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古巣と大舞台で対峙できた柿谷曜一朗の幸せ 名古屋移籍後初タイトルの原動力に

2021.11.01

サポーターへ向かってガッツポーズの柿谷 [写真]=兼子愼一郎

「決勝が決まった時から本当にワクワクしています。セレッソ大阪は自分が育った場所。名古屋グランパスに来なかったら、このワクワクした経験はできなかった。すごく楽しみですね」

 10月30日のJリーグYBCルヴァンカップ決勝を控えた前日会見で、名古屋の背番号8をつける男、柿谷曜一朗は古巣対決に闘志を燃やしていた。が、実際のところは4歳から25年近く過ごしたチームとのファイナルには複雑な思いがあったはず。ただ、プロとしては全ての雑念をシャットアウトしてピッチに立たなければいけない。だからこそ、彼は前日会見であえて明るく振舞ったのだろう。


 雲一つない青空に覆われた埼玉スタジアム2002。柿谷は国歌斉唱を神妙な面持ちで聞き、集中してピッチに立った。ポジションは最前線という予想もあったが、トップ下として前田直輝の背後に位置した。

 最初の見せ場は開始早々の3分。前田が右サイドからえぐって折り返したボールに反応。ゴール前に飛び出したが、あと一歩合わない。それでも「マッシモ(・フィッカデンディ監督)には『数字にこだわれ』と言われている」という柿谷からは得点への渇望が色濃く感じられた。

 11分には、右のマテウスからのマイナスに反応。華麗なバイシクルをお見舞いし、1万7000人超の観衆を大いに沸かせる。決まりはしなかったものの、このアイデアと高度な技術には、守っていた瀬古歩夢らも改めて驚きを覚えたに違いない。

 そこからはじわじわとC大阪が巻き返し、前半は守勢に回る時間が長くなる。そこで光ったのが守備の献身性だ。前から積極果敢にプレスに行き、29分には体を張って乾貴士のチャンスを阻止。チームのために身を粉にして働く姿が印象的だった。

乾のシュートをブロックにいく柿谷 [写真]=兼子愼一郎

「前線の選手含めてハードワークすることを絶対に怠らないように意識していました。僕自身は前への推進力の部分でミスも多かった気がするし、体力面で90分通していいパフォーマンスを出せないなとも感じました」と本人は反省の弁も口にしたが、”名古屋の曜一朗”としての仕事は十分果たしていた。

 こうした黒子の働きの積み重ねが後半開始早々、目の見える結果となって表れる。スコアレスで後半に入っての47分。相馬勇紀の左CKがゴール前に飛んだ瞬間、柿谷はニアで反応。頭で巧みにすらしてファーに侵入した前田に合わせたのだ。次の瞬間、先制弾が決まり、背番号8は大一番でアシストを記録してみせた。

「相馬選手は速いボール、鋭いボールを蹴れるので、逆に鋭すぎて手前に引っかかることをなくしたいと思って走り込んだらちょうど来た。うまくすらせてよかった」と本人も安堵感を吐露したが、こうやって意外性と創造性のあるプレーをやってのけるのが、この男の真骨頂だ。C大阪の小菊昭雄監督も、昨季までともにプレーしていた清武弘嗣や丸橋祐介らもその凄さをわかっていたはずだったが、ここぞという場面で止めきれなかった。

 その後、前田が下がり、一時的に最前線でプレーした柿谷はラスト20分を切ったところでシュヴィルツォクと交代。ベンチで戦況を見守った。時間の経過を遅く感じないようにあえて声を出し、仲間を鼓舞。名古屋らしい「ウノゼロ勝利」を信じ続けた。稲垣祥のダメ押し点が決まったのはそんな時。柿谷は喜びを爆発させた。

[写真]=兼子愼一郎

 そしてタイムアップの笛。背番号8は殊勲の前田と抱き合い、一目散に歓喜の輪を作る仲間のところに駆け寄ると、優勝の喜びを全身で体感した。

 一方で、もちろん古巣への配慮や思いやりも忘れなかった。恩師の小菊監督や清武、乾らと、お互いの健闘を称え合ったという。

「ぶっちゃけて言うとやりたくないなと。決勝はセレッソというのはやめてほしかった。でもいろいろあった中で、いざやってみるとすごく楽しかったです。終わった後にセレッソの仲間から『おめでとう』と言われたけど、俺が逆だったら言えるかなと。みんなの温かさを感じて、改めて素晴らしい仲間と一緒にサッカーをしていたと思いましたね。

 グランパスに移籍してきてタイトルを取れたことは素晴らしいことやけど、今まで一緒にやってきた仲間の素晴らしいところも見られた。幸せに思います」

トロフィーをリフトアップ [写真]=兼子愼一郎

 しみじみとこう語った彼は、背負っていた重い荷物をようやく降ろせたのではないか。かつてC大阪のレジェンドである森島寛晃から託されたエースナンバー8を背負い、結果を求められながら、思うような結果を残せない苛立ちと焦燥感にさいなまれた日々。何度か移籍を考えながら踏み切った昨年末。そして名古屋での10カ月…。さまざまな経験が走馬灯のように脳裏をかけめぐっただろうが、全てをプラスに捉えられる前向きな状態になった31歳の柿谷がそこにいた。

「『大器晩成、曜一朗』というのはいいですね。花開くのが50歳くらいかもしれない。そしたらカズさんを越えられるね。そうなるように頑張ります」

 今年4月のインタビューで清々しい笑顔を見せていた背番号8は、移籍1年目のタイトル獲得でさらなる飛躍のチャンスを得た。本当に大器晩成になるためにも、さらに目に見える結果が必要だ。今季はJ1で2点、ルヴァン杯で2点と数字自体はまだまだ物足りない。貪欲に泥臭くゴールに突き進むことで明るい未来が見えてくるはず。

“ニュー・柿谷曜一朗”の本領発揮はここからだ。

取材・文=元川悦子

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