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【コラム】山口蛍が劇的ゴールで打った“世代交代”への布石 ドイツから国内組を選んだ男の覚悟とは

2016.10.07

劇的な形で決勝ゴールを奪った山口蛍 [写真]=兼子愼一郎

 原口元気(ヘルタ・ベルリン)の技ありヒール弾で1点をリードしながら、酒井宏樹(マルセイユ)が与えたFKからサード・アブドゥルアミールにヘディング弾を決められ、1-1のまま後半アディショナルタイム突入を余儀なくされた日本代表。すでに岡崎慎司(レスター)、本田圭佑(ミラン)はピッチから去り、香川真司(ドルトムント)もベンチから戦況を見つめている。アルベルト・ザッケローニ監督時代から足掛け7年間、得点源として君臨してきた3枚看板抜きの日本は、イラク相手に本拠地・埼玉スタジアムで1-1のドローという苦い結果を突きつけられる寸前まで追い込まれていた。

 ホームで2度続けて失敗すれば、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督の去就問題に発展するのは必至の情勢。最悪のシナリオを食い止めたのが、背番号16をつけるボランチ・山口蛍(セレッソ大阪)だった。後半アディショナルタイムが4分経過した時、中盤でボールを拾った彼は前線に上がった吉田麻也(サウサンプトン)に鋭いフィードを供給。吉田が粘って左サイドの好位置でファウルを得た。FKのキッカーは名手・清武弘嗣(セビージャ)。彼が蹴ったボールを相手DFがクリアした瞬間、山口は凄まじい勢いで反応。ペナルティエリア内側ギリギリのところで迷うことなく右足を一閃。ゴールネットを揺らすことに成功した。

 この一撃には日頃、感情を表に出さない男もさすがに感極まったのだろう。ド派手なガッツポーズを見せ、満面の笑みを弾けさせながら一目散にベンチへ走っていく。仲間たちも歓喜の輪を作って彼を祝福した。

「その前に宏樹のクロスにヘディングで行ったんですけど、最初はボレーで行くかなと思ったけど『絶対ふかしてしまう』と頭で行ったんです(結果的にはミス)。2回目のやつは最後やったし『思い切って振りぬこう』と思った。たぶんあれ以上浮いてたら相手に当たってたと思うんで、まあしっかり抑えられてよかったと思います。(2015年8月の)東アジア(カップ=武漢)では得点がありましたけど、ちゃんとしたA代表ではゴールを決めたことがなかったんで、そろそろ取りたいなという話はしてました。世界を見渡してもボランチの選手が点を取っているのがすごく多い。僕がもっと取らなくちゃいけないというのはありました」と26歳のバースデーに劇的決勝弾を叩き出した中盤のダイナモは安堵感を露わにした。

 その山口だが、今年1月に移籍したドイツのハノーファーからわずか半年でJ2を戦っている古巣・C大阪に復帰した際、ハリルホジッチ監督から「蛍のJ2復帰は全く喜んでいない。彼はドイツでいいプレーをするのに必要なクオリティを全部持っていて、興味深い選手になるはずだった」と酷評されている。本人も「半年は(代表に)呼ばれない覚悟を決めた。代表どうこうより、チームをどうにかしなくちゃというのが強かった。だから代表のことは全然気にしてない」と割り切り、クラブ最優先のスタンスに徹するつもりだった。

 それでも、代表に呼ばれれば、持ち前の闘争本能が前面に出てくる。9月のタイ戦(バンコク)での完璧なパフォーマンスは彼の高い能力とタフなメンタリティを象徴していた。そして、今回のイラク戦も1-1の難しい状況下で投入されながら、タフなイラク人選手相手にデュエルの強さを見せつけ、危ない場面でしっかり相手の流れを切った。そのうえで重要な決勝ゴールまで決めたのだから、指揮官に「今日得点を決めたらシャンパンをおごると言っていたが、彼は2杯飲めるくらいの価値をもたらした」と大絶賛されるのも当然と言えば当然だろう。

「国内組でもできるっていうところを見せなくちゃいけないし、前のタイ戦もそういう思いでやっていたから。今日はたまたまゴールにつながりましたけど、そういうものを毎試合毎試合見せていかないと、言われ続けると思う。やっぱり毎試合、何か見せなくちゃいけないなというのはすごくあります」と本人も強調していたが、彼はJ2にいても成長できることをこの先も実証し続けなければいけない。数多くの批判にさらされながら、古巣復帰を選んだからこそ、その自覚は他の国内組以上に強いに違いない。

 この日は彼を筆頭に、原口、清武と同じロンドン世代の選手たちが好結果を出した。そうやって自分たちの世代が押し上げていかなければならないという危機感を、山口は以前から何度か口にしていた。

「ホントは俺らの世代がもっと出てこなくちゃいけないと思うんですけど、どうしても北京世代を崩せない部分がある。そこはもっとやんなくちゃダメだ。自分はJ2にいてホントに厳しいと思いますけど、やってかなきゃいけない」という言葉通り、彼は目覚ましい働きで世代交代への布石を力強く打ったのだ。

 この調子で絶対的ボランチの地位を確立し、日本の大黒柱の1人へと飛躍すること。それが2014年ブラジル・ワールドカップ3試合全てに出場した男の責務である。さしあたって5日後の次戦・オーストラリア戦(メルボルン)は山口の球際や寄せの強さが必要不可欠なゲーム。まさに彼の真価が問われる大一番になるだろう。

文=元川悦子

By 元川悦子

94年からサッカーを取材し続けるアグレッシブなサッカーライター。W杯は94年アメリカ大会から毎大会取材しており、普段はJリーグ、日本代表などを精力的に取材。

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