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甲府の歴史を凝縮した決勝を制す 苦難の20年を知る男・山本英臣が賜杯掲げる

2022.10.17

甲府在籍20年の山本 [写真]=金田慎平

 地獄から天国…。

 それは、まさにヴァンフォーレ甲府の42歳の大ベテラン、山本英臣を象徴する言葉ではないだろうか。


 10月16日に日産スタジアムで行われた第102回天皇杯決勝のサンフレッチェ広島戦。1-1のまま延長にもつれ込んだ112分に満を持してピッチに立ちながら、116分に満田誠の蹴ったボールをペナルティエリア内で左手に当ててしまい、PKを献上したのが山本だった。

「もうこのままやめようかな…。正直、自分の人生が終わったな」

 本人は絶望感に打ちひしがれたという。

 直後の満田のPKを守護神である河田晃兵が右手一本でセーブし、九死に一生を得た甲府はそのままPK戦へと突入。3人目まで両者成功し、迎えた4人目。先攻の広島、川村拓夢のシュートを河田が再び止め、一気に優勢に立った。

 4番手と広島の5番手が成功し、迎えた甲府の最終キッカーは4番を背負うクラブ在籍20年目の男。重大なミスを2度は犯さなかった。確実にGK大迫敬介の動きを見据え、右足を一閃。ループ気味に枠を捉え、愛するチームにタイトルをもたらしたのだ。

[写真]=金田慎平

「回って来てほしいというか、蹴りたいなという気持ちがありました。今、思い返すとちょっと怖いくらい(苦笑)。だけど、あの時は意外と冷静だった。1回救ってもらった命だったので、自分の思い通りのキックをしようと。それがしっかりできました」と、引き寄せた天皇杯タイトルの重みをひしひしと感じていた。

 山本が甲府へ赴いたのは2003年。ジュニアユースから在籍していたジェフユナイテッド市原(現千葉)を2002年末に契約満了となり、セレクションを受けて挑戦権をつかんだのだ。とはいえ、当時の甲府は2000年末の存続危機から少しずつ脱しつつあった頃。経営基盤はまだまだ脆弱で、選手を取り巻く環境も整っていなかった。

「最初、『寮はここだ』って言われた場所に行っても、通過してしまったくらい。電気もついていないし、『まさかここじゃないよな?』と。大変なところに来たなと思いました」と山本は苦笑する。

 その寮も当時の海野一幸社長(現最高顧問)が山梨県の担当者から「遠隔地の高校生のための寮が何年も使われていない状態になっている」とアイデアをもらい、斡旋を受け、妻とともに一つひとつ、丁寧に掃除をし、手を入れて住める状態にしたものだった。

 この頃はもちろん専用練習場もなく、選手たちはジプシー状態。そんな中、会社のスタッフは現場を取り巻く環境を少しでも良くするため、営業努力を惜しまず、献身的にサポートしてくれた。そういった姿を目の当たりにした山本も「甲府は本当にサッカーに真摯に向き合うチーム。自分も若い頃は落ち着いていない性格だったけど、自分をキレイにしてくれた。昔からいる会社の人たちは本当にすごいと思います」と感謝の念を深めていった。

[写真]=金田慎平

 大木武監督率いるチームが2005年12月のJ1・J2入れ替え戦で柏レイソルに勝った時も「ミラクル」と言われた。この時の甲府は年間運営費6億円の小規模クラブ。日本代表経験のある明神智和、玉田圭司らを擁した柏とは5倍以上の差があった。

 しかも、ホーム初戦では終了間際に小瀬スポーツ公園陸上競技場(現JITリサイクルインクスタジアム)の照明が落ちるというアクシデントが発生。アウェイ第2戦の後には、J1入会金6000万円とJ1年会費4000万円を支払うだけの十分な資金が銀行口座にないという事態にも直面した。昇格決定によって翌年のクラブサポーターと年間シートが爆発的に売れ、何とか事なきを得たが、そんな紆余曲折を山本ら現場の選手も感じていたはずだ。

「自分たちは1人でJ1に上がったんじゃない。このクラブは家族。恩返しをしなきゃいけない」という事実を脳裏に刻み付けて、ここまで歩んできたことだろう。

 その後、甲府は2度の昇格と3度の降格を味わい、現在はJ2にとどまっている。だからこそ、タイトル獲得というのは夢のまた夢だったに違いない。

 ガンバ大阪の控えGKとして2014年の3冠を経験している河田も「まさか甲府でタイトルが取れるとは思わなかった」と本音を吐露した。その気持ちは山本も全く同じ。ゆえに「この機を逃してはいけない」という彼自身の思いも切実なものがあったはずだ。

[写真]=金田慎平

「今、改めて、J1初昇格の時を思い出すと、ハード面とかは全然ついてきていなかったけど、自分たちが昇格することによって環境が変わった。今回の優勝もそういうきっかけになればいいと思います」

 甲府はこの優勝で来季のAFCチャンピオンズリーグ出場権を勝ち取ったが、本拠地のJITスタジアムは大会開催基準を満たしていないため、他のスタジアムで開催する可能性が高い。だが、山本の言葉通り、本拠地が開催基準を満たす競技場になる可能性を模索できればクラブや地域にとって一番。それ以上に新スタジアム建設機運が高まれば、最高のシナリオだ。

 加えて言うと、2021年時点で年間運営費約13億円の甲府の運営規模が15億、20億円と増えていけば、J1復帰と定着にも近づく。以前、アビスパ福岡の川森敬史社長も「J1定着にはチーム人件費17億円は必要」と話していた。

 そういうクラブ規模になるために、天皇杯制覇を機に大きな飛躍を遂げること。長年の苦労を知り尽くす山本自身もピッチで貢献しつつ、発展に寄与していく覚悟だ。

取材・文=元川悦子

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