2018.10.23

ベトナムvs日本 熱闘の記録 思いがけない始まり方

ハノイの西郊にあるミディン・スタジアムは早くから満員の観客で埋まり、異様な雰囲気に包まれていた [写真]=アフロ
サッカー総合情報サイト

2007年7月16日 ハノイ
AFCアジアカップ グループステージ 第3戦

文=大住良之 Text by Yoshiyuki OSUMI
写真=アフロ Photo by AFLO

 フランスによる植民地支配、それに続くベトナム戦争、南北統一後もカンボジアや中国との紛争が続いていたベトナムで、ようやく政治が安定し経済も伸び始めた2007年、AFCアジアカップの決勝大会が開催された。インドネシア、マレーシア、タイとの4カ国での共同開催。ベトナムにとっては、連続して4位となった1956年、1960年の第1、2回大会に次ぐ、3度目のアジアカップ決勝大会出場だった。

 前回優勝の日本、そして中東の強豪UAE、カタールと同じB組になったが、国民の期待は高まった。B組の主会場は首都ハノイ。4年前に完成したばかりの4万人収容のミディン・スタジアムで、ベトナムは見事期待に応えた。

 日本が最有力、2位を争うのは中東勢のどちらかと見られていたグループ。だが、初日に大波乱が起きる。ベトナムがUAEに2-0で完勝したのだ。0-0で迎えた後半18分、ベトナムは中盤で相手ボールを奪ったMFフイン・クアン・タンが前線に出してそのまま走り上がり、最後は右足で突き刺した。10分後にはMFグエン・ミン・フォンのロングパスを受けたFWレ・コン・ビンがループで2点目を決めた。

 1998年からベトナム代表を断続的に指導してきたスイス人のアルフレッド・リードルの下、この大会のベトナム代表は若く、そしてスピードにあふれていた。中でも21歳のレ・コン・ビンと20歳のFWファン・タン・ビンのコンビは、全国民の期待を担っていた。

 勢いに乗ったベトナムは第2戦でも、初戦で日本と1-1で引き分けたカタールを相手に攻撃的なサッカーを展開、レ・コン・ビンからファン・タン・ビンに渡って前半32分に先制、1-1の引き分けで勝ち点を4に伸ばした。

 イビチャ・オシム監督率いる日本は、初戦、カタールと1-1で引き分けたが、第2戦はUAEを3-1で破り、勝ち点4。最終戦に勝ってグループ1位になれば、このままハノイにとどまって準々決勝を戦うことができるが、負ければ他の試合の結果次第で敗退もあり得る。

 日本とベトナムの対戦はこれで5回目。過去4戦はすべて「南ベトナム」時代で、1961年にマレーシアのムルデカ大会で2-3の敗戦を喫したのを皮切りに、多くは中立地で対戦してきた。1967年にはメキシコ五輪予選の最終戦で対戦し、1-0で勝って出場権を獲得した。しかし、1973年のワールドカップ予選(韓国・ソウル、4-0で日本の勝利)以来、34年間対戦がなかった。日本にとってアウェーでの対戦は初めてだった。

前半7分にベトナムが先制。スタジアムが歓喜に包まれた

 2007年7月16日金曜日。キックオフは午後5時20分と早かったが、ハノイの西郊にあるミディン・スタジアムは早くから満員の観客で埋まり、異様な雰囲気に包まれていた。

 日本の先発は、GK川口能活、DF加地亮、中澤佑二、阿部勇樹、駒野友一、MFは中村憲剛と鈴木啓太をボランチに置き、右に遠藤保仁、左に中村俊輔、2トップは高原直泰と巻誠一郎。ベトナムは、それまで猛威を振るってきた2トップから4-2-3-1に変更し、レ・コン・ビンの1トップとした。

 試合は思いがけない始まり方となった。前半7分、ベトナムの左CK。MFグエン・ブ・フォンがニアポストに走ったレ・コン・ビンに強いボールで合わせると、レ・コン・ビンはスルー。その背後にいた鈴木の右足に当たり、ボールは日本ゴールに飛び込んでしまったのだ。スタジアムが爆発的な歓喜に包まれる。

 だが、この異様な空気の中、日本は慌てなかった。その5分後、中村俊が左外に走り上がってパスを受け、マークに来たDFグエン・フイ・ホワンをあっさりといなすと、エリア外からクロス。ファーポストに走り込んだ巻が胸で押し込んで、あっという間に同点にしてしまったのだ。31分には、エリア外左のFKを遠藤が右上隅に決めて前半のうちに逆転に成功。そして後半にも中村俊と巻が加点。終わってみれば4-1の快勝だった。「前半はパワーがあって悪くなかった。しかし、後半早い時間に失点したことで、日本に試合を決められてしまった」。試合後、リードル監督は残念そうに語った。

 幸いなことに、同じ時間にホーチミン市で行われた試合は、UAEが終了間際の得点でカタールに2-1と逆転勝ち。勝ち点4のままで止まったベトナムが辛うじて2位を確保し、準々決勝進出が決定した。大会ホストの4カ国のうち、グループを突破したのはベトナムだけだった。

 5日後、タイのバンコクでA組1位のイラクと対戦したベトナムは、0-2で敗れて大会を終える。5万人を収容するバンコクのラジャマンガラ・スタジアムを埋めた観客は9720人。在バンコクのベトナム人が駆け付けたが、ミディンの4万人の熱狂とは比較にならなかった。その中で、強固な守備とエースのユニス・マフムードの得点力を看板とするイラクに対抗する力は、ベトナムにはなかった。

 この大会のベトナムのエース、レ・コン・ビンは、その後ポルトガルでも活躍、2013年にはコンサドーレ札幌で半年間プレーし、ベトナムにJリーグ・ブームを巻き起こした。

総力特集 加速する東南アジア ベトナム/フィリピン/タイ/カンボジア 『アジアサッカーキング』

[主なコンテンツ]
---
  • 発売日:2018年10月17日

Jリーグ順位表

川崎F
63pt
サンフレッチェ広島
56pt
鹿島アントラーズ
52pt
Jリーグ順位をもっと見る
松本
76pt
大分
75pt
町田
75pt
Jリーグ順位をもっと見る
琉球
63pt
鹿児島
51pt
沼津
48pt
Jリーグ順位をもっと見る