2015.09.18

クラマー氏の訃報にJFA大仁会長「クラマーさんがいなかったらどうなっていたか」

クラマー トゥヘル
表彰されるクラマー氏(左)と現ドルトムントのトゥヘル監督(右)(写真は2011年のもの) [写真]=Bongarts/Getty Images
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 「日本サッカーの父」と称されたデットマール・クラマー氏が17日、90歳で亡くなった。18日にバイエルンの公式ツイッターが発表した。

 日本サッカー協会(JFA)の大仁邦彌会長は18日、クラマー氏の訃報を受けてJFAハウスで記者団の取材に応え、「突然の訃報に驚いています。日本サッカーの近代化はクラマーさんによってもたらされました。日本サッカーの大恩人の訃報を、日本全国のファンも関係者も悲しんでいると思います」と追悼の意を表した。

 ドイツでユース代表を率いるなど指導者として実績を残したクラマー氏は、1964年の東京オリンピックに向けて強化を進める日本代表を強化するために1960年に来日。日本サッカー協会にとっては初めての外国人指導者で、大仁会長は「当時のJFA関係者の立派な決断だったと思います」と先人の英断に敬意を込めた。

 その後、クラマー氏に率いられた日本代表は東京五輪でアルゼンチンを破ってベスト8入り。ここでクラマー氏はドイツへ帰国したが、4年後のメキシコ五輪銅メダル獲得の礎を築いただけでなく、現在のJリーグにつながる全国リーグの創設や指導者育成システムの構築、芝生のグラウンドを増やすことなど、未来に向けた五カ条を残して「日本サッカー界の父」と称された。

 現役時代に指導を受けたという大仁会長は、「基本を徹底的に教えられました。特にインサイドキックは徹底して指導されたことが懐かしく思い出されます。それが今も日本サッカーに息づいているし、そこが強さでもある」と回顧。そして「最後にお会いした時も、サッカーの話をし始めると終わらない。サッカーに懸ける熱意は晩年でも変わらなかった。それはすごいと思います」とサッカーに対する故人の愛情と熱意に触れていた。

 今年がクラマー氏来日55周年、JSL設立50周年の節目となることから、日本サッカーミュージアムでは偶然にも10月から「ドイツサッカー交流展(仮)」を実施し、そこでクラマー氏の貢献について紹介する予定だったという。大仁会長は「そこで何かを執り行いたい」との意向を示し、「クラマーさんがいなかったら、今の日本サッカー界はどうなっていたかと思うくらい。本当に感謝している」と改めて恩人への思いを口にしていた。

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