・ベルディエフ監督にも逃げられ、結局は現在のスタニスラフ・チェルチェソフ監督に落ち置いた。2015-16シーズンはポーランドのレギア・ワルシャワで2冠を達成していたものの、実績には物足りなさが残る人選だ。

■ソ連的な指揮官のもと「国のために」団結できるか

スタニスラフ・チェルチェソフ

ロシア代表を率いるチェルチェソフ監督 [写真]=Getty Images

 ロシア代表の歴史を振り返ると、不振の裏には常に内紛があった。鬼軍曹タイプの指揮官が下す命令を、選手が従順に遂行する。これが伝統的な関係性だったが、ソ連崩壊以降は国外でのプレーを経験して高給取りになった選手たちとの衝突が絶えない。

 チェルチェソフはまさにソ連的な指揮官で、これまで率いたクラブでは自分に反目する選手を非情に切り捨ててきた過去がある。現代表でも本来は主力となるはずの大型FWアルテム・ジュバが招集外となっているのは、監督との確執が原因というのが大方の見解だ。この処遇にはGKイゴール・アキンフェエフら数人の選手も異を唱えたという。政府、メディア、国民から様々な重圧がのしかかる中で、このチームは一つ歯車が狂えば内部崩壊しかねない危うさを抱えている。

 その危うさはピッチ外だけにとどまらない。限られた数のテストマッチで、チェルチェソフはこれまで代表と縁のなかった下位クラブまでを対象に、毎回異なるメンバーを招集してきた。その結果、いまだに核となるメンバーも布陣も固まっていないのだ。

 最終ラインはヴィクトル・ヴァシン、ヒョードル・クドリャショフ、ゲオルギ・ジキヤの3バックで試合を重ねている(※)ものの、DF間のスペースを容易に突かれて失点する場面が繰り返されている。経験が浅く不安定な3人を補完すべく、守備時は両サイドのユーリ・ジルコフやアレクサンドル・サメドフが下がって5バックを形成する。さらにデニス・グルシャコフとダレル・クズヤエフ(またはアラン・ジャゴエフ)のボランチコンビが中央で守備を固める。

※ヴァシンとジキヤは3月のブラジル、フランス戦では代表招集外。

フョードル・スモロフ

エースとして活躍が期待されるスモロフ [写真]=Getty Images

 守備に人数を割かざるを得ない事情はそのまま、攻撃時の出足の遅さにつながる。前への推進力を持ち続ける勇気と、それを可能にする運動量を、とくに両翼を担う2人がいかに発揮できるか。これが攻守両面のポイントとなるだろう。この位置にはイゴール・スモルニコフ、マリオ・フェルナンデス、ドミトリ・コムバロフ、ウラディスラフ・イグナティエフ、コンスタンティン・ラウシュなど多くの候補が試されている。最終的な人選は本大会直前のコンディションによって決まることになりそうだ。

 前線は決定力の高さを示しているヒョードル・スモロフを軸に、様々な組み合わせと布陣を試行錯誤中だ。ピッチ外での素行が批判を浴びて代表を離れていたアレクサンドル・ココリン(※)や、多くの大舞台を経験しているジャゴエフが復調を見せて代表に復帰したことで、ポジション争いに拍車がかかっている。前述のジュバが戻ってくれば、彼のポストプレーを見込んだ2トップもより現実的な選択肢になる。

※ココリンは3月に右ひざ前十字じん帯損傷で手術。W杯出場は微妙。

 懸念材料が多い中、ロシア代表にとって最大の武器はホームの圧倒的な大声援だ。ロシアは代表でもクラブレベルでも、自国では無類の強さを発揮してきた伝統がある。「国のために」という使命と責任が、“頭では理解できない”勢いと結果を生み出すことは、すでに2014年のソチ・オリンピックでも実証されている。その根底にあるのは、内容よりもとにかく勝利にこだわる結果至上主義。これが選手たちに尋常ならざる団結力をもたらせば――。ロシア代表はグループステージ突破のノルマを越え、更なる高みへと到達することになるだろう。

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