サンフレッチェ広島に所属するMF青山敏弘 [写真]=金田慎平
「やっぱりクオリティが違うし、頭のスピードも速い。『プレスがハマった』と思っても、青山(敏弘)にトトーンとリターンされるだけで状況が変わっちゃう。やっぱりトシみたいな選手はJ2にはいない。違いがあって当たり前ですけど、まさにJ1トップですよ」
2月6日、鹿児島・指宿で行われたサンフレッチェ広島vs松本山雅FCの練習試合。松本の柴田峡監督を唸らせたのが、広島のキャプテン・青山敏弘だった。
1~2本目に登場した背番号6は、絶妙なポジショニングとボールコントロールで攻守両面の起点となった。守備では敵の攻撃の芽を摘み、攻撃時は鋭いタテパスでチャンスを演出する。2本目に鮎川峻が挙げたゴールも彼がお膳立てしたもの。傑出したパスセンスは35歳を目前にした今も健在だ。
さらに特筆すべきなのは、要所要所での的確なコーチングだ。ボランチでコンビを組む川辺駿を筆頭に、森島司、浅野雄也、鮎川峻といった若手に対し、青山はつねに大声を出し、立ち位置やバランスを巧みに修正する。その戦術眼と圧倒的な存在感には、敵将も脱帽するしかなかった。
「キャンプに入ってから2度目の実戦ですけど、やるべきことは整理できているし、コンディションも上がってきている。連携も運動量も目に見えてるんで、非常に前向きです。前からプレッシャーをかけにいく形を宮崎キャンプから意識してきましたし、課題をこの試合でしっかり改善できたかなと。攻撃はシュートまで行く回数がもうちょっと必要になりますね。ボールを持っている割には勝負のパスや最後の形がほしいなというのはあるので、開幕まであと2試合、取り組んでいきたいです」と語る大ベテランには、現段階までの調整が順調と映っている様子だ。
今季の広島は城福浩監督体制3年目。目立ったメンバーの入れ替えは、外国人助っ人のレアンドロ・ペレイラが去ってジュニオール・サントスが加わったくらいで、骨格は不動だ。チーム成熟度は着実に増しているだけに、今季は2015年以来のJ1タイトルを何としても奪還したいところだ。
新型コロナウイルスに翻弄された昨季は、序盤こそ上位を走ったが、中盤から失速して8位に甘んじた。プロ18年目の大黒柱はこの結果に満足していないはず。悔しさを糧に再浮上したいと飽くなき闘争心を燃やしているに違いない。
青山の向上心を煽る原動力の1つになっているのが、偉大な点取屋・佐藤寿人の引退ではないか。昨年12月の引退会見で「11月頭にジェフ(ユナイテッド千葉のクラブハウスから電話で引退を伝えた時ところ、彼も泣いてくれて、自分も涙が止まらなくて、1時間くらい泣きながら喋った。長い時間を共有した仲間ですし、ベストパートナーはトシ以外には考えられない。もう彼からパスをもらえないかと思うと非常に寂しい」と佐藤が切々と語ったことを、もちろん彼自身も熟知している。
「みんなの前で言わなくてもいいのに…」と苦笑いした青山だが、Jリーグ通算220点という目覚ましい記録を残した男とともに全力で戦った日々は今も脳裏に焼き付いて離れない。現在の広島には当時を知らない選手も少なくない。若いチームメートに3度のJ1制覇を果たした栄光の時代を伝えるべく、勇敢かつ貪欲に戦い続けていこうと改めて決意したことだろう。
「寿人さんが僕のFWの理想。これから寿人さんがサンフレッチェにどれだけ関わってくるかわからないけど、彼が離れていても寿人さんの影響はこのチームにあったし、これから一緒に仕事をしたいのも確かです。寿人さんがズバズバ指摘してくれることでFW陣も伸びてくるのかなと思うし、35歳になった自分もさらに伸びる楽しみがあります」と、青山はストライカー養成に第2の人生を賭けようとしている指導者・佐藤寿人との共闘を心待ちにしている。
それが叶うかどうかは、今後の吉報を待つしかない。が、いずれにしても、永井龍、浅野雄也、鮎川峻ら日本人FW陣を「寿人基準」に引き上げるのも、キャプテンの大きな役目と言っていい。青山はその重責を誰よりもよく理解しているからこそ、練習試合で声高に喋り続け、時には怒号にも近いコーチングをし続けているのだ。そこまで絶大な影響力を持つバンディエラは今のJリーグを見渡してもそうそういない。城福監督も特別な存在と出会えた幸運に感謝しているかもしれない。
指揮官から絶大な信頼を寄せられる青山が今もこうしてピッチで雄姿を示せるのも、深刻な右ひざのケガを乗り越えられたから。ちょうど2年前の2019年アジアカップでの負傷によって、彼は引退危機に瀕した。さまざまな手を尽くしても痛みが引かず、本人は「もうダメなのかな…」と諦めに近い状態に陥ったという。それを池田誠剛フィジカルコーチらメディカルスタッフが救ってくれたのだから、恩返ししなければいけないという気持ちは強い。2020年はリーグ戦31試合出場1得点とフル稼働したが、今季もコンスタントな試合出場はもちろんのこと、チームを勝利に導く明確な結果が強く求められるのだ。
現在のキャンプ地・指宿は、奇しくも2014年ブラジルワールドカップの1次キャンプ地。そこからチャレンジした初めての世界の大舞台で高い壁にぶつかり、号泣してから6年半。円熟味を増したボランチはこの先も歩みを止めるつもりはない。高みを目指し続ける男の2021年シーズンは果たしてどのようなものになるのか。開幕が待ち遠しい。
文=元川悦子
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By 元川悦子