2014.04.03

数々のドラマを生んできたW杯メンバー発表会見、過去のサプライズを振り返る

2006年5月15日、ドイツW杯メンバーを発表するジーコ監督[写真]=Getty Images

 日本サッカー協会が3日、ブラジルW杯に出場する23名のメンバー発表を5月12日に行うことを発表した。

 すべてのサッカーファン、選手の夢であり、4年に一度しか訪れない大舞台。その栄光のピッチに立てるチャンスがあるのは、わずか23名のみ。W杯本大会のメンバー発表を巡っては、過去にも様々なドラマが生まれている。

 最もセンセーショナルだったのは、日本が初めてW杯に出場した1998年のフランス大会だ。当時の指揮官岡田武史氏は、スイスのニヨンで行った大会前の合宿に登録メンバープラス3人の25名の選手を連れていった。そして、大会直前の最終メンバー選考の際、岡田監督は「外れるのは北澤(豪)、カズ、三浦カズ(知良)、 市川(大祐)の3選手です」と発表した。
 
 それまでの日本代表の象徴的存在であり、誰よりW杯出場への思いを強く持っていた三浦知良が直前で外れたことは、サッカーファンに大きな驚きを持って迎えられ、当時のことは今なお語り継がれている。
  
 自国開催となった2002年大会では、中村俊輔の動向が大きな注目を集めていた。類まれなテクニックとセンスを持つ中村のプレーには誰もが魅せられていたが、当時のフィリップ・トルシエ監督のチーム中ではフィットしきれていなかった。結果は落選。横浜FMのクラブハウスに詰め掛けた大勢の報道陣の前で、涙をこらえながらインタビューに応える様子は何度も放送され、失意の中村はその後イタリアのレッジーナに移籍した。
 
 なお、トルシエ監督はこの時のメンバー発表で、精神的支柱としての役割を期待し、中山雅史と秋田豊のベテラン2人をサプライズ招集している。
 
 その4年後のドイツ大会。ジーコ監督は、代表入りが確実視されていた久保竜彦の代わりに、FWの5人目として巻誠一郎をサプライズ招集した。指揮官が「マキ」と読み上げた瞬間、会見場に詰め掛けた報道陣からは大きなどよめきの声が上がった。巻はグループリーグ第3戦のブラジル戦に先発出場している。
 
 記憶に新しい2010年の南アフリカ大会では、それまで岡田ジャパンでの実績が少なかった矢野貴章と、右脛骨骨幹部骨折で半年間もの間実戦から遠ざかっていた川口能活が招集された。岡田監督は、川口の精神的な強さを評し、「第3GKとしてどうしても必要な存在」とその理由を語った。かくして本大会に望んだチームは、ベンチメンバーも含めた強固な団結力で、ベスト16進出という快挙を成し遂げた。
 
 一方で、若手筆頭株として注目を集めていた香川真司は落選し、サポートメンバーとしてチームに帯同。大会後に移籍したドルトムントでは、その悔しさを晴らすかのような大活躍を見せ、現在の地位を築くに至った。
 
 様々なドラマが生まれてきたW杯メンバー発表の日。果たして2014年5月12日、ザッケローニ監督の口から誰の名前が読み上げられるだろうか。

文/田中亮平(編集部)

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