ウルグアイ戦でA代表初キャップを飾った中村敬斗 [写真]=Getty Images
2023年3月24日。国立競技場のタッチラインに、7番のユニフォームをまとった若者が立った。すでに何年も7番を背負ってきたかのような風格すら漂わせて。三笘薫との交代でウルグアイ代表戦のピッチに足を踏み入れたのは、89分のこと。中村敬斗が日本代表デビューを飾った瞬間だった。
後半のアディショナルタイムは3分と表示され、実際に試合が終わったのは94分。中村がプレーしたのは実質5分足らずだ。公式記録上の出場時間は「1分」になる。それでも短時間で攻守に今後への大きな可能性を感じさせるパフォーマンスを披露した。
「初招集だからお試しで使いたいとか、(日本代表は)そんな甘いもんじゃない。初招集で使ってもらえない選手なんていっぱいいる。その中でウルグアイ戦は1分、2分しか出られていないですけど、その1、2分でも感じられたことはあるし、出られない0分と1分では僕の中では天と地くらい違うと思っています」
中村は「今回、ワールドカップの後に日本代表に選ばれたことが、僕の中ではサッカー人生の中でのターニングポイントだった」とも語る。28日のコロンビア代表戦では出番を与えられなかったが、未来への大きな一歩を踏み出すことができた。
早くから将来を嘱望される選手で、U-17とU-20の2世代でワールドカップにも出場した。三菱養和SCユースからガンバ大阪へ移籍して初めてのプロ契約を結び、17歳でJリーグデビュー。その後、中村は19歳になる直前にエールディビジのトゥウェンテへ移籍し、海外へ活躍の場を移した。
ただ、常に他の選手よりも一歩先へ、少しでも早く上へ、という向上心の高さが際立つ一方、やや焦りすぎなのではという懸念もあった。筆者が中村を初めて取材した2017年のU-17ワールドカップ期間中には「個人としては世界に打って出るというか、いい意味でアピールできる場なので、いいプレーをして、ちょっと目をつけてもらえたらいい」と語っており、17歳の時点ですでに強い海外志向を持っていたのを思い出す。
G大阪でレギュラーに定着しきれていないまま欧州に飛び出したことも、不安に感じる要因の1つだった。ところがトゥウェンテの一員として迎えた2019-20シーズンのエールディビジ開幕戦でいきなり先発出場し、初ゴールも決めて鮮烈なデビューを飾る。そして、開幕から6試合連続で先発起用されて3得点1アシストという成績を残して大きな話題になった。
2019年10月にオランダで中村を訪ねた際には、こんなことも言っていた。
「本田圭佑さんは(VVVフェンロに)移籍して1年目は2ゴールくらいしか取っていない。降格してから2部で十何点か(16ゴール)取ったと思います。(堂安)律くんも(フローニンゲンの1年目は)年明けで4点目を取って、(シーズンが終わって)9点でも相当評価されていた。それを考えちゃうとキリがないですけど、僕はもっといきたい。まだまだです。これからなので」
ところが、この発言から1カ月も経たないうちに出場機会が激減。その後はBチーム降格も経験し、さらにコロナ禍に入って浮上のきっかけを見つけられないまま欧州1年目のシーズンを終えることになった。当時のことを振り返った中村は「言われてみたら、確かに尖っていましたね」と笑う。
オランダでの挑戦を1年で切り上げて新天地を求めた2020-21シーズンも、ベルギー1部のシント・トロイデンでも出番は限られ、たった半年で再び移籍を決断することになる。次なる行き先はオーストリア2部のFCジュニアーズ。現在所属するLASKリンツのセカンドチームにあたるクラブだった。
「(試合に出られなくなった時期は)怖かったですし、不安も多かったですし、このまま海外での挑戦が終わって日本に帰ることになるのかなとも思っている自分も正直いました。でも、あそこでLASKのセカンドチームがたまたまトゥウェンテの時の少しだけの実績を見つけてくれて(G大阪から)レンタルしてくれた。本当にたった一つの選択肢しかなかった中で、それもベストな選択肢だったかというと、今だからそうだと言えるんですけど、当時はわからなかった。でも、シント・トロイデンに残っていても僕に未来は見えなかったので、(オーストリア2部に)行くという決断は即決でした」
かつてシント・トロイデンの立石敬之CEOは、中村について「ものすごい才能があると、そばで見ていて感じていた」と話していたが、同時に継続して公式戦に出場できる可能性がより高い環境で競争に勝ち抜いて経験を積むことの重要性も説いていた。
実際、FCジュニアーズで信頼をつかみ取った中村は2021-22シーズン序盤からトップチームであるオーストリア1部の強豪LASKに引き上げられ、徐々にプレー時間を伸ばしていく。そして、2022-23シーズンは絶対的なエース格に成長し、現時点で公式戦14得点をマーク。「自分のプレースタイルを少し確立できた」という活躍が22歳での日本代表初招集につながった。
「人によって試合に出て成長するか、練習の中で成長できるかは別々だと思うんです。僕は実戦を経て成長するタイプなので。みんなだいたいそうなのかな。練習とか途中出場なんかより、やっぱり試合に90分間出て、出て、出て、それが成長につながると思います」
「(海外移籍する時は)怖いもの知らずでいくわけじゃないですか。三菱養和からプロに入る時も同じ感覚で、『俺だったらやれる』という気持ちでした。最初はそれがうまくハマっていたんじゃないですかね。でも、やっぱりシーズンを通して活躍する(難しさ)というのは、今季、チームの中心としてやってきてすごく感じるものです」
欧州で悔しいことも苦しいことも噛み締め、中村は変わった。かつて「まだまだ、これから」と息巻いて、本人曰く「尖っていた」頃の面影はない。現状を自分の言葉で率直に語り、しっかり足もとを見つめて一歩ずつ前に進むことができている。
「メンタルのコントロールはうまくなっているんじゃないですか。誰でも試合に出られなきゃイライラするし、フラストレーションが溜まるし、『何だよ、この野郎』ってなるし。もちろんその気持ちも大事だと思うんですけど、それをネガティブな方向に持っていくのが嫌なので」
10代の頃とはモチベーションをエネルギーに変える方法が明らかに変わった。落ち着いた語り口は、まるで悟りを開いたかのように洗練されている。「流石に大人にならないとマズいですよね」と苦笑する中村は、3年前に会った時とはまるで別人だった。
「変えようと思って変えていないですけど、やっぱり海外でプレーしている中でいいことより辛いことや苦労が多かったので、そういった中で自分の雰囲気みたいなものがちょっと変わってきているんじゃないですかね。いい意味で」
「ピッチ外ではそんなに大きくは振る舞わないというか。ピッチ内で見せるだけなので。自分でキャラ変したわけではないですけど、あまり外には出さなくなってきたのかもしれないです。昔はガンガンいっていましたから(笑)」
1歳年下で、育成年代から常に比較されてきた久保建英にはやや突き放されてしまった感がある。だが、他人と自分を比較して焦ることはもうない。中村は現実と向き合い、一歩ずつ着実に階段を上がって日本代表まで辿り着いた。「オーストリア2部というリーグで、今まで自分がプレーしてきたリーグよりはレベルが低かったので、そういう意味では一度下がったところに行ったと思います。ただ、這い上がった感覚はない」と語る通り、これまで歩んできた道のりに悔いはない。
初めての日本代表合宿では「自分のチームでただ練習や練習試合をして2週間待つよりも、すごい価値のあるもの」を経験した。もちろん同時に悔しさも。「目の色を変えてやっていく」と、新たなモチベーションを得た中村は6月シリーズで再びチャンスをつかむために燃えている。
「日本代表に選ばれてからの1週間は代表のことばかり頭の中にあって、こっちに来るまでの1、2試合は少し難しかった部分があります。けど、今こうやって活動が終わって、LASKに帰って、やるしかない。目の色変えてやります。今、自チームの監督とはいい信頼関係があるので、帰ってまたサッカーをできるのが楽しみですね」
今季の公式戦は最大で残り12試合。現在は14得点だが、中村は「20得点」を目標に掲げる。その先のステップアップも視野に入れながら、日本代表にも生き残った上で、次に目指すのは来年1月に開催予定のアジアカップ出場だ。
「三笘(薫)選手や伊東純也選手、堂安(律)選手といった、誰が聞いても日本中が知っているような選手との競争は激しいし、そういった中で途中交代で入るのは、正直プレッシャーではあります。試合に出れば『どんなプレーするんだろう?』と比較されちゃうと思うし。けど、そこを気にしていたら自分のプレーはできない。自分の持っているもの、今まで培ってきたものを出さなきゃいけない」
「今回は初招集ですけど、次なら2回目になって、そうしたら雰囲気もわかるし、チームでやりたいこともわかる。他の選手との連携や関係性も少しは上がってくるじゃないですか。そうやって時間を経て、出場機会も増やしていけるんじゃないかと。
今回、チャンスを与えられたのは1、2分で、その中で見せるものは見せて、練習でもやれるだけのことをやった。まずは来年1月のアジアカップに絶対に選ばれたい。それが今の僕の日本代表としての目標なので、6月も絶対に選ばれたいですし、アジアカップに照準を合わせて、クラブで活躍する。そこからステップアップもすると思うんですけど、絶対にまたあそこの舞台に行きたいですね」
あの頃の尖っていた中村は丸くなったのではなく、剣先をシャープに磨き上げて、成長を自信に変えてきた。一方で初招集だった日本代表では「周りの選手に比べたら信頼関係を築けていないところもある」と、まだまだ駆け出しの立場。それでも生き残りへの決意は固い。
「日本代表にまた呼ばれて、今度はもう少し試合に出られるように。そのための結果と実力をつけて帰ってきたいです」
中村にとって国立競技場での「1分」はただの1分にあらず。サムライブルーでの未来は、自らの脚で切り拓く。
取材・文=舩木渉
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