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“突貫小僧”から“サイドの職人”へ…挫折から新境地を見出した長友佑都の貢献力

2015.11.13

シンガポール戦でフル出場した日本代表DF長友佑都 [写真]=Getty Images

 “因縁”のシンガポール代表相手にアウェーで鮮やかな勝利を飾った日本代表。どうしても新戦力の台頭に目を奪われがちだが、その中で職人的なプレーを随所に見せて貢献した選手がいる。長友佑都(インテル)。これまで爆発的な走力を押し出してサイドからダイナミックにチームを引っ張ってきた左サイドバックは、時に従来の持ち味を発揮しながら、90分間を通してのプレースタイルに変化を見せている。

 3-0と快勝したシンガポール戦の64分、結果的に得点にはならなかったが、相手の守備網を崩す決定的なシーンがあった。1トップの金崎夢生鹿島アントラーズ)が相手のマークを外して飛び込むと、長谷部誠(フランクフルト)から絶妙な浮き球のパスが通り、GKと1対1になりかける。しかし、金崎のトラップが大きくなり、シュートを打ち切れずにカットされた。

 日本の攻撃がやや停滞していた時間帯に見られた最大のチャンスだったが、そのきっかけを生んだのが左サイドバックを担った長友の走りだった。同選手がDFラインの間からダイアゴナルラン(斜め方向への動き出し)をしたタイミングではボールは出てこなかったものの、その動きに相手DFが引っ張られて金崎の前にギャップが生じたのだ。

「ダミーの動きと言いますかね。ボールが出てこなかったとしても、僕が走ることで相手は意識してラインを引かなければいけない。あそこで走ることによって他の選手が空いてくるということが大きい」

 こう本人は振り返る。結果的に3得点のすべてに直接は絡んでいないし、ピッチに立っていた11人の中で特に際立った活躍を披露したわけでもない。しかし、長らく国際経験を積んできた29歳は、随所に気の利いたポジショニングとランニングで攻守にわたってチームを支えていた。これぞ“左サイドの職人”とも言うべきプレーだ。

「前半は自分の前方に武藤(嘉紀/マインツ)がいて、サイドに張って1対1で勝負したがっていた。そこで僕が上がると相手はサイドハーフの選手まで戻ることになってスペースを消してしまう。だから最初から高い位置を取るのではなく、引いた位置で前にスペースを空けてから(攻撃に絡む)という意識でやっていました」

 攻守に「うまくバランスを取れた」という長友は、武藤との縦の距離感に加え、シンガポール代表の攻撃のキーマンとなる11番のファリスを封じるタスクに関しても、ある程度低めのポジションに構えることで重要な役割を担っていた。「まずはあそこをケアしてから。なぜなら僕はサイドバックなので」と語る長友はこう続けた。

「インテルでも同じこと、しっかりと守備をしてから、いいタイミングで上がるというところを求められている。今日もそれを意識した。やみくもに攻め上がるだけじゃなくて、バランスを見るところから入りました」

 昨シーズン途中から指揮を執るロベルト・マンチーニ監督の下、今シーズンは開幕前から移籍話が持ち上がるなど、インテルで苦しい立場が続いていた長友。本人もチームに残留できるかどうかは「神のみぞ知る」と話すほどだったが、気持ちが折れることなく再び自分のポジションをつかみ取った。

「チームのために戦っているという犠牲心。そういったものは監督の心にも届くかなと思っていた。僕が逆の立場で監督をしていたら、やっぱりそういう選手を使いたいと思う。チームを支えるプレーができているのは自分のパフォーマンスがいいという表れなので、そこはイコールなんじゃないかな」

 長友の献身的なメンタリティが時間をかけてマンチーニ監督の評価と信頼を高めたのは間違いない。インテルでは同監督とマンツーマンで居残り練習に取り組むなど、指揮官の大きな期待がうかがえた。と同時に戦術的なタスクをしっかりこなせることを長友が練習から示し続けたのだろう。こういった意識は2014年夏のブラジル・ワールドカップ後から変化として見られたものだった。

 ブラジルW杯前の長友は積極的な姿勢を見せていた。サイドからガンガン仕掛け、個で違いを生み出す自信に満ち溢れていた。あるいは個で違いを生み出すことがチームに最大の貢献をもたらすと考えていたのかもしれない。しかし、その彼を待っていたのは惨敗だった。まだ課題をすべて整理できたわけではないだろうが、とにかくチームのために動き、いかに犠牲になれるかに集中する。それにより見えて来たビジョンはこの1年間で向上していると感じる。

 もちろん長友の能力的な持ち味が失われたわけではない。ハードワークをベースにしたプレースタイルは健在だ。時に爆発的な走力や突破を見せて決定的なシーンを導き出す場面もある。しかし、そうした目立つプレーを繰り出すことにこだわるのではなく、90分間のゲームでバランスを考えながらオフ・ザ・ボールの動きやカバーリング、バランスワークで貢献してチームを安定させる。それが個人のいいパフォーマンスにもなる。そうした境地に立てたのは、ここまで蓄積してきた経験の賜物だろう。

「前にいい選手がたくさんいますし、地味でも僕にできることがあるはず。それに徹しているという感じですね。歳を取ってきているし、いろいろな経験もさせてもらっているので。若い選手たちを生かせるようなプレーをできれば、もっともっといいチームになっていくんじゃないかと思うし、その一員でありたいと思うので」

 飽くなき上昇志向で走り続けてきた長友もキャリアの折り返しを迎えている。体力的な部分を維持しながら、いかに成長できるか模索する段階にあり、長友なりに見いだした答えが現在のプレースタイルなのだろう。地味でも効果的なプレーを随所に出していくことで攻守にいい流れをもたらし、機を見て決定的な場面を作り出す。まさに“いぶし銀”とも言うべき輝きが、チーム全体の光度を高めることになる。

「(シンガポール戦は)いい崩しができても、ゴールに結び付くというのが少なかった。その精度を上げていくことはもちろんですけど、仲間の動きを最後まで見てコミュニケーションを取ることを心がけていきたいですね」

 大舞台での挫折から新境地を開拓した長友の働きは、これまで以上に彼をチームで重要な存在にならしめるかもしれない。ただし、長友の価値が本当の意味で問われるのは来年のアジア最終予選、そしてその先に待っている世界との戦いだ。向上心に溢れる長友は、同ポジションのライバルたちと切磋琢磨しながら職人的なビジョンに磨きをかけていくことだろう。悪夢のシンガポール戦を乗り越え、改めて前進したハリルジャパンの“土台”には、成長を止めない頼りになるベテランがいる。

文=河治良幸

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