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「やり切った」と言い切った爽やかな笑顔 44歳天才レフティーは次のステージへ

2022.10.24

熊本戦後、笑顔を見せた中村 [写真]=Getty Images

 2000年、2013年と2度のJリーグMVPに輝き、日本代表でも98試合出場24ゴールという偉大な足跡を残した中村俊輔横浜FC)。彼の現役ラストマッチとなったのが、10月23日の明治安田生命J2リーグ最終節、ロアッソ熊本戦だ。

 舞台となったえがお健康スタジアムには、熊本のリーグ戦4位が懸かる最終節ということも相まって、2万1508人もの大観衆が集結。44歳の天才レフティの最後の雄姿を焼き付けた。

「この2週間はスタメン組でやらせてもらって、ヨモさん(四方田修平監督)や(長谷川)竜也とも話して頭からキャプテンを任せてもらった。感謝の気持ちでやることが恩返しになると思った」

 神妙な面持ちで話す中村の先発は2021年4月7日のサンフレッチェ広島戦以来、1年半ぶり。コンディショニングやスパイク選びなど長年のルーティンを1つ1つ確実に遂行し、スタートから出る公式戦の感覚を噛みしめながら、大ベテランはピッチに立った。

 3-4-2-1の右シャドウに入った背番号25は相手のハイプレスにさらされる中、守備での貢献を意識して試合に入った。何度か激しいスライディングタックルを見せ、23分と37分には待望のFKのチャンスを得る。一度目は右タッチライン際で距離が遠かったこともあり、マテウス・モラエスが競るだけで精一杯だったが、ペナルティエリア左外からの2度目はエースFW小川航基に合った。残念ながらヘッドは枠を超えたが、今季26ゴールとJ2得点王に輝いた桐光学園の後輩に、中村は最大級の賛辞を送った。

「航基のことは俺、ジュビロ入った時に『この子は甘くて大丈夫かな』と(苦笑)。今年も合宿に入ってあんまり変わってないと思ったけど、ヨモさんが目をつけて、これだけ点取ったでしょ。そこは反省しなきゃいけない。嗅覚だけで決めつけちゃいけない。違う見方をしなきゃいけないって勉強になったよ」としみじみと語っていた。

 試合は1-1で折り返したが、後半頭に横浜FCは2失点。小川が1点を返したものの、四方田監督は攻撃のギアをもう一段階上げるため、中村を下げる決断をする。61分に交代ボードが掲げられた瞬間、笑顔で長谷川ら仲間一人ひとりと抱擁。日本代表時代に指導を受けた敵将の大木武監督からの握手も受けつつ、爽やかな表情でベンチに下がった。

 その後、3カ月前に手術した右足首をアイシングしながら戦況を見守ったが、横浜FCは凄まじいラストスパートを見せ、4-3で逆転。実に派手な戦いで勝利をもぎ取り、名手の引退に花を添えたのである。

「相手も昇格プレーオフ(のホーム開催)が懸かった試合だし、4-3だし、いい試合だったでしょ。ウチは2連敗していたし、みんなで戦う気持ちでやれたのはすごく嬉しい。俺が最後だからとかじゃなくてね。(やり切った?)本当、そうですよ」

 彼からは、現役選手としての仕事を全て果たしたという達成感、安堵感のようなものが見て取れた。代表を退く決断をした2010年南アフリカW杯のパラグアイ戦後の沈痛な面持ちとは、まさに対照的だった。

 比較的スッキリした気持ちになれたのも、40代突入後、少しずつ心の整理をつけてきたことが大きいようだ。

「40くらいからだんだんそういう気持ちが出てくる。いろいろな選手が辞めていくのを見るから。だから『いつでもやめられるように』と覚悟を持ってやってきた。足首も痛くなって、試合にも出てないのに、やっていていいのかなって思いもあったから。奥さんに(引退を)言ったのは、去年の今頃かな。『何で勝手に決めるの』みたいに言われたけど。今年1年延ばした感じかな。家族はサポートするなんてレベルじゃない。本当に一緒に戦ってくれた。感謝だね」と中村は肉体的限界を越えるまで、家族とともに戦い続けたことを改めて明かした。

 類まれな戦術眼と洞察力を備えた男が次に見据えるのは、指導者という明確な目標だ。横浜マリノス(当時)入りした10代の頃から「子どもにサッカーを教えたい」と言い続けた中村だが、すでにJFA公認B級ライセンスを取得。これから本気でトップレベルのコーチに転身しようとしている。

 そのためには「中村俊輔」という看板を一度、完全に下して、真っ白になった状態から出直す必要がある。本人も覚悟を決めている。

「ゼロからだと。自分の感覚を1回捨てる必要があるし、経験が邪魔することもあるから。全部空にして始める。結局、サッカーは人と人。信頼関係とか人間性の方が戦術より勝るのを見てきたから。ボードはあくまでボード。いろいろな角度でいろいろな人から吸収出来ればいい」と語気を強めた。

 中村ほどの高度なキャリアを持つ人間から見れば、知識や察知力が低かったり、技術レベルの低い人間のことをすぐには理解できないかもしれない。そんな選手にかみ砕いて説明し、向上を促すというのは、まさに信頼関係がなければできないことなのだ。

 彼自身も横浜FMの若手時代に寄り添ってくれたハビエル・アスカルゴルタ監督やオズワルド・アルディレス監督、セルティック時代のゴードン・ストラカン監督など数々の指揮官から薫陶を受け、世界で名を馳せるまでに至った。スピードや屈強なフィジカルに頼らず、頭と高度な技術で生き抜いてきた中村だからこそ、育てられる選手がきっといる。そんな逸材を表舞台に押し上げ、勝てるチームを作ること…。彼には大きなタスクが課せられるのだ。

 四方田、大木両監督も「ああいう特長のある、お客さんの呼べる選手はなかなか出てこない。それをどう育てていくのか。日本サッカー界全体の課題だと思います」と口を揃えていた。その高い壁に向かって突き進む中村の第2の人生が今から楽しみだ。

取材・文=元川悦子

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By 元川悦子

94年からサッカーを取材し続けるアグレッシブなサッカーライター。W杯は94年アメリカ大会から毎大会取材しており、普段はJリーグ、日本代表などを精力的に取材。

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