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[捲土挑来――。指揮官、語る] 曺 貴裁「“らしく”あれ。」②

2017.05.18

[写真]=兼子愼一郎

今シーズンのキャッチフレーズは“捲土挑来”。再び勢いを盛り返して巻き返すことを意味する言葉の造語は、湘南ベルマーレを想う、すべての人が送る監督へのメッセージ。ベルマーレを率いて6年目。背負っているものは決して小さくはない。けれど―。「選手に対しても“らしさ”で勝負するしかない」「夢とか希望を捨ててやりたくないんだよ」曺貴裁監督の心は、いつでも真っ直ぐだ。

インタビュー・文=細江克弥


Jリーグサッカーキング5月号[湘南ベルマーレ特集]共走-KYOUSOU-

やっていることの意味その尺度は勝利じゃない

ただ、育てた選手が次から次へと出て行ってしまうと、ある種の寂しさ、やるせなさ、もどかしさを感じたりしませんか?

正直なところ、うちの選手がこれだけの評価を受けて外に出て行くことは、俺としてもクラブとしても全く想像していなかったんです。ジュニアユースのコーチとしてこのクラブに来た頃は、目の前にいる中学生のコバショー(古林将太/現名古屋グランパス)を「なんとかプロにしてあげたい」という思いだけ。でも、選手たちがまさかあれだけ多くのクラブに興味を持たれるようになるなんて、全く想像できなかったから。

もし、想像できていたら。

もちろん、クラブとしてもっと違うやり方ができていたと思う。でも誰にも想像できなかったし、思ったよりも順調に、思ったよりも早くこのクラブへの対外的な評価が上がって、他より少ない予算でJ1に残留することもできた。一方では、選手だけじゃなく、現場の人間や大倉(智/現いわきFC代表取締役)のようなフロントの人間にも声が掛かるようになって、「クラブというのはそういうものなんだ」と実感したよね。

確かに、世界のどのリーグを見ても、予算規模の小さいクラブは次々に選手やフロントの人材が引き抜かれます。

そういうことだと思う。でもね、分かったこともある。もちろん出て行った選手もたくさんいるけど、クラブから「残ってほしい」と言われて残った選手たちの中には「このフットボールをやりたい」と思ってくれる選手もたくさんいる。あれだけ選手を引き抜かれて倒れそうになったけど、実際は倒れない。今ここに残っているものには、たぶん、自分がやってきたことの真実とか本質があるんじゃないかと思うんです。それがあるのに、俺が目先の条件や勝利だけを求めて場所を変えようとしたら選手たちに申し訳ないし、何より、俺の中ではすごくカッコ悪い。

出て行ったものではなく、残っているものにこそやってきたことの本質がある。

そういう気がするんだよね。お金がなければ、クラブは本当の意味では強くなれないよ。サッカー専用スタジアムがなければ本当に強いチームに変化するのは難しいと思っている。でも、それは俺がコントロールできることじゃないし、アテにしたくない。だからこそ、自分がやっていることの意味を測る尺度は「勝利」だけにはできない。指導者としてうれしいと感じるのは、例えば10年後も、ベルマーレが今と同じように生き生きとたくましく戦ってくれること。今つくっているものがその時に少しでも残っていたら、それほどうれしいことってないじゃない。指導者ってそういう仕事だと思うんですよ。人の人生に深く関わる。だから責任もある。お金を稼ぐためだけにやるんだったら、他の職業でいいよね。だから「勝利」は一番であって一番じゃない。そこは絶対にブレない。

[写真]=神山陽平

おかしな言い方ですけど、身の引き際がすごく難しいですね(笑)。

いや、「やめろ」と言われたらそこまで。そう言われた時が、もしかしたら本当の意味で自分がここにいる責任を果たしたということになるのかもしれない。マンネリになったら終わり。そういう意味で、今年は本当にゼロから見直そうと思ったし、クラブと自分、選手と自分がお互いに依存する関係じゃいけないと思う。「共走」という言葉の意味もそこにあるよね。“共に走らない”と、何も変わらない。だから、変な言い方だけど指導者だって間違えていいんですよ。完璧なんてあり得ないし、力技ですべてを決めるような指導者じゃ、選手とクラブは“共に走れない”。間違えたと思ったら、「ゴメン」と言えばいいんです。やっぱり、世の中もそうであってほしいと思うよね。

曺さん自身のそういう部分って、選手たちにちゃんと届いていると実感しますか?

それしか届いていないと思いますよ。「曺さん、戦術的にもすごいよな」とは誰も……まあ、それはそれでどうかと思うんだけどさ(笑)。でも、アイツらにはホントにそれしか届いていないと思う。

でも、曺さんの中にある正解は、まさにそこにあるんじゃないですか?

うん、そうだね。「湘南スタイル」の本当の意味も、そこにあると思うんです。

アグレッシブに戦うというような表面的なことではなく、見に来てくれた人に少しでも感動してもらうために何ができるか。それをみんなで考えて理解しましょう、サッカーで表現しましょうということなんじゃないかなと。

話、変えてもいい? この間、初めて『ふるさと納税』をしたんですよ。あれって地方を活性化させるために、地方自治体への寄附を通じて地域創生に参加できる制度でしょ? そんなこと、ちょっと前まで誰も考えなかったことじゃないですか。全く前例がない。でも、「生きる」ってそういうことだよね。何かを決めつけてしまうと、そこから新しいものは生まれない。

そう思います。

「湘南スタイル」についても、そうであってはいけないと思うの。走るなんて当たり前のことで、どう走るか、どこで走るかは選手の特徴によって変わる。だから、そんな言葉に酔わないで、社会やチームに対して「どう走れば本当に機能するのか」を考えていなきゃいけない。その内的エネルギーさえあれば、どのチームでプレーしたって同じだと思うんですよ。社会で生きる意味で大切なこと、新しいものを生み出すために必要なことって、そういうことだと思うんだよね。大袈裟に聞こえるかもしれないけど、そういう、夢とか希望を捨ててやりたくないんだよ。

自分の中にはっきりとした“正”の方向がある
指導者としての弱み? そんなのいっぱいあるよ

By サッカーキング編集部

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