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タイvs日本 熱闘の記録 敬愛する国王への思い

2018.10.26

2016年9月6日のワールドカップロシア大会のアジア最終予選第2節は、緊張感に包まれる試合となった [写真]=ゲッティ イメージズ

2016年9月6日 バンコク
FIFAワールドカップロシア アジア最終予選 第2戦

文=大住良之 Text by Yoshiyuki OSUMI
写真=ゲッティ イメージズ Photo by Getty Images

 東南アジアで唯一、西欧列強の植民地支配を受けることなく独立を保ったタイ。サッカーの導入も今世紀初頭と早く、協会設立1916年、FIFA加盟1925年と、いずれもアジアで最も早かった。ただ、国際舞台での活躍は、第二次世界大戦後のことになる。

 当然、日本との対戦も多く、対韓国(75試合)には遠く及ばないものの、対シンガポール、対中国(共に26試合)に次ぐ22試合を戦っている。日本が国際舞台に復帰した1951年のアジア大会(ニューデリー=インド)を終えた後には、タイの首都バンコクに立ち寄って大学チームと親善試合を行っている。

 だが、22試合と言っても、タイ国内での試合が多いわけでなく、アジア大会やムルデカ大会など中立地での対戦がかなりあった。

 私が初めてバンコクで両チームの対戦を見たのは1997年2月のタイ・キングズカップだった。加茂周監督は翌月始まるワールドカップ予選に向けてGKに21歳の川口能活を抜てき。川口の成長そのものが日本代表の成長となり、ワールドカップ初出場の大きな力となった。

 それから19年後、2016年9月6日の一戦は、両国代表チームにとって最大レベルの緊張感に包まれる試合となった。ワールドカップロシア大会のアジア最終予選第2節だ。

 日本は5日前の初戦をホームで戦い、UAEにまさかの逆転負け。アウェーのタイ戦は、何が何でも勝たなければならない試合となった。

 一方のタイはアウェーでサウジアラビアを相手に大奮戦を演じた。エースのFWティーラシン・デーンダーが何回もサウジ・ゴールを襲ったが、相手GKの好守にあって得点できず、後半39分、サウジアラビアはPKを得て決勝点。タイにとっては不運な敗戦となった。しかも試合終了後、中国の傳明主審に抗議したMFサーラットがイエローカードを受け、試合中にも1枚出されていたためレッドカードとなり、日本戦に出場できなくなったのだ。

 この頃、タイ国民の心は入院中で重体と伝えられた88歳の国王ラーマ9世の健康状況にとらわれていた。中には「サッカーどころではない」という意見もあった。だが、キャティサック・セーナームアン監督率いるタイ代表は、「こんな時だから団結して勝利をつかもう」と、闘志満々だった。

バンコクの国立競技場は観客で青一色に染まった

 2009年に「タイ・プレミアリーグ」が設立されて以来、クラブへの投資が増え、この頃にはAFCチャンピオンズリーグでもタイ・クラブの活躍が目立つようになっていた。そうした中から、強烈なFKを誇るDFティーラトン・ブンマタン、破壊的なシュート力を持つティーラシン、そして「タイのメッシ」とまで呼ばれるようになった小柄なテクニシャンのMFチャナティップ・ソングラシンなどを中心にタイの戦力は充実していた。

 日本の先発はGK西川周作、DF酒井宏樹、吉田麻也、森重真人、酒井高徳、MFは山口蛍と長谷部誠をボランチに置き、右に本田圭佑、左に原口元気、トップ下に香川真司、1トップには21歳の浅野拓磨が起用された。

 午後7時15分キックオフ。気温31度、湿度66パーセント。真っ黒な雲で覆われたバンコクのラジャマンガラ・スタジアムは4万4500人の観客で青一色に染まり、アウェーでサウジアラビアを追い詰めたタイ代表に対する期待と、敬愛する国王への思いが渦巻いた。国歌が始まると、空から大粒の雨が落ちてきた。

 だが、試合は日本の猛攻で始まった。速いテンポのパス回しでタイ・ゴールに迫り、19分には山口のパスを受けて右を突破した酒井宏のクロスを原口が闘志あふれるダイビングヘッドでゴール左隅に決めて先制する。

 後半に入っても日本の動きは落ちない。そして、30分には中盤から長谷部が無造作に相手DFラインの背後に蹴ったパスを追った浅野がスピードを生かして抜け出し、勝負を決定づける2点目をゲットする。

 タイは後半半ばから交代で出場していたMFプラキット・ディープロムが後半44分に2枚目のイエローカードで退場になり、予想外の一方的な内容で日本が2-0で勝利を飾った。

 5日前のサウジ戦で見せたアグレッシブなプレーを、タイは全く出せなかった。コンディションの問題だった。猛烈な暑さのリヤドで全力を出し切り、そこから十分回復しきらないまま日本戦を迎えてしまったのだ。

「日本とは、フィジカルでもテクニックでもスタンダードが違っていた」

 試合後、キャティサック監督も、コンディションが万全でなかったことを認めた。この時点でタイは2戦2敗で6チーム中最下位。最終的に0勝2分け8敗でこの最終予選を終えた。

 試合直前に降り始め、試合中は断続的に降っていた雨は、試合終了後まるで天地をひっくり返したような豪雨となり、たくさんの観客をスタジアムにくぎ付けにした。そして2時間近くたって雨が上がった時には、気温も大きく下がっていた。それはまるで、天が「サッカーは終わった。さあ、国王の健康回復を祈ろう」と、タイ国民、バンコク市民に呼び掛けているようだった。

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